セーフなのか?

 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



「あはは~。愉快愉快愉快だわ~」


 声を上げて小柄なメイドが笑いだした。


 酒の肴を失ったオーガは何とはなしに視線を向ける。

 寝っ転がったままの存在はただ笑っていた。精神的に色々と危ない人間なのは理解しているのでそのままにしておく。今は暖かな肉の方が重要だ。


 近くに居たワニのような生き物を捕まえ丸焼きにしてみた。

 鶏肉のような味で悪くない。ただ淡白すぎるから調味料が欲しくなるが。


「どうかしたのか?」


 余りにも笑い続けるので一応声をかけてみる。

 心底楽しそうに笑っていた声が止んだ。


「ん~。ちょっと気分が良くなったのよ」

「そうか」


 茜色に染まり出した空を見ていて笑いだしたのは怖いが、それほど気分が良くなったのだろう。


「腹は減ってないのか?」

「大丈夫よ」

「そうか」


 なら残す必要は無いとばかりにオーガは肉を口に運んだ。


「……」


 ちょっとばかり自分の発言に後悔しつつも、少女はまた空を見つめる。

 厳密に言えば、左目で向こうの様子を伺っているのだ。


 何にしても本当にあの精神異常者は凄い。良くぞここまで気付けるものだ。

 特に右目の真実に気づいたのは凄い。だったらご褒美は必要だろう。


 そっと右手を空に向け、パチッと指を鳴らす。

 封印を解いた。彼女の記憶に課した封印をだ。


《前回は予備知識もなく真実を見た。そのせいで混乱したのでしょうけど……今回思い出したらどうなるのかしらね》


 クスクスと笑い少女は両手を空に伸ばした。


「やっぱりお腹が空いた~」

「今更か?」

「ご~は~ん~」


 ジタバタと腕を振る少女にオーガは深いため息を吐く。

 やれやれと頭を掻いて立ち上がると、軽く肩を回して……適当にワニっぽいものを求めて歩き出した。




「右目に本体が居るの?」

「ええ。そのはずよ」

「……どうしたらそんな理論が?」

「簡単なことよ」


 どの辺がどう簡単なんですか? お姉ちゃん?


「私たちは体ごと魔眼に取り込まれた。そしてノイエの左目で目を覚ました。ここまでは分かるわね?」

「は~い」


 先生に返事をする児童のような模範的な発声をした。


「それじゃあ一緒に飲み込まれた肉体は?」

「分かりません」

「そうね。でも魔眼から外に出した様子は感じられない」

「どうして?」


 素直な疑問だ。どうしてその可能性を排除できるのでしょうか?


「ノイエが見逃すと?」

「ですね」


 ノイエが姉たちの死体を見つけようものなら混乱からの大暴走だろう。

 あのノイエが耐えられるわけがない。絶対に耐えられない。


「ノイエが静かだったということはあの子は死体を見ていない。見えないように処理した可能性もあるけれど……まあ無理でしょうね」

「ですね」


 理解できた。

 隠れてコソコソと全員分は難しい。何よりあの悪魔は勤勉なのだか面倒臭がりなのか謎な部分がいっぱいだ。それを理解しているお姉ちゃんは、だからノイエの右目にって……突然横に居たお姉ちゃんが全身を震わせ苦しみだした。


「かはっ! 頭が……くぅ」

「お姉ちゃん!」


 慌てて僕はホリーを抱きしめる。

 リグも反応してホリーの様子を確認しだした。


「創造主様の魔法です」


 僕らの様子を伺っていたロボが話し出す。ってあの悪魔か!


「何かしらの封印を解いたみたいです」

「封印って?」

「分かりません」


 分かれ!


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 相手の体を揺すぶっていると、苦しんでいたホリーがスッと脱力した。

 慌ててリグの顔を見ると、彼女は冷静な表情で手を伸ばした。キュッとホリーの鼻を抓む。


「……気絶した振りをしない」

「かはっ」


 口と瞼を開いてホリーが生き返った。


「もう。こんな時は王子様のキスで目覚めるものでしょう?」

「彼は元だよ」

「でも私たちの王子様よ」


『よっ』と声を発してホリーが体を起こした。


「大丈夫?」

「ええ。ちょっと嫌なことを思い出しただけ」


 本当に嫌そうな顔をするホリーが、僕に向けて両手を伸ばしてくる。

『抱きしめて』と露骨な請求に……心配させた罪滅ぼしを求めたいと思います。


「お姉ちゃんのお胸が硬いから嫌です」

「もう! 本当の私だったらアルグちゃんの顔を挟んであげられるのよ?」


 ノイエのサイズでも十分に挟んでくれます。


「ボクなら埋められるけど?」

「あん?」


 怒らない怒らない。


 手を貸してホリーの胸から鎧を外す。簡単な金具で止められているのであっさりと外れた。これが難しいとノイエが引き千切ってしまう。


「はい。アルグちゃん」


 もう一回と両手を広げる彼女をギュッと抱きしめる。


「キスはしてくれないの?」

「もう起きてるじゃん」

「良いから」


 軽くキスしようとしたらホリーに頭を掴まれて、全力でキスされた。

 押し倒されてこれでもかと貪って来る。途中で怒ったリグが必死にホリーを引き剥がしてくれた。


「はぁはぁ……じゅるりっ」


 肉食獣と化したホリーさんが世の男性に見せられない表情を作っている。

 夫である僕ですら若干引いてしまう酷い顔だ。


「ホリー。酷い顔」

「はっ!」


 リグの指摘で彼女が我に返った。


「で、何があったの?」


 僕の足の間に戻って来たリグが、ホリーに質問しながらちょこんと座る。

 手を掴んで自分の前に運ぼうとするので、自ら進んでリグを優しく抱きしめた。


「言ったでしょう? 嫌なことを思い出したの」

「それを聞いている」

「何で突っかかるのよ?」

「医者のサガかな。症状を聞かないと気が済まない」


 普段はゴロゴロ寝ているだけっぽい印象だが、リグは根っこから医者である。

 良く出来た妹を見ている気がしてきて思わず頭を撫でてしまった。


「なに?」

「何となく」

「……うん」


 若干僕に寄りかかりリグが甘えて来た。


「で、何を思い出したの?」

「……鎮魂祭の準備で私は右目に連れて行かれた。その時に右目の中を見たのよ」


 衝撃発言だ。と言うか右目ってブラックボックスだ。

 あの悪魔の住まいであると言うこと以外謎である。


「何を見たの?」

「……ビン詰めにされた自分の姿よ」

「「……」」


 苦々しい感じでホリーが顔を背ける。


「他の面々も居たわ。それを突然見せられて……で、その記憶が今まで消えていたの」

「それを思い出したの?」

「ええ。どうやらその記憶を封印されていたみたいね」


 犯人はあの悪魔だろう。で、ビン詰めにされたホリーとはどういうことだ? 教えてロボな人!

 全員の気持ちが一致して、バッとロボに顔を向ける。


「兄さん姉さんお嬢様。自分何でも知ってるとは限りませんて」

「根性で絞り出せ」

「殺生な~」


 嘆くなロボよ。これは大切なことだ。


「可能性だけですと、創造主様がビンで姉さんたちの肉体を封印してると違います?」

「まんまだな」

「無理言わんでください」

「頑張れ」

「泣けてくるわ~」


 肩を落としてロボは頑張って頭を捻る。


「たぶんですが、魔眼がフラスコ言うてましたやん。それから逃れるためにビンの中に封印してると違います?」

「何で?」

「ホムンクルスを入れるフラスコの中は特殊な魔力を満たしているんですわ。その魔力は人体に有害なんです」


 とても身に覚えのある言葉を聞きました。


「ちょっと待て」

「はいな?」

「有害ってどれぐらい?」


 そこ重要よ?

 だって僕は一度ノイエの魔眼の中にインしている。つまりその魔力を浴びているのだ!


「今と昔が同じとは限りませんが……特別に調整された濃度の濃い魔力がメインになっていると思うので、長期間滞在していると魔力焼けして全身が大変なことになります。はっきり言えばボロボロのドロドロです」

「……短期間なら?」

「1日2日ならたぶん問題ありません。それ以上だと解けて体が魔力に変化するかもしれませんね。実験したことないんで分かりませんが」


 セーフか? 僕はセーフなのか?




~あとがき~


 離れた場所でアルグスタたちの会話を盗み聞きする魔女は笑います。

 だって自分の想像以上の人材がこんなにも揃っているのですから…だからご褒美です。


 ご褒美として封ぜられていた記憶を取り戻したホリーは嫌なことを思い出します。

 ビン詰めにされた自分たちの肉体…つまり保管されている本来の体を見た記憶をです。


 セシリーンが長期に外に出れた理由がこれで分かるでしょ?




(C) 2021 甲斐八雲

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