魔女の矜持かしら?

「リグと私に何をする気なの! リグに!」

「……」


 どうして自分を強調するのか……リグはその問いを飲み込み我慢した。


 まだ不完全な体で少女がぬいぐるみを抱くかのように魔女アイルローゼは幼馴染を抱えていた。

 ただ何かを察しているようなぬいぐるみ……リグはその目から光を消して静かだ。


「そっちの巨乳っ娘がついて来たのは誰かさんが抱えていたからで」

「だと思った」


 暴君として君臨している刻印の魔女の声にリグは納得した。

 自分の考えが正解であり、そして幼馴染がこれでもかとギュッと抱き着いて来る。


「痛い」

「大丈夫よリグ。私が守るから」

「アイルが放せば」

「守るから」


 耳元で言われて諦める。もう何を言っても彼女は放してくれない。

 色々と諦めてリグは現状の把握に努める。


 材質は同じだが見たことのない周りの様子からしてここが話に聞く“右目”なのかもしれない。

 魔眼の中枢に居た自分たちが彼女の声と同時に転移した。転移という言葉が正しいのか分からないが、リグにはそう感じられた。だからここは右目だろう。


 現在自分たちは白い板のような物に乗せられ運ばれている。

 宙に浮く板を犬の散歩のように携えて歩くのが刻印の魔女だ。荷物のように運ばれている理由は簡単だ。アイルローゼがまだ歩けない。

 両足はほぼ完治しているが、骨盤回りの回復が間に合っていない。このまま無理に立たせれば、彼女は腰の上から倒れ、上と下とで2つに分かれる。


「魔女」

「何かしら?」


 フードを被ったローブ姿の魔女は姿を見せたくないらしい。

 時折見せることもあるが記憶には残らない。思い出すことはできない。


『刻印の魔女の特徴は?』と仲間たちに聞けば、たぶん全員が『フードの人』と答えるはずだ。


「恥ずかしがり屋?」

「どんな思考でその質問が出たのかは知らないけど違うわよ」


 歩く魔女はどこか呆れた様子で息を吐く。


「姿を変えすぎてもう本来の自分が思い出せないの。だから今の姿も偽者で……自分では違うと分かっているのに、今のこの姿を見ると嫌になるの。殺したくなるの。誰かと同じで自殺したくなるのよ」

「それは面倒だね」

「そうでしょう?」


 何処か楽し気に魔女は言葉を続ける。


「ひとり遊びの姿をあれに見られたぐらいで自殺してくれるだなんて……本当に計算通り過ぎて笑えたけど」

「やっぱり」

「ええ。確信犯よ。計算通り」

「……アイル痛い」


 本物の魔女に遊ばれたと知ったアイルローゼが、ギュッとリグを掴んで来る。

 自分の胸は掴む場所では無いと言いたげにリグは軽く自分の体を震わせた。


「どうして彼をイジメる?」

「ん~。そう見えるだけで色々と調整しているのよ? ギリギリで勝つように調整しているはずなんだけど、何故か貴女たちが頑張るから楽勝している。もう少し厳しくした方が良いかしら?」

「どうしてイジメる?」

「怒らないでよ」


 はっきりと伝わって来たリグの怒りに魔女はクスクスと笑った。


「敵が強いのよ」

「始祖の魔女?」

「ええ。あれの実力は私以上よ。厳密に言うと本物の魔法使いはユーアとリーアの2人だけなの。私の魔法は魔法じゃ無いから」

「だから強いの?」

「ええ。最強よ。何せ本物の魔女の血を引いているのだから」


 実力差は素直に認めるしかない。

 だからこそこちらとしては強い駒を集めて勝負に挑むしかないのだ。


 ラスボスを複数で襲い掛かる卑怯な手段にしか見えないが、勝つ為であればこの方法しかない。

 負ければこちらは全滅なのだ。それがこの戦争の答えの一つになりかねない。


「だから私は戦う意思のある人たちには、それぞれ強くなって欲しいと思っている」

「……全員じゃないの?」

「強制して尻を叩いてもやる気のない人が頑張るわけないでしょう? 何よりあの深部でもう死にたいと思っている人がどれほど居ると思っているのよ? 半数以上よ? それこそ外に出したらこれ幸いと全員死ぬわよ」

「……」


 リグとしてはその言葉に否定できない。


 みんなノイエの将来を心配し残っていたようなものだ。

 ただそんな彼女が結婚した。日々幸せそうで少なくとも悲しそうには見えない。

 結果としてノイエの身を案じていた人たちの心の中で何かが切れてしまった。緊張の糸と言うか、存在し続ける理由と言うか。


「自分が楽しめる生き方をすれば良いのに」

「そう割り切れない人だって居るのよ。むしろそっちの方が多い。貴女たちが普通じゃないのよ」

「そっか」


 他人とは違うと言われてしまえばそれまでだ。


「で、アイル」

「……なに?」

「さっきからボクを魔女に投げつけて逃げるとか心の声が垂れ流されているんだけど?」

「……気のせいよ」


 考えすぎていたせいか、独り言となって考えが口から出ていた事実を知ったアイルローゼは顔を真っ赤にする。


 ほとほと呆れ果ててリグはため息を吐いた。

 昔の彼女だったら絶対にこんなミスなどしなかった。ミスすることを自分自身が許さなかった。

 けれど今のアイルローゼは隙だらけだ。その姿がとても愛らしく見えるが、最近まで彼女が身に纏っていた悲壮感すら漂わせる緊張感は完全に失せていた。


 その原因をリグは知っている。

 彼との出会いが魔眼の中に居る人たちに色々な影響を与えた。

 何故か彼に関わると自分を偽ることを止めさせて本性を剥き出しにしてしまうのだ。


 結果として冷徹とまで言われていた術式の魔女が少女のような乙女になってしまった。

 違う。これが彼女の本性なのだろう。

 天才と呼ばれそれを演じて来た彼女は、たぶん物心ついた頃から本当の自分を押し潰して生きて来たのだと容易に想像できた。


 魔法学院に在籍していた頃は、抱きしめて一緒に寝てくれた。

 それは彼女の優しさだと思っていたが、優しくもあるのだろうが……本当はこうして不安を感じると抱きしめる癖があったのだろう。

 行けば毎回のように抱きしめられていたことを思うに……アイルローゼがどれほどの不安を抱いて生きていたのかなんて想像できない。


 頼りにされる存在は決して強い人ばかりでは無いのだ。


 自分の中でそう結論を出し、眼の光を増々消してリグは視線を歩く魔女へと向けた。


「それでアイルに何を?」

「ん? 言ったでしょう? その体を徹底的に穢してあげるって」

「ふっ!」


 上げかけた悲鳴を飲み込みアイルローゼは全力でリグを抱く。

 治りかけの全身が軋みを上げたが気にしない。出血もしたが気にしない。


 頭の上から血液を掛けられたリグとしては、『もう好きにして』と言う心境だ。

 少なくもホムンクルスと言う今の体であれば何が起きても問題無い。そのことを彼女は忘れている。


「つまりアイルの本体に手出しすると?」

「正解」

「ふわっ!」


 慌てて口を押えたアイルローゼは悲鳴を止めた。

 もうそこまで出しているのなら吐き出せばいいのにとリグは思う。代わりに血を浴びせられる方が正直辛い。


「それで何をするの?」

「決まっているでしょう? 嬲るのよ」

「ぎゃふっ!」


 ドバっと頭の上から血液が降って来て……リグはそっと目を拭った。


「動じないのね」

「血液ぐらいで動じる医者は手術する資格が無いから」

「スパルタね。きっと良い人に師事したのね」

「うん。最高の先生だよ」


 義父のことを褒められとリグとしても悪い気はしない。

 少し変な人だけどそれでも立派な医者だ。後で怪我している従姉を義父の元に連れて行くように彼に頼む必要がある。人手が居るのならば自分が治療しても良い。


「それでアイルに何をさせるの?」

「ん~。魔女の矜持かしら?」


 頬に指をあてて刻印の魔女はそっと首を傾げる。


「自称魔女をのさばらせておくことが許せないのよ。だから私の代わりに外に出てあの魔女を徹底的に、それこそ自ら死を望むほどに力の差を見せつけて始末して欲しいの」

「アイルに人を殺せと?」

「今更数が増えることに抵抗でも?」


 相手の言葉にアイルローゼが全身が強張るのをリグは感じた。


「何よりあれはもう人じゃない。ただの残骸よ」


 言い放ち彼女はたどり着いた場所に2人を案内する。

 そこは……魔眼の左目に住まう者たちの肉体が置かれている部屋だった。




~あとがき~


 ストックが切れて大ピンチです。貯金ゼロです(泣)


 右目での語らいと言うか…刻印さんとアイルだけだと会話が成立しなさそうな気がしていたからリグの拉致は作者さん的に助かりました。

 実はアイルって若干人見知りの気があるんです。故に初見の人には高圧的な態度に出て『あの魔女こわ』って印象を持たれる不器用な人なのです。


 何気に重要なことを言ってます。

 刻印さんの魔法はベースが錬金術ですからね。純粋な魔法使いってあとの2人なんですよ。

 その辺の詳しい説明はいずれ本編にて




(C) 2021 甲斐八雲

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