姑息な小細工よ

 ブロイドワン帝国・帝都帝宮内



 存在と気配を消して石のように構える。ぶっちゃけ正座をしているだけである。

 もうこれ以上好き勝手をするなと言いたげな凶悪な2人に睨まれて自然とこの定位置に納まった。


 ただ背後から売れ残りコンビの話し声が聞こえて来る。2人とも怪我人なのだからもう寝ろよと言いたい。コソコソと話していてもはっきりと聞こえているぞ? 誰が寝室上司だ。そんな上司などこの世に存在しない。たぶん。


「旦那ちゃんは安定してそれだぞ~」

「シュシュもする?」

「足が痺れるから嫌だぞ~」


 バトル中であり、辺りを警戒しているシュシュはフワっていない。いつでも魔法を飛ばせるように警戒している。

 真面目だ。この真面目を常に発揮して欲しい。


 ポーラは変顔を恐れてノイエの元に逃げている。

 ノイエは横になったまま時折思い出した様子でパンをハムハムしている。

 寝ながら食べているのだから流石ノイエだと惚れ直してしまった。


「で、あの2人はいつになったら殴り合うの?」

「旦那さん。護衛の人に言うべき言葉じゃないと思うぞ~?」


 君は真面目か?


 レニーラが呼べ出せない今となってはオーガさんの攻撃力だけが頼りだ。

 大丈夫彼女ならやってくれる。きっと大統領だってぶん殴ってくれる。ただしポーラだけは勘弁なご様子だ。


「シュシュさんや」

「年寄り臭さを感じるぞ?」

「何おう? だったら何日か後に僕の若さをシュシュの体に叩き込んでやる」

「……どうして日を空けるんだぞ?」


 頬を真っ赤にしながらシュシュが当たり前のことを聞いて来る。

 ノイエの姉たちは不思議と駄賃を肉体的なあれで請求するからだよ! ぶっちゃけホリーさんなんて自分が孕むまでする気でしょう? 僕の何かが本気で枯渇するからね。


「温泉でゆっくりしたいから?」

「納得だぞ~」


 納得してくれた。シュシュがチョロイン属性で助かります。


「で、話を戻してシュシュよ」

「ほいほ~い」

「……オーガさんは勝てると思いますか?」


 僕の問いにシュシュがその場で軽くフワった。


「旦那君はカミューに喧嘩して勝てるのかだぞ?」

「はんっ! あんな化け物に勝つとかもう少し修行が必要だと思います」

「勝てると思ってるんだ」


 呆れるなよ。勝てるまで挑めばいいのです。そして危なくなったら全力で撤収です。

 それを相手が嫌になるほど繰り返せばいつか勝てます。


「つまりオーガさんは?」

「勝てないと思うぞ~」


 声を潜めてシュシュが軽くフワる。


「ならばどうして彼女はあそこに?」


 勝てないと思われる人物の前に立つとかどんな拷問でしょう。

 あんな性格であんなにも凶暴なのに……まさかあのオーガさんは実はマゾなのか? そう考えるとポーラの指示に従っているのは何かしらの斬新なプレイか? うわ~。引くわ~。


「この糞王子! さっきから何をジロジロ見てるんだいっ! 食らうよ」

「失礼しました」


 奇麗に頭を下げて相手の凶悪な視線から逃れる。

 普段の豪快さが失せ、だいぶピリピリしているオーガさんの様子からして……結構本気で危ないのかもしれない。


「シュシュ~」

「何だぞ?」


 近づいて来た彼女を捕らえて抱き寄せる。

 不意なことでされるがままのシュシュが僕の腕の中で大人しくなった。


『嫁が傍に居るのに他所の女を……』とか『リグ様も手を出していたら全力で引き抜く……』とか背後の売れ残りたちの言葉が煩わしい。

 と言うか自分引き抜かれますか? リグに手を出すところかあの子は僕のお嫁さんですね。あはは~。


「何だぞ?」

「ちょっとキスしたくなった」

「はわわ~」


 そっと顔を近づけたらシュシュが可愛らしい反応を見せる。

 全身をギュッと強張らせて……反応が可愛らしいです。


「囁くほどの大きさでお願い」

「……何だぞ?」


 唇と唇が触れるほどの距離で……と言うか触れても問題無いので恐れずに近距離戦です。

 ただ大きい声で会話をしたくなかっただけです。


「集音の魔法をあの魔女が使っているとかある?」

「無いぞ。あの魔法はユニバンス特有の物だぞ。それに魔力の流れを感じないから平気だぞ」

「ならば問題無し。で、シュシュ」

「何だぞ?」

「あの魔女を倒す……と言うか封印できる?」


 僕の腕の中に居る存在はあのアイルローゼが“天才”と認めた封印魔法の使い手だ。

 もしかしたら封印が可能かもしれない。


「ん~。ちょっと難しいぞ」

「どうして?」

「魔力が足らないぞ」


 今回はそれがついて回る嫌な展開だな。


「魔力が足りれば可能?」

「……無理じゃないぞ。でも効くかどうかは別だぞ?」


 そりゃそうか。


「最悪ノイエの中に戻って使える?」

「無理だぞ。ノイエがあんな状態だし、何よりあの魔女を封印するなら……せめてカミーラ辺りが時間稼ぎをして欲しいぞ」

「アカン。それは無理だな」


 どうやら最終手段であるシュシュによる封印も不可能らしい。


「こうなるともう打つ手が……シュシュさん?」

「はっ!」


 会話しているからシュシュが唇を避けてキスをしてくる。こんな時に発情するなと言いたい。

『長々と見せつけて……』とか『存在自体が危険です。引き抜きましょう』とか恐ろしい売れ残りの声が聞こえて来る。


 僕が何か悪いことをしましたか?


 ただ相手に気づかれないようにこっそりと会話していただけです。

 途中からシュシュがキスして来ていますが、ご褒美だと思います。


「あ~! もう面倒臭いね!」

「はい?」


 突如としてオーガさんの声が響いた。

 何ごとかと思い顔を上げたら……僕の目が点になりました。


 どうやら会話での戦いが終わったのか、オーガさんが次のステージに進出していた。

 拳による過激なボディランゲージだ。相手の頭を全力でぶん殴る万国共通の会話だ。

 ただし食らった方は頭部を粉砕されていた。


「待ってても馬鹿王子が何もしかけないしね」

「……実は僕待ちだったの?」


 こっちに顔を向けて腕を組んだオーガさんが呆れた様子を見せる。


「お前の特技は相手の裏をかく小細工だろう?」


 失礼な。若干姑息かなって思っているけど、小細工ではない。

 知恵と努力とあれとこれの結晶だ。きっと涙とかも含まれている。


「でもまあ……待っても何もなさそうだからね」


 また拳を作ってオーガさんがそれをかざす。


「なら殴って解決だ。相手はただの魔法使いだしね」

「あ~うん」


 今僕はフラグが立つさまを見た。

 立ったよね? フラグの神様の使者がフワっとやって来たよね?


「ぐきゃきゃきゃきゃ……」


 地の底から響くような嫌な音が響いた。


 何となくで視線を向ければ、棒立ちしたままで立っている魔女の方から声が聞こえて来る。

 やっぱりね。


「頭を潰したぐらいでこの私が死ぬとでも思ったの?」


 警戒し拳を構えたオーガさんの前で、頭部を失った魔女が笑い声を発する。


「やっぱりこの場に居る者たちは……皆殺しね」




「で、問題は待機状態で準備中のロボが魔法を発揮するまで時間がまだかかるのよね~」


 重要なことをあっさりと言う刻印の魔女にホリーは呆れ果てた。


「それまでにアルグちゃんが死ぬわ」

「でしょうね」


 素直に認めた魔女は笑う。


「だから今回は責任を取ると言ったでしょう?」

「どうやって?」

「決まっているわ」


 腰かけていた椅子から立ち上がり、魔女は両手を広げた。


「姑息な小細工よ」




~あとがき~


 実はアルグスタの仕掛けを待っていたオーガさんでした。

 まあぶっちゃけ攻撃手段のない主人公たちはお手上げ状態なんですけどね。


 ロボに仕込まれている消滅魔法が発動するまでまだまだ時間が掛かります。

 なので刻印さんは姑息で卑怯な小細工を開始します




(C) 2021 甲斐八雲

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