男なんて全て道具よ

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



『今回は流石に責任を取らないとダメだと私も思うのよ。聞こえてる?』


《はい。ししょう》


『で、方法は……2つぐらいかしら? 1つは無茶をする。もう1つも無茶をする』


《いつもどおりですね》


『そうね。で、貴女はどっちの無茶が好き?』


《……》


 どっちも選べない。

 師である刻印の魔女が事前に提示した2つの策は、出来れば選びたくない。


 それでも賢い少女……ポーラは分かっている。ここまで窮地に陥っているのは自分の我が儘だ。

 どこかで周りから“天才少女”と呼ばれ浮かれていたのかもしれない。

 自分が出来ることなんてまだまだ少なく、もっともっと修練をしなければいけないことを痛感した。


《ししょう……》


 迷う。迷ってしまう。どちらに転んでも辛いことには変わらない。


 けれど自分の視線の先ではオーガのトリスシアが勝てない戦いをしている。

 彼女のあの丸太のような腕から繰り出される拳を食らい続ける魔女は笑っていた。

 全身に風穴を開けても笑っている。もう完全に人を辞めてしまった化け物だ。

 あんな化け物を退治できるのは、自分の姉か……それか。


 ポフッと頭に何かが置かれた。姉の手だ。

 横たわり咥えたパンを時折ハムハムさせながら、姉が手を動かしたのだ。


「ねえさま?」

「ん」

「どうしたら……」


 迷う自分の気持ちをちゃんと吐き出せない。

 けれど姉はそっと視線を動かした。


 姉はいつでもどんな時でも兄が視界に入る場所に居る。見える場所に居る。

 故に彼女の目が最愛の兄に向けられているのは確認するまでも無い。


「にいさまがたすけてくれますか?」

「ん」

「そうですね」


 心の奥から兄を信じている姉ならばきっと迷わない。

 与えられた選択肢を見つめ……きっと姉ならこう選ぶはずだ。


《ししょう》


『心は決まったの?』


《はい》


 小さく息を吸い込んで、自分の小さな胸を膨らませる。

 恐怖で震えてしまいそうだが、それでも少女は覚悟を決めた。


《ししょうがらくなほうで》


『分かってるじゃないの。この弟子は』


 クスクスと楽しげに笑う師の声が聞こえて来た。


『なら私が手を抜いて楽が出来る範囲で……』


 笑い声は静かになり、そして真剣な物へと変化した。


『刻印の魔女の小細工を見せてあげる』




 どんなに殴ろうが相手の体に穴が開くだけだ。


 トリスシアは内心で焦りつつもその顔に笑みを浮かべる。


 自分が居た世界はここまで苦戦する相手は居なかった。

 同族たちとの争いとて、ただ相手の数が多いと言うことだけで、それほど苦には思わなかった。

 けれどこの世界に来て自分の弱さを痛感している。

 化け物のような……自分とは異質の化け物がこんなにもゴロゴロと転がっているのだ。


 ああ楽しい。楽しくて楽しくて笑いが止まらない。


 何より姿恰好だけだが“あれ”が居る。似ているだけだが“あれ”が居る。

 ならば負けられない。自分はまだまだ強くなって“あれ”を守るのだ。

 笑う度に腹の底から力が湧いて来る。“あれ”を守ると決める度に疲れが吹き飛ぶ。


 こんなにも楽しい戦いはいつ以来だろうか?


 きっと子供の頃……オーガをも食らう巨躯の熊と初めて戦った時以来かもしれない。

 あの熊を素手で殴り飛ばした時はスッキリした。自分が長の娘だと、一族を守る力があるのだと実感して……楽しくて楽しくて笑いながら熊を殴殺した。


 ただそれ以降同年代の者からは怖れられ、年上たちからは腫れもの扱いを受けた。

 女だった自分が“最強”であってはいけなかったのだ。


 でもここは違う。望むなら性別を超えて最強を目指せる。

 ならばまずは目の前の化け物に勝たなければならない。

 これぐらいに勝てなければ、そこで寝ている現時点での最強に挑むことも難しい。


「この筋肉が……まだ力を増すか?」

「ああ」


 これでもかと相手を殴り、そして笑う。


「力が溢れて来るんだよ!」


 全身から、腹の底から力が溢れてきて止まらない。止まらない。


「……鬱陶しい!」


 ようやく魔女が動いた。

 自らが攻撃に転じたわけではない。包囲している存在に指示を出したのだ。


「一騎打ちに……邪推な魔女だね!」

「煩い筋肉」

「そんなんだから男に好かれないんだよ!」


 笑いトリスシアは振り上げた腕を相手に向けて叩き落とす。

 丸太で押し潰されたような格好となった魔女は……それでも嗤う。


「男なんて全て道具よ」

「なに?」

「私が優れるための道具。私が幸せになるための道具。私が頂点に至るための道具よ!」


 声高らかに宣言し、魔女は四散した。

 その存在が露と消え……体を起こしたオーガは苦笑する。


 散った存在が集まり形を作り出す。それはまた魔女の形となった。

 何ごとも無かったかのように悠然と立ち……そして嗤う。


「私は最強なのよ」


 そっと自分の胸に手を当てて、魔女はその口を三日月のように割る。


「私は誰にも負けない。最強の魔女なのよ」


 ケタケタと魔女の笑い声が響く中、それでもマリスアンは自分の笑い声に重ねるように言葉を綴る。


「三大魔女にも決して負けない。私は歴史上に名を残す最強の魔女となる。そしてこの世界を征服して……愚かな人間どもを家畜のように飼い慣らすのよ!」

「餓鬼だな」

「なに?」


 クシャクシャと頭を掻くオーガに魔女は凶悪な視線を向ける。そんな目に怯むことなく、トリスシアは小さく欠伸をしながら動き出した周りの魔道具たちに目をやる。

 自称“最強”よりもあっちの方が脅威に感じるからだ。


「お前は弱いんだよ魔女」

「あん?」

「弱いんだよ」


 薄っすらと笑いオーガは正面から哀れな魔女を見た。


 人間を辞めて最強に至ろうとしている存在……確かに間違いでは無いのだろう。

 けれどオーガは知っている。分かっている。自分が馬鹿でもそれぐらいは。


「三大魔女とやらは人間を辞めていたのか? 違うだろう?」

「……」

「それらは人のままで最強に至った。お前と違ってな」


 軽く身を翻しオーガはその手で横たわる最強を指し示す。


「そこで寝ている最強もそうだ。人間なんて辞めてない。まあ何か色々と中身は複雑な感じがするが、少なくとも人間を辞めてない」

「……何が言いたい?」

「気づけよ。少なくともアタシより頭が良いんだろう?」


 鼻で笑いトリスシアは腕を組んで相手を見下した。


「アンタは弱い。だからそんな姿にならなければ強くなれない。それだって決して強くなんてない。アタシからすればアンタよりも周りの魔道具の方が遥かに怖い」

「……」


 全身を震わせ魔女はオーガを睨む。

 その視線で相手を殺めることが出来るのならば、魔女もう何十何百とオーガを殺しているだろう。それほどまでに狂気を孕んだ目で相手を睨む。


「少なくともアタシでも十分に勝てそうだ」

「……そう。ならば死になさい」


 表情を無にして魔女は自身の右手を上げオーガへと向けた。


「あのオーガを殺せ! その後に1人ずつ惨たらしく殺せ!」

「自分でやれよ……底が見えるぞ?」


 軽口を叩いてもトリスシアに余裕はない。

 魔道具の方が遥かに数が多いのだ。このままだと確実にこちらが負ける。


「そこのオーガ。同意見ね」


 静かな声が響いた。

 場違いなほど静かで、それでいて響きのある声だ。

 声に導かれるように視線を向けたトリスシアはそれを見る。


 赤かった。


「少なくとも私の敵じゃない」


 何故かあの馬鹿王子を踏みつけて、赤く染まった女性が悠然と笑っていた。

 整った顔を、頬を、真っ赤にさせながら。




~あとがき~


 刻印さんの小細工開始です。


 まずはポーラの協力を取り付けることが必要です。

 ポーラは迷いますが、ノイエの優しさで覚悟を決めます。


 オーガさんは魔女に対しその事実を告げます。『お前は弱いのだ』と。

 その言葉に同意したのは……赤い




(C) 2021 甲斐八雲

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