全力ダッシュからのうっかり手が!

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「馬子にも衣装と言うけれど……ここまでダメなのもレアケースよね」


 皆まで言うな馬鹿賢者。これが僕の精いっぱいだ。


 上質な革鎧と腕と脛当て。黒いマントに腰にはエウリンカの魔剣。

 前回と何が違うかと言えば何も変わらんよ!


「使い回しよね」

「言うなって」


 ポーラの姿をした悪魔の言葉に反論が出来ない。悲しいことに事実だ。


「それで馬鹿賢者?」

「何よ」

「一緒に行くのは良いが、途中で寄り道するぞ?」

「分かってるわよ。滅んだ王国に寄るんでしょ?あの胸がバルーンの子の故郷だっけ?」


 バルーンは言い過ぎだ。せめてスイカにしてやれ。

 言い過ぎると要らぬ恨みを買ってリグが大変なことになる。


「安心なさい。面白そうだから私も一緒に行ってあげる」


 ポーラの姿をした悪魔が、ほんのり膨らんでいる胸を叩いて見せた。


「……本音は?」


 だが僕は信じない。コイツは基本悪魔だ。


「決まっているでしょう?」


 何故か馬鹿がポーズを決めた。


「黒歴史とは隠ぺいするためにあるのよ!」

「本音はそれか!」


 スチャッとハリセンを取り出すと、何故か悪魔もゴム紐を構えた。

 じりじりと互いの間合いを詰めていると、真ん中に奇麗な存在が姿を現す。


 ノイエ遠征バージョンだ。


 いつものプラチナの鎧に純白のマントを羽織っている。長い髪をリボンで結び、ポニーテールにしているのは僕の趣味ですが何か?

 そんなノイエが僕らの間に立ち……何故かアホ毛がフワフワと何かを狙っている。


「どっち?」

「これは遊びじゃない」

「むう」


 悲しそうな声を出してノイエのアホ毛がしょんぼりした。


 仕方なく軽くハリセンで叩いてあげると、アホ毛が元気にフリフリと揺れる。

 ノイエさん。貴女って人は……。


「姉さま」

「はい」

「この先を咥えて」

「はい」


 何故か板状のゴムを取り出した悪魔が、その端をノイエに咥えさせようとしていた。

 サッとその先を奪い取り悪魔の口に押し込む。


「全力ダッシュからのうっかり手が!」

「むごっ!」


 顔面にゴムの一撃を食らった馬鹿が地に伏す。

 こうして僕の手によって悪魔が1人滅び去ったのであった。


「アルグ様」

「はい?」

「ん」


 何故かゴムを持ったノイエが僕の前に来る。

 遊んでと言わんばかりにボールを口にした犬のようだ。


「するの?」

「する」

「……どうぞ」


 ノイエに端を咥えさせてからゆっくりと距離を取る。

 十分に伸びたゴムを離すとノイエの顔にビシッと当たって……で、耐えた。


「大丈夫?」

「もう一回」

「おい」

「もう一回」

「……」

「もう一回」

「分かりました」


 変な所でノイエの頑固っぷりが炸裂した。

 こうして僕は10回以上もノイエにゴムパッチンをする羽目になったのです。




 王都王城内・中庭



「本当にお前らは……自由人だな」

「気にするな」


 馬鹿兄貴が額に手をして心底呆れた様子を見せる。

 当初の予定をだいぶ押して僕らは城の中庭へと来た。


 まずはノイエの魔力を使い元フグラルブ王国だった場所に飛ぶ。リグの故郷だ。

 廃墟となった場所だけれど、リグに故郷を見せてあげたい。ついでに未発見の何かがあったら儲けものだ。誰かの黒歴史など知るか。


「ならノイエ」

「はい」


 芝生に置かれた魔道具の上にノイエと並んで立つ。

 そっと手を繋いで、後はノイエの魔力充填待ちだ。


 待機時間が暇なのかノイエのアホ毛が2個の宝玉をお手玉している。

 器用を通り越して別の生き物だ。絶対あのアホ毛は意思を持った生命体なのだと思う。


「お~い馬鹿」

「何だ馬鹿?」


 頭を掻く馬鹿兄貴が苦笑いを浮かべた。


「まあ後始末が面倒臭いから死ぬな。以上だ」

「ほいよ」


 軽く手を振り僕らは魔道具から立ち上がる光を見る。準備OKだ。


 光越しには馬鹿兄貴とその背後に立つのはフレアさんだ。陛下は忙しいので来ていない。と言うか僕らが時間を押したせいで来れなくなったのは秘密だ。それに少し離れた場所には叔母様が居て……そして正面では頭にリスを乗せたポーラが笑顔で手を振っていた。っておい!


「ポッ」


 光に飲まれて僕らはその場から飛んだ。




「何かアルグのヤツ最後に酷く慌ててたな?」

「……彼女が原因かと」

「彼女?」


 背後から聞こえて来た声にハーフレンは視線を巡らせる。

 フリフリと可愛らしく手を振っていたのは、今飛んで行った馬鹿な弟夫婦の義妹だ。猫ほどの大きさのリスを頭の上に乗せている。


「……何で居る?」


 全員の視線が知らずに小柄な少女に向けられる。

 ピチッとメイド服を着こなした少女は、皆の視線を全身に受けながら芝生の上に置かれている魔道具の再整備を始めた。

 術式の魔女と呼ばれる天才に作らせた使い捨てのプレートを入れ替えるのだ。


「何をしているんだ? あれは?」

「再整備だと思いますが」


 王弟付きの二代目メイド長は最近また王城に来るようになった。

 半年ほど王弟屋敷にて“特別教育”を受けていた彼女は、前に比べ笑顔が柔らかくなったと評判だ。ただし主人である彼の前だと前と変わらず冷たいままだが。


「それは分かっている。何故あれが再調整っ」


 気配を感じハーフレンとフレアはほぼ同時に振り返った。


 ノシノシと歩いてくる人物に自然と視線が上を向く。

 やって来るのは巨躯の女性だ。この国でも有名な存在だ。


「何故あれが居る?」


 何も聞かされていなかったハーフレンは自然と腰に手を伸ばす。お守り代わりに佩いている剣に手を伸ばしたが、こんな玩具では相手の皮膚すら貫けない。

 チラリと視線を護衛も兼ねているメイドに向ける。


 彼女の場合は常に武器を携帯している。

 メイド服が武器である彼女ならあの化け物と互角に戦えるはずだ。


 だが巨躯の存在……トリスシアは大きな口を開いて欠伸をする。

 くわわ~と気の抜けた声までおまけ付きでだ。


「準備は出来たか? チビ」

「お待たせしました」


 食人鬼オーガと呼ばれる存在の声は魔道具の上で動く少女に注がれた。

 ノシノシと歩きそれに近づいたオーガは、ひょいと片腕で小柄なメイドを拾い上げる。何故か少女は右目を閉じて薄っすらと笑っていた。


「なら行くか?」

「はい」

「ちょっと待て」

「あん?」


 行く気満々のトリスシアは、会話に挟まれた声に不快の表情を浮かべる。


「何か用か? 王子様よ」

「当り前だろう? 勝手に来て何をしている?」

「あん?」


 迫って来る巨躯の王子にトリスシアは一歩も引かない。互いに胸を押し付け合い睨み合う。


「国境を越えた報告もない。何より自治領から申請もない。それなのに何故居る?」

「……それはあの馬鹿王子に呼ばれたからだな」


 面倒臭そうに懐を漁り、トリスシアは1枚の紙を取り出した。よれよれのクシャクシャになった物を確認し、それハーフレンに投げて渡す。

 咄嗟に腕を振るって掴み取った物をハーフレンは確認した。

 知らない間に今飛んでいった弟が勝手に呼び出していたのだ。


「これは陛下の許可が無い。だから」

「知らないよ。アタシはキシャーラの部下であって国王様の部下じゃない。文句があるならキシャーラとあの馬鹿王子に言いな」


 口の端を吊り上げトリスシアはそう明言する。


「なら確認が終わるまで、」

「ふんっ」


 掛け声はトリスシアが発した物だった。

 眼前に生じた金棒を見つめ……ハーフレンは内心で苦笑する。


 今の今まで目の前の化け物は武器を携帯していなかった。

 それなのに腕を振るったら湧いて出たのだ。


「便利だなこれ」

「喜んでもらえて光栄です」

「はんっ……あの馬鹿者たちの妹とは思えないほどに優秀だな」

「嬉しいです」


 小柄なメイドと巨躯の化け物はハーフレンを無視して会話する。

 だが相手の発する気配からハーフレンは動けない。何かあれば金棒の先が自分の頭を砕くことが容易に想像できたからだ。


「まあ気にするな王子様」

「……何がだ?」


 視線を向けると化け物の肩に座る少女がボロボロの布を広げていた。

 マントと言うかローブの代わりにするように太いオーガの首に巻きつけその身を隠そうとする。


「ちょっと帝都に行って暴れて来るだけだ。この国の邪魔はしないよ」

「……それを信じろと?」

「ああ」


 好戦的に牙を剥く。


「アタシの親の敵討ちだ。だから邪魔はしない。代わりに邪魔をするな」

「……分かった」


 軽く両手を上げてハーフレンは相手から離れる。

 ニヤリと笑うオーガの姿が足元から消えだし、虚空に座るように少女の姿だけが残った。


 そして光がまた発生して……魔道具の上には誰も居なくなった。




~あとがき~


 遠出する前って無駄にテンション上がりますよね?

 遠足感覚で帝都に向かうコイツ等って…。


 もちろんオーガさんも行きますよ。

 そのために刻印さんは一度お見送りすると言う高等テクニックを披露したのですからw




(C) 2021 甲斐八雲

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