私は過去を振り返らない女だから

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



『ししょう』


「何よ?」


『にいさまとなにをはなしたんですか?』


「秘密」


『……』


「その子供っぽい口調が抜けて大人になったら教えてあげる」


『……こどもじゃありません』


「そんな風に反論している時点で十分に子供よ」


 クスクスと笑い、ポーラの姿をした小柄なメイドは廊下を歩く。

 そろそろ仕事を終えたドラゴンスレイヤーが帰って来るはずだ。


「誰かのおかげで私までメイドみたいに振る舞うようになってきてしまったわ」


『ししょうはきようですから』


「そうね。伊達に三大魔女を名乗ってないわよ」


 機嫌を良くして魔女はメイドたちに指示を飛ばす。


 あっという間に仕事の手配をして……部屋の隅で両膝を抱えて蹲るメイドの姿に気づいた。

 ミネルバだ。


 時折思い出した様子でしくしくと泣き、絶望のどん底に沈んだままで浮上して来ない。


「弟子」


『はい』


「あっちの面倒も見ておきなさい」


『……でもせんぱいをああしたのは』


「しなさい」


『わかりました』


 素直な弟子が素直に応じたので魔女は気分を良くする。

 ピリピリと頭の奥に電気が走る。不快に思う程度の痛みだ。


 結界を突き破って誰かが突撃して来た証拠だ。


「あら戻って来たわね」


『はい』


 視線と顔を扉に向けると、音もたてずに閉じられていた扉が開く。

 全体的に白く、何より美人な女性が無表情のまま入って来た。


 この屋敷の奥様にあたるノイエだ。


 彼女は基本ワンピース調の服を好む。何故なら容易に脱いで着られるからだ。

 それ以上の動きを彼女に求めるのは難しいという理由もある。


「お帰りなさいませ。姉さま」

「はい」


 チラリと視線を向けて来るだけでノイエはまずテーブルの上を確認する。食事はまだだ。


「ご飯」

「今準備しています」

「はい」


 コクンと頷いてノイエが頭の位置を正す。


「アルグ様」

「寝室に居ます」

「はい」


 またコクンと頷いて、ノイエは辺りを見渡す。

 だが目的の物が発見できなかったのか……クククと首を傾げ元に戻す。

 おもむろに胸元に手を入れて何かを引き抜いた。


「これ」

「紙ですか?」

「はい」


 返り血が端々に見える紙を受け取る。


 使い捨ての魔道具の一種であり、遠方で書かれた文章が浮かび上がるファックス的な物だ。

 内容は数や種類が書かれている。

 帝国領で手ぐすね引いて待ち構えているあの自称魔女の軍勢の内訳だ。


「姉さま」

「はい」

「まずはお風呂へ」

「はい」


 クルっと引き返しノイエは廊下を進んで行く。

 慌てたメイドたちが追いかけていくのはいつものことだ。


「マイペースの極みね」


『ねえさまですから』


「それは誉め言葉にはならないわよ」


『はい』


 呆れつつも魔女は肩を竦め、手にした紙に目を向ける。


「ん~」


『どうかしたんですか?』


「ちょっとね。色々と足らない気がしたんだけど……隠しているのか見つかっていないのか……まあ数百年も前の記憶だし、たぶん記憶違いね」


『ししょうもわすれるんですか?』


「ええ」


 クスリと笑う魔女は堂々と胸を張る。


「私は過去を振り返らない女だから」


 少しは振り返った方が……とポーラは思ったが口にはしなかった。




「アルグ様」

「お帰りノイエ」

「はい」


 お風呂と夕飯を済ませたのだろうノイエが寝室に来た。

 両手でお盆を持って……たぶん僕の夕飯なんだろうけど、ノイエの口がモグモグと動いているのは気のせいだ。だってノイエなら口に入れた瞬間から消えていく。


「ご飯」

「ありがとう」

「はい」


 僕にお盆を渡してノイエは隣に座ると……何故か僕の足に頭を載せて横になった。


「ノイエさん」

「……なに?」

「どうして口を開くのですか?」


 横になったノイエが僕に向けて口を開く。あ~んと大きく。


「そこにお肉があるから」

「食べたでしょうに?」

「もうあのお肉は無い」

「君のお肉に対する熱意には頭が下がります」


 サイコロステーキを思わせる肉を見るに、調理している人が塊で提供する途中で全部なくなると思ってくれたのかもしれない。見えない配慮に泣けて来た。


 まず僕がお肉を口に運び、咀嚼している間にノイエの口に運ぶ。

 モグモグと愛らしく食べるノイエの姿を見ているとほっこりする。


「ノイエ。あ~ん」

「……アルグ様」

「なに?」


 無表情のノイエが大きく口を開かない。


「野菜は敵」

「食べなさい」

「もういっぱい食べた」

「嘘を言わない」

「嘘じゃない」


 どうもノイエさんは野菜を嫌う傾向が強い。

 仕方なくお肉やパンなどを分け合って全てを食べ終える。野菜以外は。


「美味しいのに」

「それは敵」


 ニンジンに失礼な。甘くて美味しいよ?


 ふと悪だくみが浮かんだ。

 野菜を何個か口に入れてノイエの顔を押さえる。

 食らえ。野菜キス。


「ん~」


 ジタバタとノイエが暴れるが抵抗はない。

 全部を受け入れて……恨めしそうなオーラをノイエが発した。


「アルグ様」

「甘いでしょ?」

「野菜は敵」

「少しは愛してあげて」

「野菜とは仲良くしない」


 野菜はテロリストではありません。


「もう少し食べなさい」

「嫌」


 クルっと寝がえりを打ってノイエが避けた。

 仕方なく野菜を食べてお盆を遠ざける。


「アルグ様」

「なに?」

「今日は頑張った」

「……」


 ああ。紙を見ながら仕事をするのことかな?


「出来た?」

「はい」

「ノイエは流石に凄いな」


 良し良しと頭を撫でてノイエを愛でる。

 本当にウチのお嫁さんは可愛らしくて困ります。


「ノイエ」

「はい」

「どうしたら勝てる?」

「……」


 質問が悪かったかな?


「アルグ様」

「ん?」

「勝てない敵は居ない」

「ならノイエも野菜に」

「あれは例外」


 例外が居るのかよ!


「でも大丈夫」

「その心は?」

「……お姉ちゃんが頑張る」


 丸投げかよ。


「ならお姉ちゃんに頑張ってもらうか」

「はい」


 まずは準備です。


 一度ノイエの枕を卒業し、お盆を片付けてからタオルを手にして戻って来る。

 上半身を起こして僕を見ているノイエの両手を拘束し、暴れられないようにする。タオルで絞めているから痛くないよね? 大丈夫かな?


「痛くない?」

「平気」

「アルグ様」

「はい?」


 拘束を再度確認したら、ノイエがコロンと横になった。


「するの?」

「あ~。また今度ね」

「む~」


 不貞腐れるなノイエよ。多分することにはなる。ただ君とではない。


「そんな訳で、出て来いや! ホリーお姉ちゃん!」

「んっ」


 何故かビクビクと体を震わせ、ノイエの髪が青くなる。


「あは~。アルグちゃん!」


 出て来たホリーが起き上がろうとして自分の腕の拘束に気づく。

 僕だって学ぶのだよ。具体的に言うとレニーラとの行為で嫌でも学んだ。


「どうして……何で拘束しているの?」


 今にも泣きだしそうな声で、ホリーが僕を見つめる。

 声の割には表情が薄っすらと崩れているのは何故だろう?


「アルグちゃんにこんな趣味があるだなんてお姉ちゃん知らなかったわ!」


 しまった! 脱線したか!


「でも大丈夫。お姉ちゃんに不可能は無いから縛られていてもアルグちゃんを満足させてあげることが出来る! レニーラ如きがこの私に勝てると思っている方が間違いなのよ!」


 飛び起きたホリーが僕に突っ込んで来る。

 拘束してある両腕を僕の首に回し……あら不思議? あっさり確保されてしまった。


「大丈夫。今から一時もアルグちゃんから離れることなくたっぷり時間をかけて満足させてあげるから」

「だからまだあっちが不完全なんだよ!」


 ようやく治ったの! そんな相棒を酷使しないで!


「大丈夫よ」

「はい?」


 キラリとホリーが妖艶に笑った。


「お姉ちゃんがすっごく良いことしてあげるから」

「って何するの? 何する気なの? ちょっとホリーさん? あっ……あ~!」




~あとがき~


 本当に好き勝手している人たちだな、この家族はw


 両手を拘束したぐらいでホリーが止まるわけありません。

 そんな物はちょっとしたオプションでしかないのです。


 そんな訳で大相談会の開始です!




(C) 2021 甲斐八雲

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