穢れてしまいなさい

「さてと。ウチの可愛い弟子からの了承も取れたし、少しばかり外に居るあの馬鹿な自称魔女に鉄槌を下そうと思うのだけど……」


 冷たく言い放つ刻印の魔女は、辺りを軽く見渡し転がっている蓑虫に目を向ける。


「私が出て直接あの馬鹿に格の違いを教えるのでも良いんだけど、それって楽じゃないし面倒よね?」

「基準が分からないわ」


 床に転がるホリーの声に魔女は口の端を上げた。


「決まっているでしょう? 私の気分よ」

「なら楽じゃないんでしょうね」

「ええ。だから私は全力で手を抜くの。でもあの馬鹿が心底嫌がることもしたい。貴女ならどうする?」

「……そんなの決まっている」


 床に転がるホリーは笑う。


 相手を痛めつける……というよりあの魔女はとかく面倒臭い。何かにつけて嫌がらせをしてくる。だったらもう終わらせるべきだ。

 ちゃんと絶望のどん底に叩き落とし、泣き喚きながら『殺してください』と自ら望むまで追い詰めて。


「嬲り殺しよ」

「気が合うわね。私も同じよ」


 笑う2人にその場に居る残りの者たちは若干腰が引けた。正直怖い。


「でも私は楽がしたいの。貴女ならどうする?」

「代理を立てる」


 即答だ。迷いが無い。


「そうね。でももう宝玉は無い」

「大変ね。だったら別の方法があるでしょう?」


『さっさと使え』と言いたげな殺人鬼の声に魔女は苦笑する。


「……それって実は私が楽できないんだけどね。でも一番の貧乏くじを引く弟子が了承しているから」


 クスクスと笑い刻印の魔女はその体を動かし相手を見た。

 小さい割には立派な物を持つ少女のような存在を抱きしめている……もう1人の本物の魔女だ。


「本当なら私が魔女と認めているあの猫でも出そうかと思ったんだけど、貴女たちの会話を聞いてて考えを改めたわ」


 そう。この2人の会話は実に面白かった。刻印の魔女の琴線が震えるほどにだ。


「私は基本、貴女のような初心で愛らしい存在が……悪い男たちに捕まってそれはそれは酷い目に遭う展開とか好きなのよね~」


 身の危険しか感じない発言にアイルローゼは黙って抱きしめているリグを盾にする。

『裏切りだよアイル!』とブルンブルンと胸を震わせ怒る存在に若干イラつきつつも、刻印の魔女は言葉を続ける。


「で、絶望のどん底に落ちてから這い上がってくる展開も好きなの。でも途中で何度か転げ落ちる方が燃えるわ~」


 救われたと思ってからの再度の転落なんてご馳走だ。


「だからまずは一度……」


 クスッと笑って刻印の魔女は、術式の魔女に左手を向けた。


「穢れてしまいなさい」




 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 本格的に困った。

 このままシュシュを抱いていても何の解決も得られないが安らぎは得られる。ただシュシュには悪いけれど、もし今日が僕の命日だと言うのであれば……最後はノイエを抱きしめていたいと思うのです。


「シュシュさんや」

「何だぞ?」

「もしこれで最後になるなら、ノイエを抱きしめていたいな~と思う訳なのです」


 お嫁さんに対しては嘘を吐かない真摯な男でありたい。

 と思っているので本心を告げたら……あれ? また周りの気温が下がりましたか?


「……最低」


 氷水を浴びせられたと思うほどの何かが背筋を走り抜ける。

 静かにシュシュは僕から離れると……何故かフワっとしてからノイエにのみ封印魔法を!


「何をする!」

「邪魔をしてるのよ」

「落ち着けシュシュ!」

「落ち着いてるわよ」


 こちらに顔を向けて来たシュシュの表情は無でした。

 あ~うん。確かに落ち着いているのかもしれない。落ち着きすぎているのかもしれない。


「ごめんって」

「知らない」


 それ以上ノイエに封印魔法を重ねないで~! 突破できないから!それに弾き出されたポーラも可哀想じゃないですか! ポーラさんはお姉ちゃんラブっ子なんだよ! あんなに震えて……親から引き剥がされた子犬のようだから! その封印を解いてよ!


「ふんっ」


 ノイエに鉄壁のディフェンスを施したシュシュがお怒りです。


 アカン。お嫁さんに対しての正直が裏目に出た。


「だって何も言わずにシュシュを放してノイエを抱きしめに行ったら機嫌悪くするかな~って。……ごめんなさい。許してください」


 見たことも無い凶悪な視線を向けられた。


「まだそっちの方が良いかもしれない」

「……ごめんなさい」


 また土下座モードに移行した僕の背後で売れ残りコンビが『見ました? あの情けない姿を』とか『滑稽ですね。リグ様に何かされる前にそのまま消えて欲しいです』とか好き勝手言ってやがる。


「旦那様の正直なところは嫌いじゃないけど正直すぎるのも良くない」

「はい」

「……まあノイエが一番だって分かってるんだけどね」


 自分が作り出したノイエの封印に寄りかかり、シュシュが何故か拗ねだした。


「ちょっとだけ思う時があるんだ。私ってもしかして旦那ちゃんに便利に使わているだけじゃないのかなって……ホリーはそれを喜んでいるみたいだけど、ホリーのそんな姿を見ていると凄く冷静になって思い直す時があるんだ」


 ええいホリーの奴め! 頼りになるのに足を引っ張るとは!


「まあ愛されているからつい許しちゃうんだろうけど……このままで良いのかなってたまに考える」

「ならシュシュはどうしたいの?」

「ん~」


 寄りかかったままで軽く揺れて……シュシュは苦笑した。


「良く分からない。旦那さんの一番はノイエだから、その一番を私が奪うとかあり得ないしね」


 一番を嫌っていたシュシュらしい発言だ。


「うん。分かった。旦那ちゃんはもう少し私に優しくするべきなんだぞ」

「えっと……具体的には?」

「それは旦那君への宿題だぞ~」


 ちゃんと立ったシュシュがフワフワと揺れる。


 彼女の良い所は、切り替えの速さかもしれない。

 まだ怒っているかもしれないけど、その様子をもう外に向けない。凄いな。


「で、旦那様~?」

「なに?」

「あの小さい子は大丈夫なのかだぞ?」


 ピタッと止まったシュシュが視線を動かす。

 彼女の視線の先には、ブルブルからガタガタへと変化し震えているポーラが居た。


「ポーラっ!」


 慌てて駆け寄る。

 彼女は全身を震わせ、何より顔色が悪い。普段から白いけど今なんてもう真っ白だ。


「にい……さむぃ……です」

「良し分かった」


 急いで掌をポーラの肌につけて彼女の体を擦る。


「シュシュ! 火の魔法とか!」

「燃える物が欲しいぞ~」


 慌ててシュシュも燃える物を探す。


「何ならそこに転がっている売れ残りの片方にでも火を付けろ!」

「「どっち!」」


 怪我人の割には元気だな?


「燃える物が無いぞ~」


 クルクルとその場で回転しているシュシュもテンパっている。


 うおっ! ポーラの体が引くほど冷たいんですけど!


「にい、さ、ま」

「大丈夫だポーラ」


 確か前に聞いたことがある。時代劇とかで甲冑を着ていると夏場地獄だとか。

 そんな時は股間を冷やすと全身が冷えるとか言っていた。つまり股間は……全裸のポーラには無理っ!

 そもそも全裸が悪いのか? さっきのオーガさんの湯たんぽにしたのが悪いのか?


「とりあえずこれは治療行為です!」


 背に腹は代えられない。僕は覚悟を決めて目を瞑る。


 治療行為だと自分に言い聞かせ……股間は無理!

 あれだ。足の付け根は太い血管が多いと聞いたから、股間をあれするのはその血管に作用するようにってことか? だったら足の付け根が正解なのか!


 もう一度覚悟を決め、ポーラの太ももの付け根に手を伸ばした。


 あれ? 意外と暖かい?


「なっ!」

「な?」


 ポーラの声がおかしい。いつもと声が違うような?

 兄と慕う人がこんなことをすればショックだって受けるだろう。それか。


 でも落ち着いてポーラ。これは医療行為です。邪な気持ちは微塵もありません。だって医療行為ですから!


「……どこをっ」

「はい?」


 はて? そもそもポーラの声じゃない気がします。

 具体的に言うとちょっと懐かしくって……で、絶対にこんな医療行為をしてはいけない人のような?


 色々な感情を抑え込んで若干薄く瞼を開く。


 僕の目には鮮やかな赤が映った。

 ゆっくりと医療行為を止め、静かに相手に向かい頭を下げて土下座する。


「大変申し訳ございませんでした!」

「……」


 無言で頭を踏まれるのはめっちゃ怖いんですけど! アイルローゼ先生!




~あとがき~


 小細工と嫌がらせラブな刻印さんはそれを決行します。

 でも自分が出て行って~とかは面倒臭いので、代理です代理。


 地雷を踏み抜いた主人公は…コイツ馬鹿なのか?

 相手がシュシュだったから良いようなものの、相手次第ではマジで死んでるぞ?


 で、代理です。刻印ではなく術式の魔女の出番です




(C) 2021 甲斐八雲

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