酸味マシマシにした気がしますけどね!
「あっあっ……」
呼吸するかのように引き攣った声を発する少女の手を、震える両手を、ユーリカは手を伸ばし捕まえる。
今にも握っている剣を手放してしまいそうに見えたからだ。
「ダメよノイエ」
「あっあっ」
「ねえノイエ?」
一歩前進し少女との距離を詰める。
胸を貫く剣先が背中へと抜け、痛みは熱さになって全身を駆け巡る。
それでも構わずユーリカは前進した。
「分かる? これが人を殺すことなの」
「いあっ……いあっ……いあっ」
どうやらあの憎ったらしい魔女が手伝ってくれて完成した魔法は効果を得たようだ。
内心で苦笑してユーリカは穏やかな目を相手に向け、歩みを続ける。
大きく見開いた目からはポロポロと涙がこぼれる。
表情を失った少女は、ただその頬を涙で濡らし自分へと迫る相手を見つめていた。
殺したかった。殺したくってたまらなかった。
でも少女は知らなかった……人を殺すという意味を。その行為を。自分の心にどれほどの重さと衝撃を得ることであるかを。
迫りくる姉の顔が目の前まで来た。
苦痛に表情を歪ませ、出血により表情を悪くし……何よりそれでも彼女は前進を止めなかった。
身長差から途中で少女は剣から手を離していた。しかしその手は確りと握られていた。
生温かな血液が絶えず降り注ぎ……きつく握られている手が粘着のあるそれで固まってしまいそうに感じながら。
「ねえノイエ」
「いあっ! いあっ! いあっ!」
そっと両ひざをついてユーリカは笑う。
少女に向けて飛び切りの笑みを浮かべる。
「ごめんねノイエ。馬鹿なお姉ちゃんで」
「いあっ!」
少女は握る力を失った姉の手を払いのけ必死に胸に刺さる剣に手をやる。
引き抜こうとするが動かない。少女の力では抜くことは難しい。
何よりその衝撃で傷口からは鮮血が弱々しく溢れるのだ。
「いやっ! お姉ちゃん!」
「いいの……ノイエ。最後くらい、お姉ちゃんらしい、ことが出来て、私は、幸せだから」
微笑んでその手を泣く妹の頬に伸ばす。
柔らかな少女の頬は震えていた。
「ノイエ」
「いやっ!」
「まだ……殺したい?」
その問いかけに少女は激しく顔を左右に振る。
「そう」
崩れるように地面へと尻を落とし、そのまま背後へと倒れそうになったユーリカは……倒れることはなかった。
「馬鹿だなお前は」
「そうよ……大馬鹿、者よ」
「そうか」
抱きとめたのはノイエが最も慕い名まで呼ぶ姉だった。
「いやっ! いやっ!」
泣きながら抱き着いてくる少女に2人の姉は目を向け……そして少女の背後に立つ者に目を向ける。
戦場で数多くの人間を殺してきた彼女は、如何にノイエであっても容赦しない。
その首に手刀を振り下ろし、少女の首を切断しかねないほどの威力で意識を狩り取る。
ただ余りにも生々しい骨が砕ける音が聞こえた気もしたが、少女は意識を失い地面へと倒れた。
「今絶対首の骨……何でもないよ~」
慌てて駆け込んできた舞姫が倒れた少女を抱きかかえ『この中にお医者さんは~! パーパシ~!』と叫びながら駆けて行った。
「ねえ、カミュー」
「何だ?」
「後の、ことは、お願い、ね」
「分かった。だから安心して逝け」
「ええ」
容赦のない相手が暗殺者だと思い出し、ユーリカはどうにか笑みを浮かべた。
「なら……先に、逝くから」
告げて彼女は目を閉じた。
ドカドカと慌ててやって来た監視者たちがカミューらをその場から離し、急いでユーリカを運んでいく。
死んだはずの彼女の死体に何をする気なのかは誰にも分からない。
ただ命を賭して無茶をした馬鹿のおかげで……首の骨折から回復した少女は『殺す』などと口走らなくなった。
代わりに『ユーは?』と言いながらしばらく施設内を徘徊し、ある日ふとその名を口にしなくなったのだ。
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
「私が見聞きしたのはそれぐらいよ」
アカン。良い話で泣きそうなのに……そんな物語を演じた人物はと言うと、自分の頭を背中にぶら下げて全力でノイエの顔を自分の胸の谷間で挟んでいる。
全力で甘えているノイエはまだ良い。可愛いから許す。
問題はホラーかコントにしか見えないユーリカだ。一度あの頭を取り外して元に戻すか?
「感動した何かを返して欲しいなって思うんです」
「最初から感動しなければ良いのよ。そもそもあれが余計な魔法を使わなければノイエは壊れずに済んだのだから」
「それを言ったらお終いな気が」
一瞬天地が逆転しているユーリカと目が合った。
『その通り』とアイコンタクトを飛ばされた気がするから、全面的に義姉さんの発言を支持したくなったけど。
「まあ情状酌量の余地があるからまだ生かしてるけど」
「……死んでますよね?」
「強制的に昇天させていないのだから感謝して欲しいわね」
「あ~」
何となくなんだけど、あの枯れた爺より義姉さんの方が詳しくない?
「詳しいわよ。ラングル家の専門はこの手の死者を相手にする物も含まれているのだから」
「それって?」
「詳しくは知らないわ。ただ先祖は自分たちのことを『アズサミコ』と呼んで、神様と呼ばれる存在をその身に降ろしていたと言うわ。本当かは知らないけど」
「なるほどなるほど」
僕はライトなオタクなのでヘビーなネタは全く分かりません!
「こんな時は、解説!」
「はいお待ち!」
ビシッと適当に空中を指さしたら、箒に腰かけた我が家の妹様が姿を現した。
良いのかポーラ? その角度は1つ間違えると下着が見えるぞ?
「しまった。ついノリで姿を出しちゃった」
「お前のそういうところは嫌いじゃないぞ?」
「あら~。ついにこの私まで口説く気になったの? でもダメよ。私は魔法使いたちの永遠のアイドルなんだから~」
器用に箒の上に座って踊る馬鹿を見たら、世の魔法使いたちは幻滅するだろうけどね。
「で、解説よろ~」
「任された。梓巫女とは梓弓を使って口寄せなどを行う巫女たちのことよ」
本当に知ってたよ。
「何故知っている?」
「物心ついた時からのオタクを舐めるなよ? ネタになりそうな物は隅から隅まで網羅したから。何だったらこの有り余る知識でお前の妹をヘビーに腐らせて、立派な腐女子にしてやろうか?」
「それだけは勘弁してください!」
男性と男性のあれに喜んでハァハァするそんなポーラは見たくないのです。
怒った様子で腕を組んで、天使の姿をした悪魔が言葉を続ける。
「基本は死者との交信だけど、上位者になると神と交信したという記述もあるわ。ちなみに私たちが天界に攻め入った時は……ああ。あの時のあの子の子孫か。納得納得」
うんうんと頷きだした馬鹿に対してハリセンを取り出す。
「おい待て問題児? 過去に何をした?」
『あはは~』と笑いながらポーラの姿をした悪魔が、ハリセンの間合いから逃れ頭を掻いた。
そっちに逃げるな。義姉さんにハリセンボンバーが被弾したら僕が死ぬ。
だから逃げたのか? 本当に厄介な奴め!
「召喚の魔女リーアたちと一緒に最初は神様を召喚しようとしてね……で、失敗。代わりに呼び出されたのが夜盗に襲われていたらしいその巫女さんたちで、命の恩人だからと協力を得て神様を降ろして天界の場所を調べて攻めたのよね~。あ~懐かしい」
「お前らは過去にやりすぎだろう?」
「だから今は反省して後始末を付けるために頑張ってるじゃないの!」
プリプリと怒る姿は愛らしい。中身が大悪魔でなければだけど。
「ああそう言うことね」
何故かポンと僕らを見ていた義姉さんが手を叩いた。
「その小さい子、貴方のことが大好きなのね」
手近な場所に居るポーラから僕へと義姉さんの視線が動く。
確かに我が家の良心たる妹から、僕は愛されていると思いますが?
「……慕われてますよ?」
ポーラは僕を慕う良い子ですよ? 今は悪魔がタコ踊りしてますが?
「そうじゃ無くて男性として好きなのよ。結婚して子供を産めるだけ生みたいって……そう願ってるわ。だからノイエがそれを感じて冷たくあしらう時があるのね。あの子も嫉妬とかして可愛らしい」
「……はい?」
爆弾を投げ込まれた気がして、ゆっくりと視線を義姉さんからポーラへ。
顔を真っ赤にして全身を震わせているポーラが、ポロポロと涙を落とし始めた。
「あの~? ポーラさん?」
「ああああぁぁぁぁあああぁぁぁああぁぁ~っ!」
大絶叫からの逃走だ。
全力で箒を飛ばしてポーラの姿があっという間にゴマ粒大に。
それを見送り……改めて視線を義姉へと。
「もしかして内に秘めた思いだったのかしら? 貴方……あの子から告白されてなかった?」
「えっと……ずっとお兄ちゃんに対して甘えの言葉だと思ってました」
「ああ。そう」
何故か腕を組んでノーフェさんは遠い空を見上げた。
「甘酸っぱい恋とかって良いわね」
「今貴女が酸味マシマシにした気がしますけどね!」
「気のせいよ。それに恋心っていつかは表に出るのだから」
「そうっすか~」
今度からポーラにどんな顔をすれば良いんだよ。
助けを求めてノイエを見たら、彼女はユーリカの頭を元に戻そうと……これこれノイエさん。面倒臭がらないの。毟ってはめようとしないの。って毟ったよ!
~あとがき~
こうしてノイエに新しい心を与えたユーリカはお亡くなりに…体の方は別施設へと輸送されて後日あれしてノイエたちの前にと言うことです。
で、解説として三大魔女を呼び出したらまさかのカミングアウト! ポーラは…恥ずかしさのあまり逃走ですw
何かノーフェがノイエの姉だって良く分かった気がします…
(C) 2021 甲斐八雲
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