誘うってナンデスカ?

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



「僕の愚痴を聞いてよミシュ」

「何よ?」

「最近女性のことが良く分からないんだ」

「うむ。それでこの私に聞きたいと。ドーンと来い! この妄想だけで千人切りしている私ならばどんな状況でも男性を昇天させることが、」

「恋って何だろう?」

「あっそれは私の管轄外だ」


 よそに行けとばかりに顎で示すミシュにイラっとして、その口に猿ぐつわする。おまけで口の中に胡椒のような味のする香辛料を入れてからの猿ぐつわだ。


 同じ味だとノイエが飽きるかと思って色々と香辛料も持参している。

 問題はノイエは味にこだわりが無いらしい。肉にこだわる癖にだ。


 縛り付けられたままで悶絶するミシュをスルーし、次なる相談相手を探す。


 ノイエはアイルローゼの相手をしていて無理だ。

 ミシュから回収した魔道具を恐ろしい速さで組み立ててから、何やらその表面をずっと先生が指でなぞり何かしている。問題はその目が魔道具に向かず僕をずっと睨んでいる。ノイエが背後から抱き着いていなかったら激情に任せて噛みついてきそうな感じがする。ぶっちゃけ怖い。


 次なる相談相手は……大きいのと普通の売れ残りだ。

 大きいのはこの手の話に向いていないと知っている。あれは戦いを伴侶にしているバトルジャンキーだ。一生独身でも動じない英雄だから恋愛話など振るだけ無駄だ。


 そうなると残るは普通の売れ残りさんだ。

 本物のリグでありこれから亡国の王女リリアンナとして生きることになる人である。

 リグの為ならその名を引き受け喜んで生きて欲しい。


「オーガさんや」

「あん?」


 リリアンナさんを振り回し飽きたのか、オーガさんは座り込んで休憩していた。


「その残念な王女様を貸してもらえます?」

「これか?」


 ぐったりしている荷物にようやく気付いたらしいオーガさんが、そのままこっちに寄こしてくる。


「そろそろ腹が減ったよ」

「はいはい」


 飢えた猛獣が多すぎる。

 全ては帝国がこんな状況なのが悪い。結果としてあの残念魔女が悪い。あの魔女はどうした?


 一瞬気にはなったが今は相談が優先だ。


「そこのリリアンナさんや」

「……」


 ぐったりした感じで話を誤魔化そうとしないでください。

 白目なんて剥いて演技が上手なんだから。


 彼女の猿ぐつわを外したら、言葉で表現できない内容物が溢れ出したので華麗に回避する。

 今回は食糧難と魔力不足とエロエロがセットでパックである。


「生きてますか~?」


 軽くペシペシと相手の頬を叩いてみたら弱々しく彼女の顔が動いた。


「ユニ……スは」

「はい?」

「ユニバンスは、こんな、恐ろしい、国なのですか?」

「大丈夫です」


 これは王族として看過できない言葉である。

 我が国はとても良い場所であるとアピールしておかないと。


「暮らせば慣れます」

「……」


 どうしてそんな死にそうな目をするんですか?

 どんな苦行もずっと味わっていれば慣れるものです。だから世間からブラック企業が無くならないのだとニュース番組で言っているのを僕は見ました。


「リグ様が心配です」

「あ~。あれはどんな場所でも苦にしない図太さがあるから平気です」

「そんなことありません。王女……彼女はとても繊細でか弱い人ですから!」


 リグのことになるとこの人自分の不調を忘れられるのね。

 脳内麻薬とかドバドバ出ていますか? 違った意味でお医者さん必要ですか?


「小さくて病弱ででもとても優しくて……あの人は本当にか弱くて、」

「で、見捨てたんだ」

「……」


 ズンと沈んで彼女が静かになった。

 一度の致命的なミスって一生尾を引いてトラウマになるっていう典型的な例ですね。


「まあその件は後でリグに対して誠心誠意謝罪すれば良いと思います」

「……はい」

「ただ問題があります」

「問題、ですか?」

「はい」


 スススと相手に近づく。

 オーガさんに投げ捨てられた格好のままでいる彼女はミシュと違って暴れたりはしないだろう。

 問題は自力で移動できるのかが怪しいので、やはり荷物のままで良い気がする。


「あそこでこっちを睨みつけている人物が居ます。分かりますか?」

「はい。赤毛の大変お奇麗な人ですね」


 同性から見ても先生は奇麗に映るものなのですね。


「実はあの人は我が国でも有名な大魔法使いにして魔女の称号を得ている人物なのですが」

「はぁ」


 何も知らないことは幸せだと思います。


「実はリグの保護者の1人でして」

「……」


 サーっとリリアンナさんの顔から血の気が引いて行った。


「リグのことを妹のように溺愛しているんです。分かりますか?」

「……つまりあの御方は私のことを?」

「一緒にどうしたら生き残れるか考えましょう」

「是非に」


 その気になってくれたリリアンナさんに『女性』について色々と相談する。

『どうしてそんな質問を?』と彼女は首を傾げるが、そこは言葉巧みに言い訳する。過去の偉人が言っていたじゃないか、敵を知って自分を知れば超楽勝って。


 まずはこちらの情報……先生が一応僕にラブらしいという辺りから色々と伝え、そして僕が知り得る先生の情報を提供した。


「あの~。本気で言ってますか?」

「何を?」


 全てを聞き終えたリリアンナさんが引き攣った笑みを浮かべて僕を見ている。


「たぶんです。きっと間違いなく正解だと思いますが、たぶん彼女は……その……」

「何でしょう?」


 若干頬を赤らめてリリアンナさんが視線を逸らした。


「迷っているのだと思います。初めての……ごにょごにょを迎えるにあたって」

「はい?」

「だから察してあげてください。本当に人間ですか? 人の話を聞いてますか? 馬鹿なのですか?」

「失礼な! 僕は馬鹿ではありません」


 頭ごなしに馬鹿とは失礼な。


「だったら察しが悪いか鈍感なのでしょうね」

「何おう?」


 売れ残りの仕返しか? 買うぞこの喧嘩?


「彼女は貴方が誘ってくれるのを待っているんです。この意味は分かりますか?」


 スッと姿勢を正してリリアンナさんがそんなことを言って来た。

 槍に縛られそのまま火に掛ければ丸焼き出来そうな恰好をしているけれど、それでも彼女は一応王家の血を引く存在なのだろう。それなりの雰囲気を醸し出している。


 って、はい?


「誘うってナンデスカ?」

「……馬鹿でしょう?」


 そっちは砕けすぎでしょう?


「あの魔女様からしたら初めての恋なのでしょう? だったら男性として少しは毅然とした態度で接してあげたらどうですか? 彼女はたぶんそれを望んでいるのだと思います。その後の行為に恐怖を抱いているようにも見えますが、それは貴方が手を引いてあげれば良いのです。女性をエスコートできないほど不能じゃないですよね?」

「不能じゃなくて無能にしておいてよ」

「ならそれで」


 伊達に売れ残って齢を重ねていない。言葉に重みがある。


「何か噛みつかれる心配してる方が楽な気がするよ」

「あら? 世の男性だったらあのような美女に好意を向けられていることは喜ばしいことかと思いますが?」

「嬉しくないと言えば噓になるけどね。何か騙されている気がして怖くなるわ」


 ぶっちゃけここまでモテる理由が分かりません。

 日本に居た頃は同級生の女性たちから人畜無害扱いで、モテ期はきっと来世だと思っていたからな。

 この世界の女性って僕みたいな無味無臭が良いのかな?


「それでまだ睨んでますけど?」


 頭を掻く僕にリリアンナさんがそう声をかけて来る。

 ただ睨んで来ている理由を知ると……先生が可愛く思えるから不思議です。


「帰ってから考えます」

「はい。頑張ってください。それと」


 それと?


 一瞬でリリアンナさんの顔色が蒼くなった。


「どうか私に向けられるであろう殺意を今しばらく押さえて欲しいのです。攻めてリグ様に謝るまではどうか!」


 人は必死になると……死に物狂いで恋愛相談に乗ってくれるらしい。助かったけどさ。




~あとがき~


 太陽を思わせる大魔法が落下して来ているというのに…主人公は馬鹿かw


 ようやく正しい相談相手を得て真実を知った馬鹿はどうするんでしょうね?




(C) 2021 甲斐八雲

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