虚空

 ユニバンス王国・北東部新領地(旧共和国リーデヘル地方)



「人形師だと? 聞いたこともない」

「そうでしょうとも……ただの悪口ですので。それに今回はあえてリディと言う目立つ人物が一緒に行動してくれました。おかげで彼女が全ての視線を集めてくれています」

「ほう。ユニバンスの『虚空』が来ているのか」


 リディとは国軍にその人ありと言われる特務騎士だ。

 指示書にもその旨が書かれていた。『今後を見据えて確実にその首を取るように』と。


「では俺様はハズレを引いてしまったらしいな」

「ハズレですか?」

「そうだ」


 男は笑い剣を抜く。

 肉厚の刀身には淡い光が生じた。


「この魔法剣士ハルフーンの相手を、メイド如きが務まると本当に思っているのか!」


 鞘を投げ捨て彼は剣を構えた。


「どうでしょうね? ですがネルネが反対しませんでした」

「なに?」


 クスリと笑いレイザは両腕を大きく広げる。

 ゴリッとした鈍い音が響いてメイドの腕が肘の半ばからダラリと床に向かい落ちた。


「ネルネは戦場を見やる戦術家です。彼女の止めなかったのであれば、この場所では私が勝てると判断を下したのです。ですから……」


 整ったメイドの口が真横に割けて大きく開かれる。


「ですからこの場は私が勝たせていただきます」

「メイド如きが偉そうに!」


 男……ハルフーンは大きく剣を振るい光の塊を放つ。レイザは上半身を大きく捻ると、自分の腕を鞭のようにしならせて光球に拳を叩きこんだ。


 バチバチと光が弾けて破裂する。


「知らないのですか?」

「……何をだ?」


 弾かれた光球に呆然としながらもハルフーンは反射的に構える。

 相手がただのメイドでは無いと理解し警戒を強めたのだ。


「ユニバンスのメイドは暗殺から死体の処理まで出来て一人前なのですよ」

「ふざけるな! そんなメイドが何処に居る!」

「ふざけてなどいません」


 カタカタと開いた口を震わせてメイドは嗤う。


「それが貴方様が敵対した国の本質なのです」




「あ~。怠い」

「ちょこまかとっ!」

「本当に怠い」

「当たれ~!」


 炎を鞭として振るい続けるボルズンドは、床を転がる芋虫を捕らえられずにいた。

 本当にちょこまかとちょこまかと……人とは思えないほどの速度と反射能力で鞭を回避するのだ。


「早く魔力切れになって欲しい」

「なるかっ!」

「そう言わずに」

「ふざけろっ!」


 魔法語を唱え男は数本の矢を作る。どれも炎の矢だ。

 それを投擲し、同時に炎の鞭を振るう。


 魔法使いは原則接近戦に弱いと言われているが例外も居る。

 むしろ接近戦を好み魔法を操る者も居る。その代表例がボルズンドだ。


 彼は確かに知識や実力では、共和国で魔女と呼ばれたマリスアンよりも劣っていた。けれど唯一勝てる物があった。魔力量だ。

 共和国一と噂された魔力量で魔法を振るい圧倒的な火力で敵に圧勝する。それが彼のスタイルだった。


 放たれた矢が芋虫のローブに突き刺さり相手の動きを止めた。


「終わりだ!」


 振られている鞭がうなりを上げて床に張り付けられた芋虫へと襲い掛かる。


「怠い……」


 けれど焦ることなくイーリナは面倒臭そうに腕を伸ばしてその鞭を掴んで見せた。


「なに?」

「もうこれは見飽きた」

「……何を馬鹿な?」


 燃えることなく鞭を掴んだ鞭を彼女は床へと投げ捨てた。


「出来たら次の魔法をお願いしたい」

「次だと?」

「そう」


 フードで隠した顔を相手に向け、イーリナはやる気のない声を続ける。


「こんな手垢まみれの魔法を見てもつまらない。出来れば共和国で秘密にされている魔法や魔道具などを使って貰えたら嬉しい」

「秘密だと?」

「そう」


 床の間近からやる気のない無気力の目が相手を見やる。


「殺してしまえば魔法の類は見れない。それは何となく勿体ない。出来たら秘匿魔法の類を披露してから死んで欲しい。でも心配は要らない。ちゃんと記録を残して後世に伝わるようにしておく」

「……」

「なに?」


 ワラワラと震える相手にイーリナは面倒臭そうに尋ねる。


「ふざけるな!」

「どうして怒る?」

「怒るなと言うか! この私が負けることを前提に話された挙句に秘匿魔法を見世物のように!」

「……どうせ大半の魔法は手品の類と我が国の魔女も言っていた」

「ふざけるな!」


 何故かさらに怒ってしまった相手にイーリナは面倒臭そうに頭を振った。

 説得は難しそうだ。でもちゃんと説得はした。そのはずだ。


「なら実力も見せずに死ぬと良い」

「お前がな!」


 激高した彼は自分の右腕を噛んだ。


 プシュッと血が噴き出し床を濡らす。

 何となくローブが汚れるのを嫌ったイーリナはモゾモゾと後退する。


「だったら見せてやる。我が一族に伝わる秘匿魔法をな!」

「……」


 後退を止めてイーリナは前進した。




「あははははっ! 楽しいな娘よ!」

「否定はできない」


 刃を交える2人は最初居た場所から移動していた。

 室内では互いに全力で刃を振るえないと判断し、殺し合いながらも建物を出て広い場所を求める。


 ディギッド・ハートが宿としていたのは元豪商の屋敷だった物だ。

 建物は小さいが広い中庭が存在していた。四方を建物と防風林で覆われた場所である。

 余り世に見せたくない類の鍛錬をする彼には、他者に見られない場所は好都合だった。


 故にリディをその場所へと誘い、彼女もまたそれに応じた。


 後は挨拶代わりに殺し合いだ。

 互いに全力で武器を振るい殺し合う。


 ディギッドハートの武器は二振りの曲刀だ。サーベルと呼ばれる類の物だが、彼はそれに投げナイフまで駆使して攻撃して来る。曲芸師と言うよりも長年培った技術を存分に発揮する戦い方だ。

 対するリディは二振りの剣だ。ブロードソードと呼ばれる類の直剣であり、それを直線的に振るう。


「強い、強いな……娘よ!」

「確かに」

「だが」


 ユニバンスの『虚空』は国軍で最も有名な剣士だという。

 けれどディギッド・ハートはその事実を内心で悲しいんで居た。


 思っていたよりも弱かったのだ。

 あの最強で最恐と呼ばれた化け物が居た国とは思えないほどに弱かったのだ。


「幻滅だ。娘よ!」

「なに、」


 四方から飛んで来たナイフにリディは半数を叩き落とし、残りの半数は身を捩って致命傷を避ける。けれど傷を負い……中庭の芝の上に片膝を着いた。


「貴国には“串刺し”と呼ばれし化け物が居たらしいな。自分はそのような本物の化け物と戦って見たかったのだが……残念だ」

「……部下に不意打ちをさせた人物が何を言う?」

「何故そのような愚かなことを問うか? 自分は暗殺者だよ。故に確実に相手を屠る手段を用いて全力で仕留める。それだけのことだ」


 曲刀を腰の鞘に戻し彼は笑ってみせた。


《全員で8人か。面倒だ》


 ゾロゾロと姿を現した部下らしい者たちの足音を確認し、リディは軽く自分の体に力を入れた。

 受けた傷から鈍い痛みが走ったが、毒の類は使われていない。


「嬲り殺しか?」

「ふむ。老いた自分には難しい話だな。だが部下の内には貴女の様な筋肉質の女性を好む者も居よう」


 何故か部下たちから不満の声が聞こえて来る。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけリディは心の中で泣いた。


「そう言うでない。女性は全て平等に愛してやるべきだ」


 老いた暗殺者は優しく部下たちに語り掛ける。


「何が経験となるか分からないからな」

「なるほど。一理ある」


 スッと立ち上がるリディにまた多くの殺意と凶器の先が向けられる。


「どうするのかね?」

「本気を出そうかと」

「本気と?」

「ああ」


 両手に持つ剣を地面に投げ捨てリディは軽く肩を回した。


「貴方は暗殺者の割には注意力が足らない」

「何と?」


 絶体絶命の騎士の声に老人は訝しんだ。


「私の最初の攻撃を……もう忘れたか?」

「……殺せ!」


 老人は咄嗟に叫んだ。


「もう遅い」


 リディは芝生にしゃがみ込むようにして位置を下げ、自分の左腰に手をやる。

 剣を抜く動作で“それ”を抜きながら体を反転させつつ振り抜く。


『虚空』


 それは異世界から伝わった……天と地を裂く一撃を編み出そうとした剣士がたどり着いた馬鹿げた攻撃方法の一つである。




~あとがき~


 レイザとリディが真面目なのに…イーリナだけがコントになる。

 これずアルグスタの呪いなのか? 主人公のコントウィルス恐るべしw


 虚空の正体は…次回のあとがきにでも




(C) 2021 甲斐八雲

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