気でも触れたのかだぞ?
ブロイドワン帝国・帝都帝宮内
若干本気で相手の頭を踏みつけながらアイルローゼは自身の鼓動が落ち着くのを待つ。
バクバクと薄い胸の中で心臓が激しく自己主張をしている。止まって欲しい。もし外に居る誰から聞かれたら……恥ずかしい。
増々その頬を赤くし、グイっと足の裏に捻りを加えて魔女は少しだけ馬鹿を踏みつけるために前屈みになっていた体を起こした。
相変わらず奇麗な封印魔法が辺りを包んでいる。
強固な封印を壁や盾として使うのは柔軟な発想の持ち主であるシュシュの才能だ。何より普通の者がこの発想を出来たとしても実行できない。
封印魔法自体が高度で複雑な魔法なのにそれに変化を加えるなど天才の所業だ。
『封印魔法しか使えない』と本人は言っているが、1つの魔法をここまで極めた“天才”をアイルローゼは知らない。
本人にその気があれば目の前に居る自称魔女と違い“魔女”の称号を得ることが出来るだろう。
「何でアイルローゼが?」
「……色々あったのよ」
「分かったぞ~」
分かっていないのだろうが、分かった振りをして頷くのがシュシュだ。
「で、旦那ちゃんが若干泣いてるぞ~」
「良いのよっ!」
カッと一層頬を赤くしてアイルローゼが吠える。
「出て来ていきなり……あんなところを……」
ごにょごにょと声が小さくなって途切れた。
相変わらずな同級生の様子にシュシュは肩を竦めてフワっとした。
「で、アイルローゼは何をするんだぞ~」
「決まっているでしょう」
自身の髪に手櫛を通すと、アイルローゼは見つめたままで動かしていない目を細めた。
見慣れた筋肉の塊のようなオーガも、見る度に人間を辞めていく自称魔女も……何も言わずに自分を見ている。ただ決して馬鹿な行動に呆れているという気配は無い。
突如姿を現した強敵に警戒して……と、そんな気配を漂わせていた。
「ウチの可愛い妹とその夫につまらないちょっかいをしている自称魔女が居るって話でしょう? だから『あれ』に命じられて出て来たのよ。今回はあれの代理ね」
「ほ~ん」
フワフワしながらシュシュは自身の手を腕を動かし、余計な魔法を解除し最低限の壁だけを残していく。
下手をすれば自分の魔法が、彼女の魔法の邪魔になりかねないからだ。
「ならノイエと旦那さんは預かるぞ~」
「頼んだわ」
軽く足元の馬鹿の頭を踏んでアイルローゼは歩き出す。
まずは邪魔臭い大量の魔道具をどうにかしないといけない。
「旦那君? もう大丈夫だぞ?」
「ありがとうございましたっ!」
「そんなに痛かったのかだぞ?」
違います。ただ先生の踏みつけを受けて……はっ! 僕はいつからそっちの世界の人に! 帰って来い僕。僕はノーマルだ。ノーマルなんだ!
ガバッと体を起こしたら、僕を踏みつけていた先生がこっちに背を向け歩いていた。
全体的にスラリとしたモデル体型と言っても良い。長い足が白くて眩しい。
「何故にあの服?」
「実は気に入っているのかだぞ~?」
前回無理矢理に着せた服を着て外に出て来た先生の足は露わだ。
そうなるように作った服だ。完璧だ。
「と言うか問いたい。先生って今回行動不能じゃなかったの?」
何でも前回僕にひとり遊びの映像を見られたことを恥じて自殺したらしい。自分に腐海を使って床の上に広がる染みになったと聞いたが?
「だぞ~。間に合わないって聞いたぞ~」
魔眼の住人であるシュシュも僕の言葉に同意する。
だが実際先生は外に出て僕らにあの素晴らしい美脚を披露している。実に素晴らしい。
カツカツ……
不思議な音が響いたので辺りを見たら、やる気が無さそうなノイエのアホ毛が自身を包んでいる光る壁を叩いていた。
お嫁さんからの警告だな。どうやら僕はアイルローゼの足を褒め過ぎたらしい。
「でも出てるよね?」
「だぞ~。何でも中に居る独裁者の代理らしいぞ~」
「……あの馬鹿か」
本当に厄介ごとをこっちに押し付けるのが大好きな問題児だな。そろそろ一度あれとは徹底的に話し合わなければいけない気がする。
つまり色々とツケを清算し、とりあえず先生のローアングル集を!
カツカツ……
疲れ切った感のある音がして来たので思考を止める。
危ない危ない。これ以上変な想像をすると、元気になったノイエに踏まれる。踏まれまくってしまう。踏み踏みされて……まあ悪くはない。
「アカーン!」
「どうかしたのかだぞ?」
「シュシュ」
「何だぞ?」
「後で僕の頬を叩いて!」
「ほいっ」
「あざ~す」
後でで良かったのにシュシュが今叩いてくれました。
大丈夫。起きている。これは悪い夢じゃない。つまりは気の持ちようで元に戻れるはずだ。
足だけが全てじゃない。僕にはリグの巨乳だってある。ファシーのツルツルだってある。ほらノーマルだ!
「絶対にアウトだ~!」
「旦那君? 気でも触れたのかだぞ?」
感覚としては何も変わらない。
宝玉で出た時と全く変わらない。
自分の足の感触を確認しながらアイルローゼは前へと進む。
ただ気を付けるべきはこの体がいつもとは違うと言うことだ。言葉としてはそれが正しいのだろうが、実際には違う。今の体が本来の自分の肉体だと言う。
あの日……カミューの魔眼に飲まれたあの日から成長していない自分の体なのだ。
《これはこれで研究したくなるけれど……まずはあの馬鹿からどうにかしないと》
それが今回、刻印の魔女から出された命令だ。
もし失敗すれば、リグの本体に細工をするとあの魔女は笑いながら言っていた。
昔に読んだ物語ならば『ボクのことは気にしないで良いからね!』と言うのが少なくとも幼馴染だと思う。が、リグは『アイル。失敗したらその本体にボクが悪戯するからね』と言い出した。
酷い幼馴染だ。あれほど苦労して延命できるように努力したと言うのに……。
内心で笑いアイルローゼは足を止めた。自分を見つめる2人の傍でだ。
「何者だ?」
睨みつけて来るオーガは牙を剥きどこか楽し気にしている。
相対していた自称魔女は、露骨に警戒し口も開かない。
性格の差とも言えるが、たぶん本質の差だとアイルローゼは察した。
弱者と強者の差だ。
「あら? 会ったことは無かったかしら?」
「知らんよ。少なくともお前の姿を見るのは初めてだ」
「そう」
クスリと笑いアイルローゼは軽く腰を折る。
「通りがかりのただの魔法使いよ」
「はんっ! この帝都を通りがかったって?」
「ええ」
悠然と構えるアイルローゼにトリスシアは牙を剥く。
「あの小さいのをどうした?」
「代わりに置いて来たのよ。詳しいことは後で説明するわ」
「……無事なんだな?」
睨みつけて来る相手に魔女は笑う。
「あの子は一応私の弟子の1人……と呼んでも良いかしらね」
自分以上の存在に師事を受けているが、それでも時折魔法の基礎は教えた。一度教えたのであればそれは弟子と呼んでも良いはずだ。
もう二度と弟子なんて取る気は無かったが、1人も2人も同じと言えば同じだ。
何人居ても結局自分は弟子たちを愛しすぎてしまうのだから……本当にダメな師である。
「私は弟子を大切にするのよ。あの子は今、多分一番安全な場所に居る」
「そうかい。なら文句はないよ」
笑いオーガは数歩後退した。
それは自分の立っている場所を譲るような動きだった。
「初めまして」
「……」
オーガに自称魔女の相手を譲られたアイルローゼは、改めて彼女に浅く腰を折る。
「自称で魔女を名乗るただの魔法使いさん」
「……なに?」
人工的に作られたように見える顔を歪めた相手にアイルローゼは冷笑した。
「せめて魔女を語るのなら何の魔女かを名乗りなさい。それすら語れない貴女を誰が魔女だと思う?」
「……」
ギロリと目を剥く相手にアイルローゼは出て来る前に言われたことを思い出す。
『本物の魔女を見せつけること。良いわね?』
それは本当に面倒臭い命令だった。
~あとがき~
主人公…美脚に踏まれて喜ぶ性癖を完全にゲットするw
そんな訳で『あれ』の代理で外に出たアイルローゼのターゲットは自称魔女です。
作者がどうしてアイルローゼというチートキャラを恐れるのかを…きっと皆さまはこれから理解していただけると思います。
誰が設定したの? このチートキャラ?
君は主人公を踏んでるだけで良いと本気で思う作者さんです!
(C) 2021 甲斐八雲
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