ちゃんと食べないとダメ

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 作業を終えて顔を上げたアイルローゼは、それに気づいた。


「ノイエ」

「はい」


 呼びかけに反応してノイエが動く。

 アイルローゼたちを守るように移動し待ち構えたのだ。


 ゴリンッと聞いたことのない音を発して氷像と化していたお菓子が内圧で氷を吹き飛ばす。

 飛んでいく氷をノイエは確実に殴り飛ばし、自分を含め家族たちに害が及ばない様にした。


「上出来よ。急いで戻って」

「もう一回」

「ノイエ?」


 命令を無視して駆けだしたノイエは、ブクブクと巨大化を再開しだしたお菓子を殴る。

 ブヨンっと間の抜けた音を発し、お菓子は軽く吹き飛んで行った。


 動けずその場で笑い続けていた自称魔女の傍らにだ。


「準備した食べ物はちゃんと食べないとダメ」


 昔姉に言われた言葉を相手に残し、ノイエは赤毛の姉の元へと戻る。

 歩いて来た妹に苦笑しながら……アイルローゼは彼女の頭を撫でてやった。


「ファシー。戻って来なさい」


 もう時間的に限界だ。


 あのお菓子が動き出した以上、間違いなく刻印の魔女の魔法が落ちて来る。

 今まで落下速度が遅かったのには理由があるはずだ。

 確実に相手と直撃するためにギリギリまで見定めているとかそんなところだろう。

 本当に恐ろしい魔法を作り出す。伊達に三大魔女の1人では無いらしい。


「ファシー?」


 呼びはしたがやって来ない存在にアイルローゼは視線を向ける。


 彼の背中に張り付いた少女大の猫は……嫌がっていた。

 こっちに来るのを全力で拒否していた。

 イラっとした何かがアイルローゼの内側から溢れて来た。


「呼んで来る」

「頼んだわ」

「はい」


 何かを察した妹が瞬間移動を思わせる動きで彼の元へたどり着き、必死に猫を引き剥がそうとする。

 増々抵抗を強め、捕まられている馬鹿弟子が悲鳴を上げるがアイルローゼは無視した。


「お姉ちゃん」

「シャー」


 どうにか引き剥がした猫を抱えノイエが戻った来た。

 完全に敵意剥きだして唸る猫は……ノイエが相手だからまだ笑いだしていないのだろう。

 これが別の人物だったら笑いだしている可能性すらある。たぶん笑っている。


「やるべきことを忘れないで。手を貸さないのなら彼が死ぬわよ」

「……」


 冷たく告げた言葉に猫が黙る。

 軽く首を動かし、目元を隠す前髪を動かして片方の目で見つめて来た。


「何の、話?」

「……ホリーから説明は? 出る時に何て言われたの?」

「何も、言われて、ない」


 納得した。あの殺人鬼はファシーへの説明を略称したのだ。

 たぶんそれは、外に出てもすぐに戻ってしまうことをこの猫に説明し納得させるのが面倒だからとかそんな理由に決まっている。


「この場から逃げ出さないと全員死ぬの。ノイエも彼もよ」

「……」

「必要なのは魔力。その魔力を私のこの手に移しなさい」

「……分かった」


 元々頭の良い子だ。何度か魔法を教えアイルローゼはファシーの才能を理解している。

 シュシュと同じで魔女へと至ることが出来る稀有な存在だということをだ。


 差し出したアイルローゼの手を掴み、ファシーは黙って魔力を流してくる。

 ピリピリとした痛みが走ったが……耐えられないほどの苦痛でもない。本当にあの魔女は自分が作り出せない魔法をあっさりと作って見せる。


「もう少し、」


 ポツリとその声が聞こえて来た。

 思考していたアイルローゼは視線を向ける。


 今にも泣き出しそうな様子で猫が落ち込んでいた。


「一緒に、居たかった」

「……これが終わったら全員で少し休むことにしましょう。色々とあって疲れたから」


 魔女の呟きに顔を上げたファシーが前髪越しに覗いて来る。


「休みの間に貴女が外に出て好き勝手するのは自由よ。ただし彼とノイエに迷惑を掛けないこと」

「は、い」

「なら一度戻って……」


 ふとアイルローゼは言葉を止めた。


「説明の手を抜いたホリーに何かしらの罰を与えておいてくれるかしら? 私が戻るまでに」

「は、い」


 今のファシーが素直だったからここまで波風が立たなかったが、もし少し前の彼女であれば厄介なことになった可能性がある。そう考えると今回のホリーの手抜きは看過できない。罰は必要だ。


 魔力の全てを受け渡したファシーが消え、彼女を抱えていたノイエが両手で宝玉を持つこととなった。


「ノイエ」

「はい」

「全員を集めて来て」


 軽くため息を吐いてアイルローゼは自分の髪を軽く撫でた。


「もう帰りましょう。久しぶりにお風呂に入りたいわ」

「はい」




 オーガさんに売れ残りズを担いでもらい移動する。


 アイルローゼに対し、極度の緊張を示しているリリアンナさんは今にも漏らしそうな顔をしている。

 胡椒の様な物攻撃で何かに目覚めたのか、ミシュは完全に逝っちゃっているような目つきで虚空を見つめている。何故か彼女の下着が大惨事なのだがそれに気づかないであげるのが優しさだと思う。


 やって来た僕らに対し、先生はあくまで冷静だ。

 若干頬が赤いのだけど冷静を繕っている。そう思うと何か可愛らしく見えるから本当に不思議だ。


「今からユニバンスに戻るわ」


 軽く咳払いをしてから先生が語りだした。


「問題は色々と強引に修正したから何処に飛ぶのか分からない。魔力もギリギリの量しか確保できていない。はっきり言って足りるのかすら分からないわ」


 思いっきりぶっちゃけたな。


「でもあれと一緒に死ぬよりかはマシでしょう?」


 天を指さす先生に僕らの視線が自然と上を向く。


 ジリジリと迫りくる小型の太陽のおかげで体感温度が何度か上がっている気がする。ただ今すぐ燃える~と思う程に暑くはない。

 目がおかしくなりそうだからジッと見つめていたくないが、あの太陽はたぶん内側に熱を抱え込んでいるようにも見える。太陽特有のフレアだっけ? あれの動きが見えないからだ。


「あれと一緒に死にたいならその辺に座っていれば良いわ。そうすれば生き残りたい人たちがユニバンスにまで確実に逃れられる。もし生き残りたいのなら、その石畳の上に置いた魔道具の傍に……潔いわね。呆れるほどに」


 説明している先生の言葉が終わる前に僕らの移動は完了した。

 心底呆れた様子を見せる先生は、そっとノイエを手招きする。


「ノイエは私の傍よ。一緒に魔力の放出をするから」

「はい」


 僕の隣に居たノイエがトコトコと歩いてアイルローゼの横に立った。


「これほどの人数と荷物を個人の転移魔法で移動させるだなんて……報告すればノイエも転移の魔女を名乗れるかもしれないわね」

「それって美味しい?」

「美味しくは無いわ」

「なら要らない」


 違った意味でブレないお嫁さんを見ててほっこりとする。


「忘れ物は?」


 引率の先生よろしくアイルローゼが声をかけて来た。


 人は魔道具の傍に全員いる。ニクとロボと宝玉はオーガさんの肩の上だ。

 売れ残りはオーガさんが抱えているし……今回のオーガさんは違った意味で大活躍だな。

 それに僕と、ノイエと先生は魔道具の操作で少し離れた場所に居る。


「あっ忘れてた」

「何よ?」


 僕の声に先生が視線を寄こして顔を背ける。

 直視できない様子が愛らしいんだけど……僕の勘違いとか無いよね? 本当に先生の好感度はMaxなのかな? リリアンナさんに騙されてない?


「あの残念魔女は?」

「あっちでお菓子に飲み込まれているわ」


 こっちを向かずに先生が答えて来た。


 普通ならそれで大丈夫だろうが、僕はフラグとお約束を知る異世界人だ。

 何より僕だけ魔力を提供していない。僕の魔力量は一般的な魔法使い分しかないからとも言うが。


「ノイエ」

「はい」


 だからほぼ全部の魔力を注いでそれを作り、ノイエに預ける。


「あれが何か変化したら投げちゃって」


 一気に魔力を放出したから気絶しそうだ。




~あとがき~


 お残しは許しません。ということでお菓子野郎は残念魔女の傍へ。


 これにて帝国から完全撤収です。

 逃げ出さないとあれと一緒に燃えちゃいますw


 最後にフラグは折るためにある!




(C) 2021 甲斐八雲

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