Main Story 19

約束。邪魔はダメ

 セルスウィン共和国・首都ドルランゼ



「今、何と言った?」

「はっ! ヤーンの一族、ハルク氏の攻撃をユニバンスは防ぎきったとのことです」

「……あの一族の攻撃をか?」


 国が倒れ腐り果てるからと使用することを嫌われる一族の攻撃をあの国は耐えきったと言う。


 それを聞いたハルツェンは崩れるように椅子に座った。

 信じられない。こうなってしまうともうあの国に手出しする方法が無い。


「……誰か何か無いのかっ!」


 ヒステリックに叫び目の前の物に八つ当たる。

 腕を振るって机の上の物を全て床に叩き落とし、彼は肩で大きく息をした。


 その様子に国の重鎮である者たちは……諦めの視線を向けた。


 個人的に恨みたくなる気持ちも分かる。ユニバンスのあの夫婦に手を出してからこの国は傾き続けているのだ。

 だが復讐よりもこの傾いた国をどうにかして欲しいのが国民全員の気持ちだ。


「現状直ぐに打てる手はなく」

「無いのではない! それを絞り出すのだ!」


 やつれ果てた国家元首に部下たちは深いため息を吐く。


「……でしたら私が提案しましょうか?」


 涼やかな女性の声音が響いた。


 許可もなく大会議室の扉が開き、静々と女性が1人入って来る。

 誰もが見覚えのある人物だった。

 その者は罪を犯しこの国から逃げ出した人物だった。


 魔女マリスアン……そう呼ばれていた人物だ。


「お前がどうして! どうやってここに!」

「あまり騒がないでくれるかしら? これでも現在は高貴な存在よ?」

「ふざけるなっ!」


 軍を預かる大臣が剣を手にして動きを止めた。

 魔女が振り上げて服の袖から植物の蔦が伸び、彼の頭を貫いたのだ。


 あっさりと殺人を犯した魔女は、蔦を引き抜いて……血肉に濡れた蔦を舐める。


「愚か者の味しかしないわね。こんなものを周りに置いているから貴方は負け続けるのよ」

「……なに?」


 ギロリと病んだように見える目で睨んでくるハルツェンに魔女は笑う。


「私に手を貸しなさい。そうしたらあの小娘と夫に勝たせてあげる」

「……ふざけるな。お前ごときがあれに?」

「ええ。勝てるわ」


 クスクスと笑い、魔女は妖艶な笑みを彼に向けた。


「私が支配した帝国の武力と共和国の財力……その二つが合わさればあんな小国を踏み潰すことは簡単よ」

「支配した?」

「ええ」


 信じられない言葉に聞き返すハルツェンに、魔女は鷹揚に頷く。


「あの国は私が支配した。現皇帝……女帝はこの私、マリスアンよ」

「皇帝が死んだとは聞いたが?」

「私が殺したのよ。あの国の全てを手に入れるためにね」

「……そうか」


 にわかに信じられないが、それでも復讐の手立てを得た。

 故にハルツェンは迷わない。何においても復讐が優先されるのだ。


「分かった。お前の申し出を受けよう」

「嬉しいわ国家元首様。これで私も準備を進められる」


 美貌の魔女は怪しく笑う。


「私が楽しめる世界を作る準備が」




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



 こうも頭ばかり怪我しているから何かしらの障害とか出ないか不安になるけれど、無事に目覚めることは出来た。

 ただ次の日にはなっていたが大した問題じゃない。問題じゃないよね?


 どうして目覚めた時全裸だったのかは気にしないことにする。

 ノイエが物凄く艶々していたのも前日いっぱい運動したからだろう。前日からいっぱい運動し続けている可能性もあるが気にしたら負けだ。何かが枯れる。枯れていないよね?


 流石に頭ばかりの負傷に脳みそが大丈夫か不安になった。

 そんな時は踊る悪魔……馬鹿賢者が居るので心配無用だ。


『私の魔法の前ではレントゲンもCTも必要なし! 何なら物理的に輪切りにしてから元に戻してくれようか! 命が失われる危険があるけれど!』と治療なのか殺害予告なのか分からないことを言いながら頭の中を確認してくれた。脳に損傷は無いらしい。

 石頭に生んでくれた親に感謝だ。


 胸の前で神の居ない世界で祈っていたら、踊る馬鹿が物凄く冷めた目でこっちを見て来た。


『感謝する相手が違うわよ馬鹿』『はい?』『……どこぞの馬鹿のお嫁さんがどうしてあんなにご飯を食べているのか少しは考えなさいよね。ば~か』とだけ告げて消えた。

 そしてポーラになると恥じらいながら走って逃げ出した。あっちの問題は先送りだな。


 改めて言われるとノイエは仕事をしてなくても大量に食べる。

 怪我をしてなくてもよく食べるのだから治療の祝福ではない。増幅の祝福が発動していることになる。何に魔力を使っているんだ?


 仕事を終えて入浴からの食事を済ませたノイエが寝室に突撃して来た。全裸でだ。

 彼女の後ろを走って来たポーラが、途中で脱ぎ捨てたのだろう服と下着を置くと部屋から逃げ出した。こんな生活がしばらく続くのでしょうか?


 と言うか昨日怪我した僕に対する優しさは無いのでしょうか?


「する」


 無いご様子です。


「ストップ!」

「私は止まらない」

「一時停止です!」

「……なに?」


 ベッドの上まで来たノイエが、肉食獣の目で僕を見ている。

 ちょっとした切っ掛けでこの均衡は崩れる。気を付けろ僕。


「ノイエは普段から魔法を使っているの?」

「はい」


 即答だった。もう答えたんだからと一気に距離を!


「まだ待って!」

「むぅ」


 僕に圧し掛かりながらもノイエが止まる。その様子は大変不満げだ。


「どんな魔法?」

「……難しい」

「頑張って」

「……明日から頑張る」


 そんなニートのようなことをっ!


「僕のお嫁さんは出来る子です!」


 必死の説得にノイエが小さく首を傾げた。


「……分からない」

「はい?」

「色々使った」


 使った? 使ってるじゃなくて使ったなの? つまり誰に? 僕に?


「僕に使ったの?」

「はい」


 だからまだだって!

 ノイエの両肩に手を置いて……止まらない。まだ止まらないだと。


「ちゃんとするから!」

「……はい」


 僕の首に抱き着いたノイエがようやく止まった。

 ごめんなさい。止まりません。器用に僕のズボンと下着をはぎ取ろうとしています。


「僕に魔法を使ったの?」

「分からない」

「はい?」

「……」


 軽く視線を横へと流し、ノイエの目が改めて僕を見た。


「頑張った」

「その内容を知りたいんです」

「お姉ちゃんに聞いて」

「丸投げだな!」

「でも今はダメ」

「はい?」


 ジッとノイエが正面から僕を見つめて来る。


「約束。邪魔はダメ」

「……そうだったね」

「はい」


 トロンとアホ毛を垂らしてノイエが甘えて来る。


「一緒」

「うん」

「ずっと一緒」

「そうだね」


 肉食獣じゃなければこんなにも愛らしいんだけど、知ってますよ。ノイエはネコ科の肉食獣だってことはね。


 僕はそれから5日の間、毎晩ノイエに襲われ続けた。




 怪我を理由に登城を誤魔化していたがもう無理だ。

 執務室の仕事は……今は考えない。現実逃避は大切だと知っている。


 決してサボっていたのではない。戦い続けたのだ。あのノイエを相手に。

 毎晩毎晩手を変え品を変え、迫り来るノイエと戦い続けた。結果は全敗だが。


「にいさま」

「ん?」


 寝室の外からかけられた声に振り返る。

 ポーラが少しだけ顔を覗かせてこっちを伺っている。真っ赤に色づいた顔でだ。

 その行動は愛らしいが、原因は僕に恋心を知られて……色々と気まずいらしい。君以上に僕の方が気まずいのだが、妹様にはそれを言うことはできない。僕はお兄ちゃんだから。


「へいかのおつかいのひとが」

「分かってるよ。もう粘るのは無理だってこともね」


 仕方ない。じっくり休んで色々と考えた僕は無敵だ。

 颯爽と身を翻して廊下へと向かう。


 ただ先行するポーラがその度に走り、身を隠して僕を見る。恥じらい方に問題ありだな。


 外に出て陛下から使者には『これから向かう』とだけ伝えて先に城へ向かって貰う。

 僕は馬車に乗る前にやることがあるのだ。


「ノイエ~」

「はい」


 スッと瞬間移動して来たノイエが僕に抱き着いて濃厚なキスを。

 5日連続でノイエだけを愛した結果がこれだ。今の彼女の好感度が数値で見えたらMaxを貫いて天元突破していることだろう。つまり現在進行形で数字が増えていくのか?


 ちょっと恐怖を感じました。


「これを借りるね」

「はい」


 またキスされた。

 ノイエの頭上から宝玉を取るのに3度もキスされたよ。


「お仕事頑張ってね」

「はい」


 スッとノイエの姿が消える。

 あとは……辺りを見渡したらカルガモのようにリスを連れた我が家のペット、ニクが居た。

(仮)は外れた。コイツは正式にニクとなった。まだ肉ではないが。


「じゃ行くか」


 ニクも回収してポーラに渡し、僕らは馬車に乗った。




~あとがき~


 あれ? アルグスタにノイエが魔法を使った件をどこかで書いた気もするが…先生の独り言だったっけ? 記憶が曖昧なのでまた書きました。もし書かれている場合は帳尻を合わせます。


 マリスアンとハルツェンが手を組みました。

 帝国と共和国が主人公たちをやる気満々です。


 そんなことは知らず主人公はようやく登城する気になりました。

 問題は…間違いなくファシーに関することでしょうね





(C) 2021 甲斐八雲

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