ちゃんと倒しなさい
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
「流石のお姉ちゃんも大好きな妹に頭を毟り取られるとは思わなかったわ」
「見てるこっちも同意見です」
治療という名の暴走を見せたノイエは実の姉に引き取ってもらい、代わりに僕がユーリカの治療をする。と言っても頭を元の位置に……ダメだ。脊髄があれしてて首の上に乗らない。
布でグルグル巻きにして強制的に固定しよう。
「包帯が無いんだよな」
「それだったら」
エウリンカの魔剣を器用に使ってユーリカが自分の服を切り裂く。胸から下の部分を切り取り、それを等間隔でまた切り裂く。
あっという間に包帯の出来上がりだ。
「あまり短くすると胸が見えそうですけど?」
「大丈夫よ。もう恥じらう必要のない死体だし」
「そうっすか~」
受け取った包帯でギュウギュウに首を固定する。
「こんなに絞められても会話が出来るだなんてどんな仕組みなのかしらね?」
「死体ですから……発声に呼吸を使っていないんでしょうね」
「触れるのに?」
「体はありますから」
代わりに体温や出血はない。僕が触れるとユーリカはヒンヤリとしていた冷たい。
血流が無いから体温が上昇していないのだろう。死後硬直は……あれって死んでからしばらくすると硬さが取れるって何かのドラマでやってたな。だから亡者たちは動けるのだろう。
治療中座っていたユーリカが立ち上がると、下乳だと? 危なく反応するところだったぜ!
「ん? 仕方ないわよ。貴方の旦那は他所に女を作って喜ぶ人間だから」
離れた場所で妹を抱いてる義姉のツッコミが辛いのです。
「失礼なことを言わないでくれるかな!」
「アルグ様。お嫁さん、多すぎ」
「ぐふっ!」
姉妹の連携攻撃で僕に大ダメージが。
「助けてユーリカ」
「あっ無理無理。私も見てて引いてるくらいだし」
あっさりと裏切りおったなこの自称姉!
「貴族ってあんなもんじゃないの?」
声を大にして言いたい。貴族って言う生き物は女性を囲う物であると。
「そういう一部例外は居るみたいだけど、普通正妻に側室が1人か2人。あと居ても妾が1人ぐらい? 4人も5人も囲えるなんて大貴族か王族の人間ぐらいよ」
「……ならば問題ない。僕は両方だしね!」
「ノイエの稼ぎで暮らして、女を囲う最低な当主様ですけどね」
「はぁぐぅあぁっ!」
ユーリカの言葉にパタリと僕は地面に伏した。
指摘されると確かにそうだ。僕はノイエのお金で生きているダメな夫なのです。
挙句彼女の姉たちと結婚しては……ごめんなさい。生きててすみません。
「ノイエ~」
「はい」
「本当にごめんなさい」
伏せた状態から正座に移行し土下座へと移る。
額を地面に擦りつけて僕はノイエに謝罪した。
「平気」
姉の手から離れたノイエが僕の前に来るとしゃがんでそっと頭を撫でてくれる。
あの~ノイエさん? 実は少し心の中で怒っていませんか? 土下座している外の頭を撫でるって、僕の額が砂利つかに押し付けられることになるんですけどね?
「我慢」
「やっぱり怒ってるの?」
「違う」
地面を見る僕の目には砂利しか見えない。
「あれ」
「どれ?」
「……お姉ちゃん」
「もう少し頑張りなさいよね」
「明日から頑張る」
「はいはい」
呆れながら義姉さんがノイエの傍に近づいたようだ。
何故はっきりと言い切れないかと言えば、僕の視線がまだ砂利に向いているからだ。
額で砂利を押したままノイエの手が動かないのです。
「あれ」
「どれ?」
「愛が足らない?」
何故に疑問形? それ以上にノイエは言葉が足りません。
「言葉って難しい」
「諦めないでノイエ」
「いっぱいしたい」
「それは頑張ります」
「お姉ちゃんたちが邪魔」
「もう少し優しい表現でね! 今夜からは邪魔しないはずです」
「……小さい子も邪魔」
「妹ですから。ノイエの妹ですから」
「お姉ちゃんは大変」
「お母さんになりたいならここは我慢しよう?」
「……赤ちゃん欲しい」
「どうにかします。頑張ります」
「……」
「ノイエ?」
そっとノイエが手を離してくれから体を起こすと……彼女は無表情なままで泣いていた。
「家族はずっと一緒が良い」
「……そうだね」
抱き着いてくるノイエはたぶん気づいている。
2人の姉たちはそんな妹を見つめ、何とも言えない表情を浮かべていた。
「ずっと一緒が良い」
「うん」
「どうして?」
それはこの2人がこの場所に居られる時間が限られているから。
「……2人とももう死んでいるからだよ」
「違う。居る」
「うん。でもこれは魔法なんだ」
僕に縋り泣くノイエの頬に手をやり顔を上げる。
ポロポロと泣いているノイエの表情に変化は無い。でも悲しんでいることぐらい誰だって分かる。
「魔法の力で一時的に姿を得ているだけなんだよ」
「なら覚える。その魔法を覚える」
「ダメだよノイエ」
「どうして?」
「……それはノイエにずっとお肉を食べるなって言うくらい辛いことなんだ」
ビクッとアホ毛が奇麗な『!』になった。
そんなにショックなの? ここ最近で一番奇麗な『!』だったよ?
「大丈夫。2人ともずっとノイエの傍に居るから」
「本当?」
「うん。ただ姿が見えないだけ。触れられないだけ。それだけだよ」
「……はい」
納得いかない様子のノイエをユーリカが捕まえ抱きしめる。
とても自然な感じでお嫁さんを掻っ攫われた。
「なら触れる間にお姉ちゃんに甘えなさい」
「はい」
あの~? ユーリカさん? その抱き方は胸が……はい分かってます。僕が視線を逸らせばいいんですね。
ノイエを抱きしめユーリカたちが踊るように離れていく。
「あのノイエを説得するなんて凄いわね」
「納得はしていないでしょ?」
「するわけないわ。あの子は頑固で我が儘で……」
義姉さんが差し伸べて来た手を掴み僕も立ち上がる。
「誰に対しても優しい子よ」
「ですね」
だからノイエは我慢する。
どんなに辛くても最後は我慢するのだ。
「ノイエを含め彼女の周りは不器用な人が多すぎて困ります」
「貴方は不器用じゃないの?」
「不器用じゃないですよ。だって僕は自分の気持ちに正直に生きてますから。おかげで周りは敵だらけですけどね」
「はっ」
鼻で笑われたよ。
「でもだからノイエは貴方に懐いたのね」
「理由を聞いても?」
それはノイエの中に住む人たちが聞きたい言葉だろう。
「あの子は……これ以上は秘密」
「ズルい~」
「貴方が聞く必要ないでしょう? ノイエの愛を一身に注がれているのだから」
「そう居られるようにこれからも頑張ります」
と言ってもこれからも変わらず僕はノイエを愛し続けていくだけだ。
彼女が望むことをして、いつか絶対にノイエを笑わせてみせますとも!
「それほどの強い意志があるなら大丈夫ね」
「何ですか? さっきからもう消えそうな前振りばかり」
「……消えそうじゃなくて、もう消えるのよ」
ゆっくりと顔を動かすと、義姉さんは寂しそうに微笑んでいた。
「正直限界だった。実際今こうして存在していられるのはこの魔法のおかげだと思う。あの魔法使いがこの王都を死者が住みやすい環境にしてくれたから……私は消滅を免れた。でももう限界」
「ならあの爺を倒すと?」
「迷う必要は無いわ。ちゃんと倒しなさい」
パンと彼女が僕の背中を叩いて来た。
「私は死んでからずっとノイエの成長を見てこれた。危なっかしいけれど頼りになる姉たちに囲まれ、そして物凄く不安だけど妹に対する愛情だけなら規格外の夫も得た。不安や未練はあるけれど……もう大丈夫だと、あの子は大丈夫だと信じられるから」
泣き出しそうな顔をして義姉はノイエを見つめる。
「だから私はもう消えられるのよ」
クスリと笑って彼女は泣き顔を破棄した。
「ねえ義弟君」
「はい?」
「最後にお姉さんの懺悔を聞いてくれるかな?」
「聞きましょう」
「即答ね?」
「僕は自分に正直なんで」
「そう」
飛び切りの笑顔を浮かべて義姉が口を開く。
「私が実の父親に刺されながらも掴んで石で相手の頭を叩き割った話なんだけど」
表情に対して語り始めは最悪でした。
~あとがき~
分かっているけれど納得できない…それがノイエの心情です。
大好きな人たちにはずっと傍に、一緒に居たいのに、どうしてそれが出来ないのか?
純粋であるが故にノイエはそれが納得できないのです。
ノーフェは語ります。あの時のことを
(C) 2021 甲斐八雲
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