本人の前で言わないで欲しいものね

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



 二度見してから手にした紙を床に叩きつける。

 サッとポーラが拾い上げてまた手元に帰って来たよ。


 何なの? あの狂った魔女がまだ生きてるの? 消滅したやん。夢だったの?

 カミーラ姐さんの串からアイルローゼの腐海を食らってたよね? それからノイエの全力パンチを食らってたよね? どうして消滅してないの? あのパンチは僕の祝福込みだったよね?


 納得いかん!


 もう一度手にしている紙を床に叩きつける。

 するとポーラが……元に戻って来た。


「何をどうしたらこうなるの? ねえ?」

「俺に聞くな馬鹿」

「誰に聞けば良い?」

「帝国に行って本人に聞け」


 だが断る!


 殺しても死なない相手にどうしろと? 何より手ぐすね引いてってこのことを言うよね?

 10万にも上る兵と魔道具で僕らを待ち構えているというのです。誰が行くかよ!


「欠席しよう」


 これで万事解決だな。


「ならその10万がユニバンスに向かい進軍するだろうな。頑張れこの国一の最大戦力」

「死ぬわ!」


 行っても行かなくても10万を相手するのは確定なの? 死ねと? とりあえずどうする? どうしよう?


 急いで窓に駆け寄り開いて外に向かって叫ぶ。


「ノイエ~!」

「……はい」


 呼べばノイエがやって来る。ちょっと返り血で大変なことになっているが気にしない。

 血塗られたノイエも奇麗だから許せます。


「今からこの紙を見ながら仕事をして。出来る?」

「はい」


 グッと拳を握ってノイエがやる気を見せる。

 普通全力で断らないか? ハードル上って喜んでない?


「なら頑張って」

「はい」


 チュッとキスしてノイエが仕事に戻る。

 呼ぶとキスされるのがデフォになって来た。


「さあどうする?」

「知るか」


 投げるな馬鹿兄貴。


「お前には相談相手がたくさんいるんだろう? どうにかしろ」

「……」


 一度心を落ち着けて自分の椅子に向かう。


 現状頼りになるのはホリーだけだ。10万を相手に作戦立案できるのは彼女ぐらいだろう。

 問題は火力だ。先生が居れば……腐海が使えれば楽なんだけどな! ファシーの千切も!


 たぶんあの2人が生きていればノイエに甘いから最大火力を披露してくれるはずなのに!

 困ったぞ? そうなるとどうする? シュシュの魔法で10万人を封じるか? 可能なのか?


「……帰って良い?」

「好きにしろ。とりあえず兄貴に報告は上げるから明日は城に来い」

「へ~い」


 帰宅したところで打つ手なんて無いんだけどね。




「お~。ノイエは~器用~だね~」

「……」


 片手で紙を持ちそれをノイエはずっと見つめている。

 見つめながらドラゴンを殴り飛ばしているのだ。流石はノイエだ。本当に凄い。


「でも~無理~だよ~ね~」


 フワフワと揺れながら、シュシュは絶望的な状況に現実を忘れる。


 どう頑張っても10万もの兵や魔道具をどうにかする方法が思いつかない。

 流石のアイルローゼにだって不可能だ。ファシーなら喜んでノイエの魔力が尽きるまで魔法を振るうだろうが。


「ホリー?」

「……何よ」

「どう~する~の~?」


 天才的な知恵者にシュシュは質問を飛ばす。

 胸を強調するかのように組んだ腕で支えるホリーは、半眼の状態でノイエの視界を眺めていた。


「そうね。無理よ」

「だよね~」


 やはりホリーでも無理だった。


「でも不可能じゃない」

「本当に~?」


 流石ホリーだ。狂っている。


「ノイエが10万回、1対1を繰り返せば良いのよ」

「あら~不思議~。可能な~気が~して~来たぞ~」


 やはりホリーは狂っている。


「問題はアルグちゃんが狙われるのよ」

「それは重要だね」


 むしろ致命的とも言える。

 何をおいてもノイエと共に絶対的に失ってはいけない命だ。


「なら~どう~するの~?」

「相談して来るわ」

「アイラーン?」

「それしか無いでしょう? 現時点でここに居る最大火力は彼女よ」


 軽く肩を竦めてホリーは魔眼の中枢から出て行った。




 王都郊外・ドラグナイト邸夫婦寝室



 帰宅してからベッドの上で膝を抱いて……どうしよう?


「にいさま?」


 メイドモードで待機しているポーラを見る。

 と言うかもう1人居た。三大魔女と呼ばれる存在が居たじゃないか!


「ヘイ魔女! ちょっと一緒に帝国とか滅ぼさない?」

「……馬鹿なの?」


 右目に模様を浮かべてポーラが伝説の魔女になる。

 立って待機していた彼女はスタスタと歩いて行き、椅子を引きずって来てそれに座った。


「何をどうしたらこんな面白いシチュエーションで敵前逃亡しようとするのよ? 背後から狙い撃つわよ?」


 前方に10万の敵。後方に伝説の魔女……僕にどうしろと?


「いい機会だから今回は火力の実験よ」

「はい?」

「だから火力の実験……と言うより試練ね」


 ニタニタとポーラの姿をした悪魔が笑いだす。

 これが愛らしい妹でなければ召喚したハリセンで全力ボンバーを食らわすのに!


「いい機会じゃないの? 魔竜を前にした中ボス戦と思いなさい」

「中ボスが強すぎると思うんですが?」


 と言うかあの魔女が中ボス扱いなの? パワーバランス狂ってない?

 椅子の上で胡坐を組んで魔女が嫌な笑みを浮かべ続ける。


「弱いわよ。今回はただ数が多いだけ」

「ドラゴンが居ないらしいんですけど?」

「頑張りなさい」

「……」


 物凄くあっさりと受け流された。

 僕とノイエの称号を知っていますか? ドラゴンスレイヤーですよ?


「勝てるか~!」


 エアーちゃぶ台返しを披露した。

 僕の怒りの波動が止まらない。


「いやん。兄様が怒った~」

「怒るわ! 馬鹿なのか?」

「あん? チラチラと妹のスカートの隙間に視線を向けている変態に言われたくないし」


 見てないし。ちょっと気になっただけで見てはいないし。


「こっちはいつでもウェルカムで、毎日こんな下着を穿いているのよ?」


 ピラっとスカートを捲って馬鹿が下着を見せつける。

 白だ。純白だ。ただし面積が少ない。でも白いのだ。


「のはっ!」


 危ない。余りの白さに視線が釘付けになってしまった。


 すると悪魔が半身に構えてか弱そうな少女の振りをしてチラチラとこっちを見る。


「兄様が望むなら……私はいつでも貴方に純潔を、」

「ポーラの口で彼女を汚すなっ!」

「ありがとうございますっ!」


 全力ハリセンボンバーを食らった悪魔が、椅子から転げ落ちていった。

 だが何故スカートを捲り上げて下着を見せつける? 器用だなこの馬鹿はっ!


 床にひっくり返ったポーラはそのまま放置する。

 今は馬鹿賢者だから放置プレイが丁度良い。


「話を戻して火力って……ノイエの異世界召喚?」


 あれはとにかく燃費が悪い。ノイエの口に終始食べ物を供給しないと召喚出来ない。


「あれは見てる分には面白いんだけどね。よっと。げふっ」


 両足を振り上げて立ち上がろうとした馬鹿が、失敗してしたたかに背中を打った。

 ゴロゴロと転がるのは良いからスカートを元に戻しなさい。


「先生とファシーが死んでるんですけど?」

「頑張れ」

「い~や~だ~」


 恥も外聞もどっかに捨てて来た。ベッドの上で駄々をこねてやる。


「何よ? 可愛くないわよ?」

「ポーラなら可愛いって言ってくれるもん」

「あれは盲目だから何でも可愛く見えるのよ」


 そう言われると何か色々と胸の奥に来る。


「馬鹿賢者」

「何よ」


 起き上がった悪魔が椅子に座り直す。


「ポーラに言葉が届かないように出来る?」

「あん? 高いわよ?」

「おまけして」

「ったく」


 パチッと指を鳴らして……たぶん大丈夫だろう。


「ポーラって本気なの?」

「ええ」


 そっと悪魔が自分の胸の上に手を置く。


「この子は白馬に乗った王子様に拾われたシンデレラよ? 自分を幸せにしてくれた人を好きになるのって普通じゃないかしら?」


 何処のおとぎ話ですか?


「僕より良い人ってたくさんいると思うんだけどね」

「ええ居るでしょうね」


 否定しろよ。


「でもこの子は自分を救ってくれた『兄様』が好きなの。大好きなの。これから出会うかもしれない最高の相手よりも今傍に居る貴方が好きなのよ」


 よいしょと声を発して悪魔が立ち上がる。


「この子には貴方が最高なのよ。だから『自分よりも』とか本人の前で言わないで欲しいものね」


 何か真面目に助言されてしまった。

 ただポーラは……妹枠なんだよな~。




~あとがき~


 ノイエを無理使いすれば可能だと思いますw

 ただしアルグスタが確実に死ぬことでしょう。


 ポーラの気持ちは一途です。

 だってあんな最低の場所から救い出してくれた人が居るんですから。


 それを知る刻印さんは珍しく真面目です




(C) 2021 甲斐八雲

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