私のどこに顔を押し付けているの?

「んっふ! ふっかつ!」


 何故か両手を突き上げ彼女は立ち上がった。

 まだ両膝はガクガクと生まれたての小鹿のように震えているが、それでも彼女は立ち上がった。


「おはようレニーラ」

「んっ! ん……大丈夫!」


 一瞬心臓を止めかけた舞姫がこらえた。

 ちょっと気を抜くと死んでしまいそうだ。


「大丈夫! ノイエは優しい子。優しい子!」

「あは~。ノイエは~優しいん~だぞ~」

「だよね! そうだよね!」


 フワフワと移動するシュシュにレニーラは激しく同意する。


 可愛い妹は優しいんだ。優しいからもう許してくれているはずだ。


「セシリーン!」

「何かしら?」

「ノイエはまだ怒ってるの?」


 自分にいくら言いきかせてもやっぱり怖いレニーラは、魔眼の中枢に腰かけている歌姫に声をかける。

 彼女の太ももを枕にしているリグが煩そうに一瞬顔を顰めたが、また目を閉じて眠りにつく。


「怒ってないわよ」


 優しくリグの頭を撫でてセシリーンは答える。


「本当に?」

「ええ。そもそもあの子が怒ったとしても三歩進めば忘れるわよ」

「だよね! そうだよね!」

「ええ。彼に直接危害を加えて殺そうとしない限りは」

「うはっ……何か心臓が物凄く痛かった!」


 激痛の原因は、一瞬硬直し止まりかけたからだ。


 自分の左胸を鷲掴みにしてぐにぐにと揉む。これ以上止まらないでと願いながら。


「で、どうなったの? ねえ?」


 視線をノイエの視界に向けたレニーラはそれを見た。


 真っ暗な世界だった。




 ??・??



「一回落ち着こうか僕」

「はい」


 近くにノイエが居るからまだ耐えれる。これが世間的に言う転送事故か?

 転移したら世界が真っ暗だ。それも問題だが、何故ポーラの姿をした悪魔は笑顔で僕らを見送ったのだ? これを察していたのか? だったら引き止めろよ!


「ノイエ」

「ん」

「ここが何処か分かる?」

「……大丈夫」


 ノイエの大丈夫は大丈夫じゃない証拠だ。


「良し。一回落ち着こう」

「はい」


 何度目か分からない声を発して僕は息を吸う。


 良く分からないが真っ暗だ。転移をしたら真っ暗だ。

 恐る恐る手を伸ばすと何か硬い物を掴んだ。これは何だ?


「アルグ様」

「はい?」

「する?」

「しません」

「むぅ」


 どうやら何か間違ってノイエのスイッチ的物を掴んで押してしまったらしい。


 手を離してもう一度辺りを手探りで探る。掌が壁らしい物に触れた。感触としては土かな? ヒンヤリとしてザラザラしている。それをなぞりながら体を回して行くと……どうやら円筒の土壁の中に僕らは居る。直径は2mくらいかな?


「どうやら閉じ込められた感じかな?」

「はい」


 ノイエの安定したとりあえずの返事を聞きながら……これは困った。正直照明が無い。


「のほっ! なんで真っ暗?」

「ポーラ?」


 頭上からポーラの声が響いて来た。

 顔を上げると……真っ暗で何も見えません。


「何で真っ暗なのよ? もう」


 パチッと音がしたら明かりが灯った。


 やはり円筒形状の土壁の中に居た。

 で、どうしてポーラは座った感じで宙に浮いてるの?


 僕とノイエは明かりを見つめるように頭上に居るポーラを見る。


「上に蓋があるみたいね。やっちゃって」


 何が?


 ポーラの声に反応してパラパラと土が上から降って来る。

 止めてください。汚れます。


「あっ」


 ん?


 またポーラの声が響いたら、彼女は滑るような感じで宙を移動し落ちて来る。

 白い肌に白い食い込みが……むぎゅ!


「いやん兄様。こんな場所で私のどこに顔を押し付けているの?」


 若干お肉が薄い人肌の桃が僕の顔を椅子にした。


「ダメ」


 ノイエが手を伸ばし、僕の顔からポーラの姿をした悪魔を回収した。


「大丈夫?」

「……首がグリッと鳴った」

「はい」


 心配してくれるノイエには首の痛みだけを伝える。

 ポーラの感触は……僕の胸の内にしまっておこう。


「で、この馬鹿。何で遊んだ?」

「ん~? ちょっと旅立つ人を見送って見たかったの。中々のジョークだったでしょう?」

「笑えないけどね」


 そんなギャグであんなことをしたのか?


 何よりずっと土が頭上から降って来るんだけど大丈夫? 仮に崩れたら僕ら全員生き埋めだよ?


「ちょっとこの土は邪魔ね」


 パチッとノイエの脇に抱えられている悪魔が指を鳴らした。すると土が止まった。


「で、ここは何処よ?」

「知らん」


 僕の返事にポーラの目が冷たい視線を寄こす。


「……貴方の部下に魔道具を運ばせたんでしょう?」

「運ばせたよ。だが知らん」


 そうだ。きっとミシュが手抜きをしたから僕らがこんな場所に?

 あの売れ残りめ~! 今度会ったら絶対に酷い目に遭わせる!


「感じとしたら枯れ井戸かしら?」

「そうなの?」

「そう思わないとやってられないわよ」


 ノイエに抱えられているポーラが呆れて頭上を見上げる。

 僕もつられて視線を向けると、パラパラと落ちて来る土が半円状の何かに阻まれ僕らを避けて落ちていく。バリアー的な何かか?


「で、どうするの?」

「あん? しばらく待ってれば?」


 待ってれば解決するの? 出来たらその理由を知りたいのですが?




「何で旦那君たちが囚われているの?」


 何故かシュシュと一緒にレニーラが踊り出す。

 突然すぎる状況に理解できずに踊っているのだろう。


「リグの故郷に魔道具を使って転移したのよ」

「それで?」

「こうなったみたい」

「納得!」


 納得したらしいレニーラはまた踊る。

 決して踊っているわけではないシュシュは、ただフワフワを継続する。


「えっとどうすれば良いの? グローディアを引きずって来る?」

「止めてあげて。お尻が削れるのは結構辛いみたいよ」


 今にも駆けだしそうなレニーラにセシリーンはそのことを告げる。

 事実座ることが出来なくなるので、グローディアはしばらく悲鳴を発して苦しみ続ける。あの声を聴く限り流石に可哀想だ。


「まあノイエたちなら……あら?」


 珍しい音がセシリーンの耳に届いた。


 徘徊を続けている彼女がこっちに向かい歩いて来ている。

 特に用事は無いはずだが、ただ真っすぐここに向かい歩いているのは珍しい。


「誰か来るの?」


 歌姫の様子にレニーラたちが、中枢の出入り口に向けて身構える。

 深部から誰か暴れたい者が来たのかと思っての行動だ。


「たぶん大丈夫よ。エウリンカだから」

「あは~。なら~たぶん~大丈夫~だね~」

「そうね」


 エウリンカは奇行が目立つが暴れることを望まない。面倒臭いと毛嫌いする。

 ただセシリーンの耳はやって来るエウリンカの音に眉を顰める。どうも釈然としない。音がおかしいのだ。


「ん~。やっぱり少し警戒して」

「何で~?」


 フワフワとしたシュシュが問う。


「どうも音が変なの」

「また~変な~魔剣でも~作ったんじゃ~ないの~?」

「そうかしら?」


 その可能性も否定はできない。けれど言いようの無い不安を覚える。

 何と言うかあまり聞きたくない音が混ざっている気がするのだ。


「……誰か」


 ぬっとエウリンカが姿を現した。


「……」

「……」


 その様子に、レニーラとシュシュは動きを止めた。


 あり得ない。と言うか意味が分からない。何をどうしたらそうなるのかが謎だ。


「エウリンカ……だよね?」

「ああ」


 青を通り越して白くなっている顔色が全てを物語っていた。


 エウリンカが歩く度に彼女の体が、着ている服が赤黒く染まる。原因は彼女の全身に纏わりついている存在だ。

 もう恐怖だ。本当に意味が分からない。


「えっと……」

「アイルローゼ……だぞ~?」


 レニーラとシュシュはようやくそれを知覚した。


 エウリンカが巻き付けている人の部品などを総合すると、どうやら術式の魔女になるらしい。その証拠に長い赤い髪がエウリンカの首に巻きついていた。


「「……」」


 さっと2人は互いに抱き合い……ガタガタと震えだす。そして、


「「いやぁ~!」」


 全力の悲鳴が木霊するのだった。




~あとがき~


 復活のレニーラは…現状の把握が出来ませんる

 だってノイエの視界が真っ暗だから!


 どうやら囚われてしまったらしいアルグスタたちは…慌てない奴らだな?

 何をどうしたらここまで落ち着いていられるの?


 で、ホラーを背負ってエウリンカが中枢に来ましたw




(C) 2021 甲斐八雲

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