比較的穏やかで楽しい国です

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



《あの馬鹿。本当に馬鹿。全力で馬鹿。馬鹿に付ける薬はないって古い言葉があったけど、本当に馬鹿なんだから……》


 全力で“馬鹿”を睨みつけながら術式の魔女アイルローゼは指を動かす。

 事前に仕込んでおいた魔力回路を操作し、まず6人運べるように設定を弄る。最初から人数制限など無いが、限定することで魔力の変換効率を上げる。


 問題は手に宿っている魔法だ。

 刻印の魔女から受け取った物は、どうやら行き先を指定している。何処に飛ぶのか分からないが、本人も魔眼の中に居るのだ変なことはしないだろう。たぶん。


「お姉ちゃん」

「何よ?」

「怒ってる?」

「怒ってない」

「でも」

「怒ってない」


 本来なら可愛らしい妹に抱き着かれているのだから嬉しいはずなのに、今は色々と忙しい。

 今の作業とこの後のことを考えると……頭を抱えて悶絶したくなる。


「お姉ちゃん」

「口を閉じて黙ってなさい」

「はい」


 何かを察したノイエは言われるがままに黙る。


 アイルローゼは気持ちを入れ替えてまず作業に集中する。


 手に魔力を流せば勝手に動き出し魔道具に行き先を刻んでいく。

 これで正解のはずだ。ただ問題はまだ残っている。魔力が足らない。


「ねえアイルローゼ?」

「……忙しいの」

「知ってる」


 背後に居て抱き着いているノイエがらしくない声を出してきた。

 ただ声音はノイエだが、話し方が違う。間違いなくあれだ。


「何か用? ホリー」

「魔力は?」

「……足らないわよ」

「でしょうね」


 クスリと笑いノイエが離れる。

 ホリーと化した彼女は小さく息を吐いた。


「あまり時間が無いから簡潔に言うわ」

「何よ?」

「刻印の魔女は基本嘘つきよ。知ってるわね?」

「ええ」

「ならば簡単よ。もう1つの宝玉を使う」

「……そう言うことね」


 理解した。


 アイルローゼは手を動かしながら口角を上げる。


 本当にあの魔女は嘘ばかりだ。

 まだまだきっと色々な嘘を吐いているのだろう。ただ厄介なのはその中に真実もある。

 故に全否定が出来ない。困ったことにだ。


「誰が出れるの?」

「ファシーよ」

「毒で死んでいるはずでしょう?」

「それが何?」

「……嫌になるわね」


 ここまで来ると自分たちが馬鹿なのかとさえ思えて来る。


 どうして死んでいる人物が外に出れないと思ってしまった? 少なくともあれはそんなことを言っていないし、自分たちも確認していない。

 ノイエの体を使い外に出る時に不具合が出来ない様に注意していた経験から、そう思い込んでしまっていた。


「落ち着いたら一度色々と調べる必要があるみたいね」

「同感ね」


 またノイエが抱き着いて来た。

 どうやらホリーは戻ったようだ。


「ノイエ」

「はい」

「宝玉を持って来て。使ってない方よ」

「……」

「リスが持ってるあれよ」

「はい」


 背中から温もりと重さが消える。

 瞬間的に離れたノイエが命じられたことを実行しまた戻って来る。


 アイルローゼは背中の感触が戻ることでそれを知った。


「はい」

「ノイエ」

「なに?」

「もう良いわ」


 彼がアホ毛と呼んでいるひと房の髪の毛を宝玉に巻きつけ眼前にぶら下げて来る妹に……アイルローゼはまた一から彼女に礼儀作法を叩きこむと胸に誓った。


「大丈夫」

「何よ?」

「平気」

「何が?」

「……」


 ギュッと抱き着いて甘えてくる彼女にアイルローゼは深い深いため息を吐いた。




「リグへのお詫びはちゃんと謝れば良いと思うけど、先生は意外と短気だからな~」

「どうかリグ様に許していただけるまで抑えていただければ」

「頑張るよ。頑張るけどね」


 リグを溺愛していたっぽい先生の怒りはぶっちゃけ想像できない。

 もしかしたら出会い頭で“腐海”もあり得る。


「にゃん」

「はい?」


 突然背中に重みを感じたら、スリスリと頭に柔らかな感触が。


「にゃ~ん」


 全力の甘え声を間違えることなど僕には無い。

 腕を背中に回して甘えている存在を捕まえる。


「いやん」


 何処か掴んではいけない場所を掴んでしまったらしい。

 一度手を放すと相手がよじ登って来た。肩の方から顔を出して僕の横顔にキスして来る。


 やはり猫だ。我が家の猫だ。ポーラと同じ癒し系だ。ただベッドの上だと恐ろしい肉食獣と化す。猫が狩りをする生き物だと思い出させてくれる存在だ。


「ファシー?」

「にゃん」

「外に出れたの?」


 先生と良いファシーと良い、聞いてたことと違う気がする。

 両方とも死んでるって聞いたんだけど……誰の出まかせだ?


「あの~。そちらの少女は?」


 突然姿を現した我が家の猫にリリアンナさんがビックリしている。

 まあ今まで居なかった人が突然姿を現せば驚くよな。


「ウチの愛らしい飼い猫です」

「シャー」

「……」


 警戒しつつも僕の背後に隠れようとするファシーが可愛らしい。


「人見知りが激しいのでこんなですが、敵意を向けなければ大丈夫です」

「敵意?」


 カクンとリリアンナさんが首を傾げる。


「はい。敵意を向けると豹変します。防衛本能が暴走して全力で相手を殺そうとします。ですので心穏やかに生暖かくその生態を見守ってください」

「……」

「もしこの子が興味を持って近寄ってきたら好きにさせてください。噛みついて来ても笑顔が大切です。振り払おうとしたら豹変して殺そうとします」

「……理解しました」


 引き攣った笑みを浮かべてリリアンナさんがファシーと仲良くしようとする。

 ただファシーは気にせず僕に甘えて来る。久しぶりだから甘えたいんだろう。


 背中に登り甘えて来るファシーをそのままに僕は彼女の頭を撫でる。

 本当に可愛い。笑わなければ最強に愛らしい。


「で、ファシー」

「にゃん?」

「どうやって外に出たの?」

「宝玉」

「……」


 何この騙された感じは? 誰が犯人だ? あの大馬鹿な賢者だ。


 そろそろ全力であの馬鹿者とは話し合いをせねばならないらしい。

 拳を使った語り合いも必要かもしれない。


「あの宝玉使えたのかよ」

「にゃん」

「で、中で動けなくなってたって聞いたけど?」


 こっちの謎がそのままだ。


「出れた」

「……」

「普通に」


 やっぱりあの馬鹿とは拳を交えて話し合おう。


「それでどうしてこっちに?」

「まだ邪魔だって」

「ふむふむ」

「……嫌?」


 引き攣るような笑い声がファシーの喉から聞こえて来た~!


「つまり先生が許可しているんだね? ここに居て良いんだね?」


 若干早口で伝えると、ファシーの声が止まった。


「……うん」

「ならば甘やかす。全力で!」

「なぁん」


 もう一度腕を回してファシーを捕まえ正面に運び、僕と向き合うように顔を向けさせる。

 前髪で顔を隠しているが、相変わらずの美少女感が半端ない。

 僕より年上ですけどね。童顔ってこんなにも罪なんだね。


「本当にファシーは可愛いな~」

「にゃん」

「うりうり」

「なぁん」


 喉の下をくすぐって全力で甘えさせると、ファシーが僕にキスして来る。

 好きにするが良い。それで君が落ち着くなら僕は全てを受け入れよう。


「ユニバンスって本当にどんな国なのですか?」

「比較的穏やかで楽しい国です」

「……そうですか」


 笑顔を張り付けたままでリリアンナさんが深いため息を吐きだした。




~あとがき~


 ユニバンスはとても良い国ですよ?

 治安も良いし、浮浪者も少ないですしね。

 現状問題は王家と貴族がやりあっているのと、国の英雄夫妻が暴走するぐらいですw


 何度も言ってますが刻印さんは基本的に嘘つきです。彼女の場合、滑らかに嘘を吐いてそれをもっともらしい言葉でコーティングして事実っぽく見せかけます。


 そんな訳でこの物語の癒し系登場です。笑ってないから癒し系ですw




(C) 2021 甲斐八雲

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