きょのあとっ!

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 ゆっくりと顔を上げたアイルローゼは、昼間の空に明るさが増したことに気づく。


 太陽は南の空に存在しているのに、何故か東の方から太陽が姿を現したのだ。

 ゆっくりと降下して来る……この世の終わりを知り、自分の行いを反省すれば良いとばかりにだ。

 

 そのせいか肌に刺さる暑さが増した気がする。このままでは確実に日焼けしてしまう。

 ただ見える日は本物の太陽ではない。考えられないほど巨大な火の玉だ。


 違う。あれが消滅魔法なのだろう。


 アイルローゼの目には渦巻くような濁流と化した魔力が見える。

 あれは流石に解読できない。

 幾重にも重ねて存在する暴力的な魔法だ。模倣など不可能だ。


「どんなに才能が無くてもあれほど大きければ見えるでしょう?」

「……」


 アイルローゼは声で相手にそれを伝える。

 受け取った存在は……軽く目を見開き、自分の目の周りを細かく砕いた。


「貴女は今からあの魔法から逃れるの。それが出来たら復讐しに来なさい。また私が遊んであげる」

「……」


 何も答えることのできない相手にアイルローゼは背を向け歩きだす。

 もう片方の氷の巨像は……迫り来る太陽の熱を受けてか、ヒビ割れの数を増やした。


「……ニゲラレルノ?」

「ええ」


 相手の問いにアイルローゼは笑う。


「私たちは最初から逃げ出すことを前提に色々と方法を考えておいた。貴女はどうかしら?」


 足を止め振り返る。


「勝てると信じて何も考えていなかったのでしょう?」


 相手は何も答えない。ただボロボロとその姿を砕いて行く。


「それが貴女の敗因よ」


 もう興味は無しとばかりにアイルローゼは相手に背を向けた。


「貴女は才能が無いのに自意識が強すぎる。だから簡単に足元をすくわれるのよ」


 立ち去る魔女をそれはずっと睨みつけていた。

 ボロボロと崩れながら……。




 なんか太陽が増えたんですけど? 知らないうちにこの世界から夜が無くなるのか!


 つまり僕の夜が平穏無事に……そんな訳ないか。はいはい知ってます。どうせ寝室のカーテンが分厚くなって完全に光を遮断するんでしょう?

 そして野獣と化したホリーが……ホリーはとてもヤサシイヒトダカラネ。


「アルグ様?」

「ノイエっ!」


 クイクイとノイエが僕の服を引っ張って来た。

 きっと旦那さんのどんよりとした不安を察してくれたに違いない。流石我が家自慢のお嫁さんだ。


 全力でノイエを抱きしめる。


 こんな時は癒しが必要である。

 僕にはノイエという超優秀な癒しが居る。何も怖れることなど、


「帰ったらやる」

「……」


 僕に平穏な時など無いのか~!


「ノイエさん。今夜は休んでから」

「やる」

「……するじゃなくて?」

「やる」


 お嫁さんが超やる気満々なんですけど! アホ毛なんて荒ぶる竜の如くにグイングインと左右に波打ってるし~!


「出来たら1回で……ダメですか?」

「気絶するまで」


 どっちが? 僕ならあっさり気絶すると思うけど、ノイエがとか言ったら不可能だからね?

 君の場合、強力な祝福があるから気絶なんて絶対にしないでしょう? ノイエは何度でも蘇るんだから!


「出来たら回数を決めて……」

「たくさん」

「具体的な数字で……」

「万は越えない」


 死ぬから~! それは今晩で終わる回数じゃないから~!


「撤収の準備を急ぎなさいって言っているのに遊んでばかりいて……何よ? その目は?」

「先生っ!」

「何よ?」


 抱きしめていたノイエから腕を放し……離せノイエよ。僕は今から先生と今後の退却プランの話し合いをしなければいけないのだ。重要案件なのだ。決して問題の先送りなどではない。

 僕をその辺の政治家と一緒にしないでくれたまえ~!


「全く……遊んでないで。ノイエ」

「はい」


 逃れようとする僕に抱き着こうとするノイエ……先生から見るとじゃれている様に見えるのか、若干厳しめの声が放たれノイエが大人しく手を放した。


「先生っ!」

「……何よ?」


 本当に助かった。貴女は僕の恩人だ。


 そっと先生の両手を取って相手の顔を正面から見つめる。


「なっ何よ」


 ただ何故か見る見る先生の顔が真っ赤になっていく。


 撤収の準備をせずに遊んでいたことをお怒りですか? 違うんです。ただウチは夫婦の営みが特殊なので……と説明しても間違いなく怒られる。

 完全に怒り出す前に撤収の話を始めれば、理知的な先生のことだから怒らず話を聞いてくれるはずだ。


「この後のことなんだけど」

「きょのあとっ!」


 珍しく先生が噛んだ。


「だって大切なことじゃないですか!」

「たいしぇつっ!」


 どうした先生? 噛み噛みだぞ?


「僕としては今すぐにでも」

「今っ!」


 どうしたの先生? そんなオロオロとしながらブルブル震えて?

 もしかして問題が発生しているとか? 確かに見知らぬ太陽がもう一個増えて……実は先生もホリーも想定していなかった緊急事態なのか?


「必要ならホリーも呼んで」

「ホリー? ホリーは無理っ! 絶対にダメっ!」


 若干涙目で先生が叫んだ。


 まさか魔眼の中でまた何か起きたのか?

 本当にあの姉たちは色々と厄介ごとを……でも大丈夫。こんな時でも先生なら華麗にどうにかしてくれるはずだ。レニーラの踊りの様にヒラヒラと。


「なら先生を信じて全部任せますっ!」

「ひぃっ!」


 はて? 何故か先生から悲鳴が?


 どうしたアイルローゼ? 君は術式の魔女と呼ばれるほどの魔法使いだろう?

 あの太陽をどうにかしないと僕らの身が危ない。何より撤収を命じたのは……そう言うことか!

 先生でもあの太陽はどうにもできないのか。だから撤収の準備を命じたんだね。納得だ。


「ノイエ」

「はい」

「もう脱がし……」


 チラ見すると、ミシュの鎧は……跡形もなく解体されて下着姿の売れ残りがぐったりしている。

 ノイエに抵抗するなんて愚かだな。無駄な抵抗だよ。


 問題はこぼれ落ちたのであろう分解された魔道具が石畳の上に転がっていた。

 あれを回収して……まあ良い。


「て」


『て』じゃなくて『た』だよ。『たのね』と続くべき言葉が『て』によって止まってしまったよ。


 まあノイエが相手なら多少の言葉間違いなんて問題無い。

 ただ先生がガタガタと震えだした。やっぱりトイレですか?


 見る見る顔が熟れたトマトよりも真っ赤になって……


「無理よ~! ここでそんなこと出来る訳ないでしょう~!」

「はい?」


 何を叫んでいるんですか?


 ブンブンと激しく手を振って先生が掴んでいる僕の手を彼女の手から振りほどく。


 ヤバい。何か知らんが怒らせたか?


「先生。ちょっと待って!」

「待ったら私の身が危ないのよ! まだ心の準備がっ!」


 身が危ない? 準備が? 危険を伴う魔法でも使う気なのですか?


「ダメだよ先生」


 ノイエじゃないけど僕だって先生のことを本当に大切に思っている。家族の1人だって思っている。そんな家族に危険が及ぶようなことを見逃すなんてできない。


「僕らも手伝うから1人で無理しようとしないで!」

「ひゃっ!」


『ひゃっ?』とは何ですか? どうしてそもそも先生はそんなに顔を真っ赤にしているんですか? 何より涙目で……その振り上げた右手は何処へ向かう物なのでしょうか?


「最初から複数とだなんて無理よっ! この馬鹿っ!」

「ありがとうございますっ!」


 僕に危害が加わらない機能って……ノイエの体じゃないから無効なのかな?


 全力で放たれた先生のビンタを食らい僕は石畳の上に倒れ込む。


 酷い……ただ色々と背負い込む癖のある先生の身を案じただけなのに。


「何で叩くのさ?」

「当り前でしょうっ!」


 お怒りになっている先生が僕に向かい牙を剥く。


「私だって色々と考えているんだから! 最初は2人っきりで誰にも邪魔されずにって……それなのにこの馬鹿はっ! この場で複数って何を考えているのよっ!」


 ヤバい。お怒りの先生が飛び掛かって来た。


「ノイエ。ちょっと先生を押さえて。ノイエ~!」


 叩いて引っ掻き噛みついてこようとする先生に、僕はノイエの協力を得てどうにか引き剥がすことに成功した。


 何でこんなに怒っているの?




~あとがき~


 太陽が増えました。まあ…落下してくるメギドなんですけどね。


 互いの意思の疎通が出来ていない典型的なパターンw

 先生が空回りし続けておりますwww




(C) 2021 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る