足掻きなさい。今まで以上に
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
僕は人生初めて牛に感謝した。そして謝罪した。
意味が分からないが感謝した。そして謝罪した。
搾乳って大変な作業だったんだな……感謝した。そして謝罪した。
「んふ……最初の方は濃かったのに……」
ホリーの言葉に耳を傾けるな。
と言うか塗り薬をローション代わりに使うとかこいつは天才か? 天才だ。ある種の天災だ。
癒しながら酷使された。僕のHPとあっちはもう空っぽだよ。
「今日はこれぐらいで勘弁してあげる。可愛いアルグちゃんの表情をいっぱい見れたから」
僕を攻め尽くして搾り尽くしたあの行為は、ホリーからすれば可愛いらしい。
僕は本気で命乞いしてましたよお姉ちゃん?
「遊びもこれぐらいにして少し真面目に話しましょうか?」
今までのあれが全て遊びだったの? お姉ちゃん酷い!
時刻はもう深夜だろう。ノイエが帰宅するのが夕方ぐらいだから、それからザックリ計算するとホリーに捕まったのが21時ぐらいかな?
たぶん6時間くらい搾乳され続けた。恐ろしい技術だ。もう本当にごめんなさい。
「アルグちゃん? そんな美味しそうな状態で居ると私がつまみ食いするわよ?」
「復活!」
人は命の危険を感じると底なしの何かが湧き出て来る。これが火事場の馬鹿力と呼ばれる物か?
今の僕なら全力でホリーから逃げられそうな気がする。
ベッドの上で立ち上がり、周りの惨状に……片付けから始める。ベッドメイクはお姉ちゃんが担当してくれたから、体を拭いて着替えを済ませる。
と言うかお姉ちゃん? 服を着ようか? 全裸のノイエの姿でそんなにノリノリでベッドのシーツを直している姿は僕を誘っている感じにしか見えませんよ?
今の僕は悟っているから食い付きませんが。
「で、アルグちゃん」
「……服を着ろ」
「もう野暮ね」
お話ししましょうと言わんばかりにベッドの上に座った彼女がポンポンと自分の横を叩く。
身の危険しか感じないから丸められて置かれていた寝間着を相手に投げた。
クスクスと笑いながら受け取ったホリーはそれを広げて着る。
ただこればかりは僕が悪い。スケスケのベビードールを着た彼女は破壊力がまた増しただけだ。
頑張れ僕。負けるな僕。レニーラの恐怖再びは嫌だ。
「それでお姉ちゃん」
「なあに?」
機嫌が良さそうにお姉ちゃんがこっちを見る。笑顔だ。
「10万の敵が居るらしいんだけど勝てるかな?」
「それね」
柔らかな笑みを浮かべるホリーが、ゆっくりと口を開く。
「無理ね」
「ですよね~!」
最後の希望が潰えた。
もうダメだ。だから僕らはドラゴンスレイヤーなんだって!
「ただし」
マジか!
ホリーの言葉は終わってなかった。
もしかして追加報酬を求めていますか? 分かった。帝国から帰ってきたらそれを理由に10日は休みを貰う。それからリグも連れて温泉に行こう。医者と一緒に行けば命の危険はないはずだ。
笑うホリーが僕を見る。
「このまま帝国に行かないって方法があるのだけど?」
それは僕も考えました。却下したけど。
「……それをすると10万がこっちに?」
「ええ。来るわね」
「……」
「ただし一瞬で来るの?」
あっ。
「10万の敵が転移して来る方法……そんな大規模を通り越した超規模の魔法は存在しない。逆に10万の敵がこっちに迫ってくるまでにアイルローゼが復活する。彼女は腐海以外にも大規模攻撃魔法を何個も取得している。それにファシーも復活するから大丈夫よ」
「……」
発想の転換と言う奴か。
確かにそうすれば勝てる。勝てるのか?
「問題点は?」
「そうよ。相手の提案は疑って見なさい。もちろん色々とあるわよ」
どこか嬉しそうに先生役までするホリーが答える。
「まず帝都からこの国までの直線距離で、大惨事が巻き起こるでしょうね。それに魔法対策だって考えているでしょうから、あの2人の攻撃魔法が効かない敵も居ると思う。それをこの国に引き込むことは、自殺行為に匹敵するかもしれない」
「……」
「さあアルグちゃん。どうする?」
首を傾げどこか悪戯っぽく微笑む彼女は僕の答えを知っている。
「行くよ。帝都に」
「でしょうね」
笑って両手を伸ばし『こっちに来なさい』と言いたげな相手に近寄る。
そっと抱きしめられキスされてから膝枕された。
「アルグちゃんは私と違って悪には成れない。私だったら迷わず敵をこっちで迎え撃つ方を選ぶ」
「でもそれをしたら?」
「ええ。ブシャール砦では敵の進軍を抑えきれない。突破されてこの国の半分は蹂躙される可能性がある。あくまで私の知識から割り出した被害予測だけど」
「それはダメだよ」
「ええ。そうね」
良し良しとホリーが頭を撫でてくれる。
我が儘な子供に優しくする姉のようにだ。
「きっとノイエも同じことを言うでしょうね。貴方たちは何処か根元の部分で良く似ているわ」
本当に仕方ないわね……と言いたげにホリーが苦笑した。
「帝都に向かうのは決定事項。何より絶対にリグの故郷にも立ち寄る。これは運よく使える魔道具が残っていることを希望してのことね」
「無かったら?」
「最初から無いことを前提に考えているわよ」
ホリーはそう言うと僕の頭を撫で続ける。
「大丈夫。アルグちゃんは最悪そのまま帝都に向かえば良いの」
「でもそれだと敵が?」
「平気よ」
クスリと笑いホリーが僕にキスして来た。
「貴方は何の心配をしなくても良いの。お姉ちゃんたちが頑張るからね」
凄く気になる言い方だったが、僕が口を開く前にホリーの色が抜けてノイエに戻った。
「……する?」
「しません」
「むぅ」
「でもノイエ」
「はい」
「今だけはこのままが良いかな」
「……はい」
ノイエが身を曲げて僕にキスして来る。
それからは並んで横になり、甘えるようにノイエの胸に顔を押し付ける。
良し良しと頭を撫でてくれる彼女のおかげで……どうにか寝ることが出来た。
物凄く嫌な予感がしていてもだ。
「ホリー?」
「なに」
「べっつに~」
フワフワと移動しているシュシュがホリーの周りを一周した。
「ねえシュシュ」
「な~に~?」
「私のことを恨む?」
「ん~」
フワフワを止めてシュシュは立ち止まった。
「私はもう一度死んでいることになっている。それに大好きなノイエと大好きな彼が生き残れるなら問題ない」
「本当に?」
「うん」
とびきりの笑みを浮かべてシュシュは大きく頷く。
「だから私はあの2人の為ならいつでも死ねるよ?」
「どうなるか分からないけど……それでも?」
「べっつに~」
またフワフワを再開してシュシュは笑う。
「問題はあの魔女が宝玉を使って外に出た場合『死ぬな』と言っていた」
「だね~」
「最悪外で貴女が死ぬことでノイエの身に良からぬことが起こり得る」
「だね~」
「それが怖いのよ。ノイエが無事に動けるなら彼を連れて逃げ切ることが出来るから」
「あは~。大丈夫~だよ~」
また動きを止めてシュシュは微笑んだ。
「ノイエの根性なら自分が死にそうになっていても彼を抱えて逃げ切ってくれる」
それがノイエだ。自分の身がどうなろうとも『する』と決めたことを実行する。
「だから私が魔法を使ってあの2人だけを守る。後は……どう~なるんだ~ろうね~」
フワフワしだしてシュシュは逃げて行く。恥ずかしさもあるのだろう。
けれど仕方ない。
分かっているのは敵の数だけだ。ゴーレムも群れを成していることも分かっている。それだけだ。
「やっぱり私って嫌な女なのね。本当に」
立ち上がりホリーはその場から離れた。
「でも私と違って性根が優しい女性よ。殺人鬼の割には」
クスクスと笑い姿を壁に同化させていた存在が浮かび上がる。
フード付きのローブを着るその人物は頭から姿を隠し、殺人鬼が立ち去って行った方を見た。
「大丈夫よ。たぶん貴女たちはまだ死なない」
スッとその場から移動を開始する。
迷わず歩き……そして肉片が転がっている場所へとたどり着いた。
「いつまで寝ているのよ? 本当に使えない魔女ね」
パチッと指を鳴らして、ローブ姿の女性はフードの中で笑う。
「足掻きなさい。今まで以上に」
~あとがき~
牛さんに感謝したアルグスタでした。で、謝罪したw
ホリーの作戦は相手戦力がはっきりしていれば用いることが出来るんですけどね。
被害がどれほど出るのか分からないから、だったら帝都でやってしまった方が良い。被害は全て帝国がかぶるのです。
基本ホリーは2人が逃げられる方法を考えます。
結果としてはシュシュが宝玉を使って外に出て、封印魔法で2人を包んで逃がす。
敵のただ中に残るシュシュはどうなるか分からない。下手をすれば死ぬかもしれない。
それでもシュシュは笑えます。だって大好きな2人を守れるなら…
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます