殺しは一度で終えたいんだ

 ユニバンス王国・北東部新領地(旧共和国リーデヘル地方)



 コンコンッ


「入れ」

「失礼します」


 部屋の主の許可を得て男が1人入って来る。

 足音は発せず、基本つま先立ちに近い足運びをする者だ。


「マスター」

「何だ」

「指示書が届きました」

「そうか」


 弟子である者から手紙を受け取り、男はそれに目を走らせる。

 内容は『ユニバンス本国から諜報に長けた者たちが派遣された。それと数人の手練れもだ。よって今宵その敵の増援を断ち行動を開始する』とあった。


 内容を2度確認し、男はその紙を蠟燭へと近づけた。

 この様な場合の時の為に常に灯してある蝋燭だ。火を付けて紙を燃やす。


 時は夕刻。夜動くならば少しは休めるはずだ。


「今夜動くということは、敵も今宵動く気でいるのだろうな」

「はい。では部下たちに声をかけ、」


 返事をする部下は言葉を切り、振り返る。


 その反応は卓越した物であった。敵の気配をドア越しに感じ備えようとしたのだ。

 ただ計算違いがあるとすれば……訪れた者が普通では無かったということだ。


「……かはっ」


 部下が血を吹き床へ崩れ落ちた。


 ドサッと倒れた人であったモノの振動で、思い出したかのように木製のドアが横から裂けて別れる。上の部分は金具でぶら下がり、下の部分は床へと倒れた。

 部下の死を目の当たりにした男は、その唇の端を上げて薄く笑った。


「どうも招待していない客人のようだが?」

「失礼」


 ぶら下がっているドアだった物を押して入って来たのは、女性だ。

 精悍な顔つきをした……人殺しである気配を隠そうとしていない女性だった。


「貴方がディギッド・ハートか?」

「誰かね?」

「失礼。名前から女性か若い男性かと想像していた」


 だが事実は違う。ディギッド・ハートは壮年の老人であった。

 スッと伸びた背筋に程よい筋肉。頭髪は真っ白で顔には深い皺が刻まれているが、老いを感じさせない。


「ディギッドは曲芸師としての芸名だ。本名はずっと昔に捨てたよ」

「そうですか」


 納得し女性は軽く頷く。


「して貴女は?」

「失礼。自分はユニバンス王国国軍所属、特務騎士のリディと申します」

「ほう。『虚空』を派遣するとは……上が思っていたよりも我々の動きが明るみになっていたようだな?」


 相手の指摘にリディは素直に首を左右に振る。


「いいえ。本来は休暇を兼ねて友人たちと様子見に来たのですが、どうもその友人は人使いが荒いようで」

「友人であってその性格を知らなかったのか?」


 ディギッド・ハートのツッコミにリディの頬が一瞬赤くなる。


「知っている。知っているとも。ただまだそこまで仲良くなっていなかったと言うか、これから深い仲になって行こうとしているところなのであまり色々と聞くのは失礼だろう?」

「……つまり知らなかったと?」

「これから知るから問題無い」


 リディははっきりと言い切って、この話を終えた。


「それでディギッド・ハート」

「何かね?」

「出来ればご投降願います。無用な争いは避けたいので」

「なるほどなるほど」


 自分の娘……孫ほどにも見える相手の言葉に彼は声をたてて笑う。


「君は老人を前に自分の方が強いと信じて疑っていないのだね?」

「いいえ。でしたら貴方は相手が女性だと思ったら軽んじるのですか?」

「違うな」

「自分も同じです」

「そうか」


 2人は同時に口元に笑みを浮かべた。


「ならば答えは簡単だ。娘よ」

「そうですね」


 同時に構え2人が動く。


「殺し合おうじゃないか」

「お相手します」


 殺し合いが始まった。




「この私が使いっ走りとは……」


 その男は届けられた手紙を一読して破り捨てた。

 自分はもっと高貴な存在であり、こんな場所で使いっ走りをしている存在ではないと信じて疑っていなかったのだ。


 だが事実彼は立派な飼い犬になっていた。


 自分の能力以上の力を……天才だと疑っていなかった自分の実力以上の任務を請け負い失敗したのだ。結果として居場所を失い、何よりその性格が災いして首都に居れなくなった。


 逃げた先がこの場所だ。


 ここでなら少し威張れると、普段の自分に戻れると信じていたが失敗した。

 最後まで一度の失敗が足かせとなって彼の足を引っ張り続けているのだ。


「まあ良い」


 それも今日までだ。


 今夜ユニバンスから来たという者たちを血祭りにあげれば事が進む。

 進めばこの地はユニバンスから独立し、そしてウシェルツェルが代理の国家元首を名乗り共和国を奪い取る。そうすれば彼はあの魔女の後を継ぎ、国に認められた魔術師となる。

 そう約束したのだ。


「これで私もあの魔女と同格か」


 自分勝手で前国家元首の愛人だった魔女は、実力ではなく色香でその地位を得たと彼は思っていた。

 実力であれば自分が選ばれて当然なのだ。それなのにあの女が上に居たせいで十分な仕事が出来ずにいたのだ。そう信じて彼は疑っていなかっただけだが。


「私の実力ならばあっという間にその名を轟かせることが出来る」


 自己陶酔でもしたのか、彼はギュッと拳を握り激しく上下に振るった。


「間違いなく共和国に名を残す……ん?」


 興奮する彼が一気に現実へと戻った。


 ドアが開き……人ほどの大きさの芋虫が入って来たのだ。

 否。人だった。歩くことを放棄した人間だった。


「あ~。面倒臭い」

「女、か?」

「……」

「答えよ!」


 無視された彼は激高して声を荒げた。


「……見れば分かる」

「分からんから問うたまでだ!」

「お前の目は飾りか?」

「そんな顔も姿も隠した奴が何を言う!」

「声で分かる」

「おかげでな!」


 ダンダンダンと床を踏んで彼は怒りを発散する。


「で、貴方は誰だ?」

「知らずに来たのか!」

「……何となく?」

「ふざけるな!」


 怒りのままに振り上げた足を相手の頭らしき部分に振り下ろす。

 けれど彼の足裏は床を叩いた。


「女性を踏もうとするなんて……酷い男だ」

「何を?」


 少し離れた場所でゆらりと立ち上がった相手に彼はようやく“警戒”を思い出した。


「貴方が誰でも良い。面倒だからボルズンドなら嬉しい」

「何だと?」


 彼……ボルズンドは相手を睨んだ。


「殺しは一度で終えたいんだ。面倒だから」


 顔を隠したままで彼女……イーリナはそう告げた。




「準備が終わっているとはいえ今夜決行とは……上は無能なのか?」

「ですがご命令ですので」

「分かった分かった。夜になったら向かうさ」

「そうですか」


 手紙を届けた使者は、相手の様子に呆れ果て部屋を出た。


 男は手練れであるがその性格、特にその狂暴な性癖がマイナスの評価を生み出している。

 異性に対して攻撃的で相手を傷つけることを好んでいるのだ。だから彼の住む場所には下働きの女性が寄りたがらない。どんなに高く給金を設定しても、誰もが自分の命を惜しんで避けるのだ。


 コンコンッ


「失礼します」


 だがそんな彼の耳に女性の声が届く。

 主人の許可なくドアを開いたのは長身の女性だ。メイド服を着た女性だった。


「ほう」


 感嘆の声が男の口からこぼれる。

 背が高すぎるがその顔は整っており、誰が見ても美人と評する顔立ちをしていた。


 静かに歩き室内へと入って来る相手に目を奪われ……彼はそれに気づくのが遅れる。

 メイドが荷物を引きずっていたのだ。先ほど出て行った使者の足を掴んで引きずっていた。


「何をしている?」

「はい。ゴミは1カ所に集めた方が掃除が楽なので」

「ゴミか……」


 苦笑し彼は手元に置いてある剣を掴んだ。

 それは共和国に数本のみ存在する特に秀でた魔剣だ。連続使用に制限はあるが、使用回数に制限が無い優れた逸品なのだ。


「名を聞こうか」

「私はただのメイドにございます」

「ほう」


 引きずっていた男を床に転がし、メイドは軽くスカートを摘まんで一礼した。


「ですが口の悪い上司は私のことを『人形師』と呼びます」


 メイドの振りをした魔法使い……人形師レイザは薄く笑った。




~あとがき~


 夜襲を告げておきながらその前に動くのがネルネクオリティーw

 敵が動くさらに前に動いて敵の主力を狩り取りに3人をそれぞれ派遣しました。


 執筆時間が短くて内容が薄味だわ~。

 作者、海より深く反省…




(C) 2021 甲斐八雲

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