思いっきり一発殴っておいてくれ

 ユニバンス王国内・上空



「ししょう? このままでいいんですか?」


『真っすぐそっちに!』


「わかりました」

 

 師である魔女から任務を託された少女は、王都から出発してひたすら飛ぶ。

 途中で魔力が尽きそうになるが、それでも必死に飛び続けた。

 強行軍が功をなし、翌朝には目的の場所にたどり着いたのだ。


 ただもう限界だ。


 ヘロヘロと疲労から不安定な飛行となり、高度を失い墜落するような動きで地面へと突き進む小柄なメイドを、岩の上で寝ていたそれが見つけ……何度か頭を掻いてから立ち上がり助走をつけてジャンプする。

 腕に引っ掛ける要領で墜落中の少女を捕まえたのは、巨大と言う言葉が似合う女性だ。


「何であの夫婦の所のチビが居るんだ?」


 無事に着地を決めて巨躯の女……食人鬼オーガのトリスシアは腕の中の存在を確認する。


 全体的に白くて鼻の奥をくすぐる良い匂いがする。

 分かる。今腕に居る存在は極上なまでに甘くて美味しいということは理解している。が、胸の奥から突き上がって来る本能を彼女は押さえつけた。


「起きろチビ。食ってしまうぞ?」

「ふぇ?」


 気絶でもしていたのか、腕の中に居る存在が寝ぼけた声を上げた。


「おーがさん?」

「そうだ」

「よかった」


 薄っすらと笑いまた気絶した少女に……トリスシアは深くため息を吐いた。

 どうやら休ませないとダメらしい。


 仕方がないのでそのまま腕に抱いて歩き出す。

 あの時の人の子と比べればまだまだ成長は足らないが、それでも同じ色をしていた。


「全く……嫌になるね。本当に」


 腕の中の存在を無視できず、トリスシアは喧嘩中の領主が住む屋敷へと向かい歩き出した。




 ユニバンス王国・北西部新領地(旧アルーツ王国領)



 早朝の鍛錬をしていたキシャーラの元に、家出娘が帰って来た。

 ただ手にした土産は中々に笑えない者であったが。


 その土産……ユニバンス王国にて最も有名な上級貴族の妹君に対し、キシャーラは急いでベッドの準備をメイドたちに命じた。

 魔力を切らし墜落する形でここに来たということは、余程急ぎの要件なのだと理解していた。が、それでもぐっすりと眠る少女を無理に起こしたくは無かった。


 昼となりようやく起きた少女は、キシャーラに対し面会を求めた。

 その申し出をキシャーラは受けたのだ。


「アルグスタ殿からこれを?」

「はい」


 エプロンの裏側から取り出された物は1枚の紙であった。

 内容は召喚状。そして対象の人物は勝手に牛を丸焼きにしてつまみ食いしていた馬鹿娘だった。


「トリスシアを王都にですか?」

「違います」


 クスリと笑う少女は何故か両眼を閉じていた。

 緊張からそのような行動を取っているのかと判断し、キシャーラは深く追求しない。

 何より今は優先するべきことがあるからだ。


「では何処に?」


 王都で無い場所にトリスシアを呼ぶ理由が分からない。

 何でも少女の兄であるアルグスタは帝国の帝都に出向くらしい。あの腰抜けの兄が死んだからだとキシャーラは知ったが、特に何も思わなかった。


 座る場所を間違えた人物……それが兄だった。そして自分はそんな椅子を面倒臭がって蹴り飛ばした馬鹿者だと理解していた。だからこそ感情が特に動かない。

 元々帝国の皇帝と言う地位をキシャーラは求めていなかった。


 質問をし考えに耽るキシャーラに対し、少女は柔らかく笑う。


「彼女の無念を晴らせる場所に」

「無念と?」

「はい」


 クスリと笑みをこぼし少女……ポーラは口角を上げる。


「帝国帝都にございます」

「……そうか」


 苦笑しキシャーラは自分の膝をパンと叩いた。


「ならばあの馬鹿娘を連れて行くが良い」

「宜しいのですか?」

「構わん」


 むしろ『そうしてくれるのならば』とキシャーラは思う。


 ヤージュを失ってからと言うもの、あの馬鹿娘は大人しくなった。

 時折悪さもするが前に比べれば些細な物だ。何故そんなにも大人しくなったのかと思えば……理由は簡単だ。自分を叱る者が居ないのだ。


 だからつまらない。だから張り合いがない。


 胸にポッカリと穴の開いた彼女には、その穴を埋めるほどの何かが必要だった。

 その何かをあの問題児が準備してくれるのだと言う。願ったり叶ったりだ。


「出発は?」

「準備ができ次第」

「出来てるよ!」


 キシャーラの私室の扉を破壊する勢いでトリスシアが足蹴りしてみせた。

 どうにか破壊は免れたが、修理が必要に見える扉に……キシャーラは深いため息を吐く。


「トリスシア」

「男が細かいことで騒ぐんじゃないよ。それよりもチビ」

「はい」


 ズカズカと迫って来たトリスシアは足元に居る小さな存在に対し、しゃがんで相手の顔を見る。


「本当にアタシが帝都に行けるんだね?」

「はい」

「上出来だ」


 だったら準備など要らない。

 自分の体と武器になる金棒があれば十分だ。


「今すぐ行けるよ」

「そうですか」


 クスクスと笑う少女にトリスシアは言いようの無い不安を感じる。

 本能だ。本能が目の前の存在に恐れを感じるのだ。


「お前は何者だ?」

「名乗り遅れました」


 軽く一礼をしメイド服を着た令嬢が改める。


「私はポーラ・フォン・ドラグナイト。ノイエ様の義理の妹にあたる者です」

「……そうか」


 納得は出来ないがトリスシアは理解することとした。

 どんなに恐ろしい存在でも自分を帝都に連れて行ってくれるのならば構わない。


「ただしトリスシア様に申し上げます」

「何だ?」


 少女は口角を上げてニヤリと笑う。


「今回の帝都には10万を超す敵が待ち構えています。対するこちらはアルグスタ兄様とノイエ姉さま。伝令役が1人と私だけです。それに貴女が加わり5人のみとなります」

「ほう」


 楽し気に答えトリスシアは自分の顎を撫でる。


「それで?」

「はい。条件は生き残り敵の首魁の首を取ること……ご参加しますか?」

「はははっ! 良いね。たまらなく良いね」


 全身の筋肉を震わせトリスシアは立ち上がる。

 震えが止まらない。自分の為にここまで楽しめる舞台が準備されているのだ。


「行くに決まっているだろう? せいぜいアタシを楽しませろ」

「そのご依頼はどうか帝都の者にお伝えください」

「そうだな。そうするか」


 カラカラと笑いだしたトリスシアは、むんずと片手でポーラを捕まえると自分の肩に乗せる。

 次いで立て掛けてあった金棒を掴んで……椅子に腰かけている馬鹿な親に目を向けた。


「ちょっとヤージュの愚痴をお前の馬鹿兄貴に伝えて来るよ」

「そうか。ならトリスシア」

「あん?」


 グッと右の拳を握り、キシャーラはそれを突き出した。


「俺から兄への感謝の気持ちだ。思いっきり一発殴っておいてくれ」

「任された!」


 大いに笑いトリスシアはその足で歩き出した。




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様?」

「大丈夫。大丈夫だぞ」

「……」


 心配そうにノイエが背中を撫でてくれる。


 大丈夫だノイエ。今のは僕が悪い。

 朝の生理現象を頼りノイエと一戦したのが悪かった。何故かまたヒリヒリとするのです。やっぱり大ダメージだったよホリー!


 急いで塗り薬を取りに行こうとすると、ノイエが先回りをして回収して来てくれた。

 流石ノイエだ。優しさが主成分なだけはある。


「で、ノイエさん?」

「大丈夫」


 何が? そしてどうして塗り薬を手に取るの?


「塗るから」

「塗らないで~!」

「平気」

「平気くない」

「……動かないで」

「ノイエそれは!」


 あっさりとノイエが僕の上を制する。

 安定のマウントポジションだ。ただし今日はノイエの背中が見える。

 何故なら彼女は僕の足元に体を向けているからだ。


「優しくこう?」

「ぞわぞわって」

「なら少し強く?」

「誰に習った!」

「青い人」


 ホリィ~!

 ダメだ。ダメだよ。ノイエ! そんなにしたら……あっ




~あとがき~


 新領地では熱い感じで良い話を。

 王都では馬鹿が馬鹿話を。


 真面目にやれよ主人公!


 そんな訳でオーガさん乱入確定です




(C) 2021 甲斐八雲

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