はよ言うてな!

 セシリーンは忙しく耳の意識を切り替え続けていた。


 外の会話はとても気になる。自分たちに関係している。

 中枢の片隅で繰り広げられている痴態にも興味がある。勉強になる。

 一番気になるのは魔女だ。外の様子を気にしながら、痴態にも興味を抱いている。


 忙しなく眼球を動かし、ついには片方の目を必要な方に向けて観察している。

 左右の画を同時に見て理解できる魔女はやはり凄い。

 呆れてしまうほど……研究熱心だ。きっと元に戻った彼女はこの魔眼を隈なく調べ出すだろう。


《少しは恋愛を楽しめばいいのに……魔女のサガって悲しいものなのね》


 穏やかな気持ちになって魔女の様子を伺う。


「お願いします。もう許してください」

「またまだ」

「だぞ~」

「本当に許して。そっちは……んんっ!」


 ほぼ同時に魔女と歌姫の意識は痴態を繰り広げる3人へと向けられた。


 と、壁に手をかけ……中枢へとやって来たその人物の視線が、馬鹿騒ぎをしている者たちへと向けられた。


「とても重要な話をしているから様子を見に来れば……この馬鹿たちは」


 額に手を当て女性……グローディアはため息を吐く。


「魔女が居ないとダメね。本当に」

「居るよ」

「えっ?」


 舞姫とか言う馬鹿が何故か部屋の隅を指さす。

 ひと影の無い場所に目を向けたグローディアは、そこに転がる惨殺死体を目撃した。


「……うぷっ」


 込み上がった来た物を掌で押さえ、急ぎその場から逃げ出した。




 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



「大丈夫。居たのはほんの少しだから」


 自分に強くそう言い聞かせる。

 ボロボロしたりドロドロしたりしないはずだ。


「短時間なら問題は無いですって」

「本当だろうな?」

「自分が知っている仕様が変更されていなければですが」


 だから怖いことを言うなよ! 泣くぞ?


 人は怖さを覚えると安心できる物にすがるのだ。

 寄ってリグを鷲掴みして精神的安定を求める。これは良いものだ!


「だから……今だけだからね」


 リグが黙って好きにさせてくれた。


「と言うか兄さん」

「なに?」

「解けるならもう解けてますから」

「……」

「解けてないなら大丈夫です」


 なら僕のこの手は無意味だと言うのか? 全力だぞ? 張りが凄いからこのまま揉んでいると握力が強くなりそうな気がする。


「もう良いよね?」

「はい」


 静かな声音に促されて手を離して抱きしめる。


「アルグちゃんの不安は解消した?」

「……はい」


 リグの胸で精神安定を図ったていたら、姉の怒りを買ったらしい。

 ホリーが大変冷ややかな目で僕を見つめて来る。険悪だ。怖すぎる。


 改めて精神安定を図っても良いですか?

 何故かリグの両手が僕の手を妨げる。仕方ない。諦めよう。


「なら改めて問題は……何かあったかしら?」


 あるでしょう? ホリーお姉ちゃん?


「どうしてお姉ちゃんたちの体が右目にあるの? どうしてお姉ちゃんたちは左目でホムンクルスに入って活動しているの?」


 大問題だよね? どうして不思議そうに首を傾げているの?


「大した問題じゃない気がするのだけど?」

「そうだね」

「お~い。落ち着こうか? 君たちは何だか分からない状態になっているんだよ?」

「分かるわよ。一般的な考えからすると普通じゃないだけでしょう?」


 あっさりしているわ~。


「ボクたちは一般的な観点からすると死んでいるんだと思うよ」

「そうね。つまり私たちはある意味無事に死亡したってだけ」

「達観しすぎでしょう?」


 そりゃ処刑されているけどさ……だからってそんなに開き直らないで。

 君たちは医者に殺人鬼だから人の生き死にに冷静なだけかもしれないけどさ。


「元に戻れないの?」

「……戻る必要ってあるの?」


 ホリーさん? 本気か?


 何故か両足を伸ばし、ホリーがお尻の後ろに手を置いて体を反らすように座る。


「私はノイエのことを心配してカミューの申し出を受けた。あの子の幸せを願って私は魔眼に入った。確かに今はアルグちゃんっていうノイエに匹敵する大好きで愛している人も出来た。

 出来れば毎日一緒に居たいとも思うけれど……でもそれだけなのよ」

「はい?」

「だから私はノイエとアルグちゃんの傍に居れればそれで十分なの。たまに家族の様子を見れれば満足ね。後は要らないの。煩わしいから」

「……」


 ホリーの説得は無理そうだ。ならばリグならば。


「ボクも似た感じかな? お義父さんは元気に医者をしているし、ナーファも頑張っている。たまに顔を出して成長を促せれば十分」

「ってどうしてよ? どうして2人ともそんなに諦めているの?」

「「……」」


 2人は顔を見合わせ、ホリーが僕を見る。


「実はアルグちゃんに1つだけ言っていない……誤魔化していることがあるのよ」

「誤魔化している?」

「ええ」


 苦笑しながらホリーはリグを指さす。


「私たちってノイエの魔眼に入ってから、ずっと老化が止まっているの」

「えっ?」

「だから普通なら私たちは……まあそれなりの年齢なんだけど、ずっと魔眼に入った日のままなのよ」


 そう言えばそんな気もする。

 実例とすれば、アイルローゼの弟子であるフレアさんの方が老けて……げふげふ。経験を重ねて艶やかになっているしね。


「それってつまり?」

「ええ。そして私が右目で見た自分の体はあの日のままだった。確実に歳を取っていない。こればかりは刻印の魔女を問い詰めないと分からないけれど……私たちの時間はずっと止まったままなのよ」


 確かにみんな若いなって思っていた。

 ファシーなんて少女と呼んでもおかしくないし、リグだってこんなにピチピチだ。


「だからって……えっ?」

「ほら混乱したでしょう?」


 クスクスと笑いホリーは空を見上げる。

 茜色だった空には黄金色の星が1つ2つと姿を現していた。


「何より私が常時外に居るとアルグちゃんを独占しちゃうしね。ノイエの中に居た方が良いのよ。唯一の心残りはアルグちゃんとの子供が産めないことかな……それぐらい」

「お姉ちゃん?」

「あ~。もうこれ以上我が儘言わないの。私たちは死んだ存在なんだから、これからも今の状況を維持して行けばいいのよ」


 ホリーは空を見て、リグは砂の地面を見ている。

 どうしてそんなあっさりと? 処刑されたからって、もう生きることを諦めているの?


「ふざけるな!」

「アルグちゃん?」


 ホリーが驚いた表情でこっちを見るが気にしない。


「ふざけるな! 何でそんなに達観してるんだよ!」

「達観って……私たちはもう生きてないのよ」

「だったら生き返す。生き返らせる。簡単なことだ」


 ほら解決だ。


「アルグちゃん? リグの説明聞く?」

「聞かない。聞く必要もない。だってどんなに説明されても僕は認めないから」


 だったら何を言われても意味がない。


「そんな訳でロボ」

「あっはいな?」


 焚火に巻きを足してワニっぽい物を奇麗に調理していたロボがこっちを見た。


「ウチの馬鹿な姉たちを生き返らせたいんだ。方法を述べろ」

「述べろって兄さん?」

「あん? 出来ないとか言う気か? お前の大切なお嬢様の乳を晒すぞコラ~!」


 サッとリグが両手で自分の胸をガードした。


「言いませんて。と言うかたぶんお嬢様も姉さんたちも生きてますから」


 右から左へ……ちょっと待て。今なんて言った?


「……はい?」

「だから生きてますって。その証拠にお嬢様も姉さんも今動いてますやん。そっちの姉さんはこう説明が難しい状態ですけど、お嬢様は間違いなく生きてますし」


 説明を求む。出来たら詳しい説明を求む。今の僕は他人の意見を聞く気があります。リグの説明を聞く気が無いとか言ってた過去なんてもう忘れた。僕は過去を振り返らない男だ。


「どういうこと?」

「だからお嬢様の肉体はずっと寝てる状態なんですわ。厳密に言うと冬眠……と言うよりも冷凍保存状態です。分かります?」

「分かります」


 おう分かるとも。って何故にそんな驚愕するのロボよ?


「何で? これは異世界言う場所から来た創造主様の知識で」

「あっ僕、同じ場所の出身なんで」

「……」


 何故かプルプルとロボが震えだした。


「はよ言うてな!」


 怒鳴られた。




~あとがき~


 ポジティブラーなアルグスタを前にするとどうも口に言えないけれど、ホリーたちは自分たちが普通では無いことを理解しています。

 そしてこんな状態で生きているだなんて露にも思っていません。普通液体になっても復活するとかあり得ないしね。だから自分たちの死を認めています。


 本当はどこかで語ろうと思っていたのですが、重いし暗いしで……伸ばし伸ばしにしてたら忘れてました。どこかで尻を拭きたいと思います。


 ただ諦めの悪い主人公は…って、生きてるの?




(C) 2021 甲斐八雲

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