証明しますか?
私の名前はユングイ。
中級貴族としてユニバンス王国に仕える武官の1人だ。先祖代々王家を守護し命を懸けて来た。
だが最近この私が決して許せない、許すことのできない事態が発生している。
新しき国王であるシュニット様への不満が高まっているのだ。
あの御方は大変優秀なお方だ。私は前々からあの御方のお仕事を手伝って来たから知っている。
そんなお方の評価が著しく悪くなっているのは全て陛下の弟、アルグスタ……殿のせいなのだ。
あの野郎……殿が騒ぎを起こす度に陛下の評価が低くなる。
もう許せん。他の者たちはあの野郎の伴侶を恐れ尻込みして何も言えないでいるが、私はこの国に命を捧げると決めた忠臣だ。絶対に言う。ガツンと強く言う。これ以上の陛下への不満は私が許さない。
……文句を言うぐらいであのドラゴンスレイヤーをけしかけたりはしないと信じている。
王城の正面、馬車の乗り入れ口で私はフル装備で待ち構えていた。
護りは大切だ。私は陛下の盾なのだ。だからのフル装備だ。
ゆっくりと巨躯の馬が引く馬車が来た。
二頭立てで牽かれるほどの馬車を一頭で牽いている。大きく威厳のある様子に武官である私から見てもこう腹の下に力がこもるほどの圧力を感じる。
決してちびりそうになったわけではない。
馬が止まり馬車の戸が開くと、小柄なメイドが飛び出してきた。この城で大変優秀だと有名なドラグナイト家のメイドだ。
ただ何故かリスを抱きしめ駆けだした少女は、木陰に隠れるとジッと乗っていた馬車を見ている。頬を真っ赤にさせてだ。
その様子は意中の男性に恋文を渡そうと待っている乙女に見える。
次いで馬車からあの野郎が出て来た。
今日は朝からあれの伴侶が勤務に出ていることを何度も確認している。さっきも確認してあの馬車に乗っていないことは間違いない。
勇気を持って私は踏み出す。
「ドラっ」
全力で足を止めた。
馬車を降りた彼が誰かをエスコートするかのように馬車の戸口にその手を差し出したのだ。
そんな馬鹿な!
彼の伴侶たるドラゴンスレイヤーは先ほど王都の東側でドラゴンを投げ飛ばしていた。そう報告も受けているし、遠くを見る道具を使いこの目で確認もした。
彼の手を借りて馬車から降りて来たのは……立って歩く猫だ。
ひと目見て自分の何かが狂ったのかと思ったが、その表現で間違っていない。
小柄の人の形をした三色の猫だ。猫だ。猫なのだぁ~!
頭の中に響き渡った声とその後に読んだ報告書から……私は全身の震えを止められなかった。
あの猫は間違いない。あの猫こそが、あの伝説の殺人鬼なのだ。
「にゃん?」
猫がこっちを見て鳴いた。
「どうかしたのファシー?」
「にゃん」
猫が彼に甘えるように抱き着いて私の視界から消える。消えてくれた。
代わりに彼が視線を巡らして私を見た。
「何か御用で?」
「……陛下がお待ちです。ドラグナイト卿」
「はいはい。分かってますよ」
ため息交じりで頭を掻く彼が、腰に抱き着いている猫を連れて歩き出した。
私のその姿を見送り……自分の仕事に戻ることとした。
今日は色々と日が悪かったのだろう。何より彼はこの国の貴族だ。何かあれば陛下が直接苦言を呈するはずだ。私のような者が勝手をする方が問題になるかもしれない。
そう言うことだ。
「にゃん」
「あはは。今日のファシーは上機嫌だね?」
馬車の中で呼び出したファシーはこうしてずっと甘えて来る。
ただ歩きにくいから腰に抱き着くのは止めてもらった。代わりに手を繋いだら、手を繋いだままで腕に抱き着いて来た。何と可愛らしいのでしょうか?
嬉しそうなファシーの好きにさせて僕らは陛下が待つ部屋へ向かう。
途中何か言いたそうな人たちが待ち構えていたが、僕の隣に居るファシーを見ると道を譲ってくれる。そして怯えながら逃げて行く。
ファシーはこんなにも素直で可愛いのに……正直居た堪れない。
「今日は帰ったらノイエと一緒にご飯食べようね」
「は、い」
恐る恐る僕を見て、頬を真っ赤にさせてファシーが前髪で表情を隠す。
大丈夫。こういう時のファシーは愛らしい小動物だ。
テリトリーに餌がやって来ると肉食獣になるだけで普段の彼女は愛らしい無害な生き物だ。
そう自分に言い聞かせて歩を進める。ただゆっくりとした感じになるのは仕方ない。
周りに人が多く居るせいか、ファシーが緊張して歩幅が狭くなっているのだ。
「怖い?」
「へい、き」
ギュッとファシーが僕の手を握って来る。
「アルグ、スタ、様が、居るから」
「もうこの子は~」
可愛いことを言うから抱き上げて顎の下をくすぐる。
「いやん」
「可愛いぞ~。ファシー」
「……にゃん」
真っ赤になったファシーが腕を伸ばして僕の首に抱き着いて来た。
スリスリと僕の顔に頬を擦り付けてくる様子は本当に猫のようだ。愛らしい。
けれど周りの視線は……怯えて冷たい物だ。恐怖と侮蔑が混ざった物だ。
「ほらほらファシー。歩けないよ」
「にゃん」
甘えが過ぎるファシーを軽く注意する。
素直に僕から離れた彼女がポツリと呟いた。
「これ以上敵意を向けられると全員殺したくなっちゃう……くひひ……」
うん。周りの人たちが知らない内に大ピンチだ。
「ここは他人の目があるからダメだよ。あとで一緒にケーキでも食べようね?」
「……いゃん」
甘い声を発してファシーが増々甘えて来る。
これなら大惨事は回避できるはずだ。
“陛下”の許しを得て国王陛下の私室へと入る。
周りの制止? 知らんな。
この部屋に案内されるのは実は初めてか?
物々しい警護の兵たちの横を過ぎて入れば、中には国王陛下と近衛団長が居た。
ただ2人とも僕が抱いている存在を見て……流石に一瞬躊躇った。
ファシーはこんなにも良い子だけど、この国では嫌われ者だ。王都で有名になってしまったから噂話が地方にまで広まり、悪名だけなら歴代でも上位に連なる大人物だ。
「お前は……」
代表して馬鹿兄貴が引き攣った笑みを浮かべて頭を掻いた。
普段ポーカーフェイスなお兄様ですら顔色を悪くしている。
「お呼びとのことで参上しました」
無礼にあたるが、陛下と近衛団長が並んでソファーに座っている時点で2人が“兄”として僕に会っているのだと判断した。だから迷うことなく向き合う形でソファーに座り、ウチの可愛い猫は隣に座るとヒシっと抱き着いてくる。知らない大人に怖がる娘のようだ。
「うらやましいです……」
背後からポーラらしき声が聞こえたが振り返らないのが兄としての優しさだろう。
胸の内を暴露されてからのポーラは少しおかしい。きっとまだパニック状態なのだ。
「で、お話は……彼女のことですよね?」
姿を隠そうとするファシーは好きにさせる。そう馬車の中で約束した。
代わりに僕との約束を彼女は守ってくれるはずだ。
「ああ」
覚悟を決めた様子でお兄様が口を開いた。
「彼女は本当にあのファシーなのか?」
当然の質問だ。
だから僕はそっとその目を彼女に向ける。
「……全部刻んで良いなら証明してあげる。全部殺しちゃうけど良いよね? 良いよね? 私は人が痛がる姿を見るのが大好きなの! だからっ」
テンションが上がりだしたっぽいから手を伸ばして優しく頭を撫でてあげる。
「……にゃん」
猫に戻ってまた甘えだした。こうなるとファシーは本当に可愛い。
身構えていた2人の兄が、ファシーの態度の急変に何とも言えない表情を浮かべている。
「証明しますか?」
「信じるしかあるまい。証明を求めるにはリスクが多すぎる」
兄様が苦笑しながらファシーを見つめる。
「その子もあの日狂ってしまったのか?」
「ええ。ただファシーの場合は幼い頃から酷い家族環境や虐待などもありまして……何よりこんな風に壊れてしまったのは、魔法による精神操作が原因かと」
「精神操作?」
「はい」
僕はゆっくりと頷く。
苦々しい表情を浮かべる兄様の横で、馬鹿兄貴が何故か泣き出しそうな顔をしていた。
何かトラウマでもあるのか?
~あとがき~
モブが騒いでフェードアウト…ちょっと書いてみたかったので書きました。
馬車の中で宝玉を使い呼び出したのはファシー猫です。だからニクを連れて来たのです。
ファシーならきっとニクを介して様子を見ているはずですから。
説明するなら本人が居た方が良いでしょう? ついでに脅迫…説得にも使えますしね。
ので、いつも通り密室会議です
(C) 2021 甲斐八雲
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