つまらない話だったでしょう?

 その当時ラングル家には一人娘しか居なかった。

 見目麗しい娘は母親の血を色濃く引き、老いた父親の特徴をあまり引き継がなかった。

 故に『不義の子では?』と噂されたが、唯一父親の……と言うよりも一族の特徴を引き継いでいたおかげでその噂は消えた。


 娘は他人の胸の内を聞けたのだ。


 成長し娘は大人になった。

 誰もが高齢の父親の方が先に他界するだろうと思っていたが、母親の方が流行り病で先に逝った。

 そして父親は娘の伴侶を誰にするのかをずっと悩んでいた。


 人格は良いが戦いに弱い男。

 人格に難があるが戦いには強い男。


 一族の血を絶やさないためにと……彼は後者を選んだ。




「母さんはそんなダメな人を自分なら立ち直らせられると信じていたのよ。結果としては裏切られ続け……最終的には領地や屋敷に至る全てを失ったの」




 高齢だった父親が逝き跡を継いだ男は、一族の繁栄を願った。

 願ったのだろう……領地を栄えさせ大きくすると野望を抱いてはいたが。


 結果は住人達との軋轢が生じ、それを力で排除しようとして王国から睨まれた。

 援助金が極端に減り、南部の大貴族から誘いの声もあったが……彼はそれを蹴った。

 先代は一族の決まりを守ろうと蹴っていたが、彼は自分の矜持の為に蹴ったのだ。


 国王にですら従うのが嫌なのに、これ以上自分の上に人を置きたくなかった。

 そんな我が儘は権力が無ければ押し通せない。

 下級貴族が上級貴族に噛みつくなんて以ての外だ。


 軋轢が生じていた住民たちは彼の排斥を望み、大貴族はそんな住民たちの陳情に応じた。

 こうしてラングル家はあっけないほど簡単に潰えたのだった。

 巧妙に住人たちの怒りが全てラングル家に向くように、その大貴族の手により操作されていたことなどは別にして。




「それでも母さんは父さんを見捨てなかった。代々伝わる家の物を処分しては生活費を作り、自分も内職などをして頑張った。けれどあの父親はその行為を踏みにじった」




 彼は酒に溺れ女に手を出し散財を続ける。

 貯えなどあっという間にそこを尽き、ラングル家の没落は止まらない。

 母親は末の妹を身ごもりどうにか出産はしたが……命の火を全て娘に注いでしまったのか、わずか2日で他界してしまった。




「それからは私がノイエを育てたの。本当に大変だった」




 一族の特徴を色濃く引いている……そう感じたのは妹が生まれて間もない頃からだった。

 家事に仕事にと頑張り続けていたノーフェを、妹はぐずりもしないでいつも見つめていた。


 最初は静かな子だと思っていた。けれど日に日に違うと感じた。

 妹は自分の都合に合わせてくれていたのだ。

 まだ何も分かっていないはずの乳飲み子が最初に覚えたもの……それが『我慢』だった。




「ノイエは最初から優しかったの。疲れ果てた私のことを慮って我慢してくれたの。

 信じられる? 物心ついていない少女がよ?」




 だからこそ気づいた。きっと妹は自分とは違う、自分とは別の何かを見聞きしていると。


 それからは時間の許す限り妹の相手をするようにした。

 睡眠時間を削ることも迷わなかった。妹の成長だけがノーフェの楽しみだった。




「けれどどこかの馬鹿な親が馬鹿なことをしていたのよ」




 貧しい生活の中で父親だけは贅沢を忘れられない。

 没落した貴族に手を差し伸べる者など普通居ない。だからこそ普通では無い者が手を伸ばす。




「あの屑は私を売ることを考えていた。だから私は一族に伝わる鍛錬を始めた。そもそも私たち一族は生まれた『聖女』を守るのが宿命なのだから」




 辛さと苦しさが倍増した。それでもノーフェは自分を鍛え続けた。

 いつからか妹が自分のことを『かーさん』と呼ぶようになって、増々母性が止まらなくなった。




「私を売る以上、あの屑がノイエを殺すか売るかすることは予想できた。なら先に折を見て殺してしまうのもありかなって……そんな目で見ないでくれる? 先手必勝は大切よ?」




 相手は飲んだくれててもラングル家に迎えられたほどの逸材だ。間違いなく強い。

 十分に準備をして始末……掃除する必要があった。

 ただそのことを考えていると妹が普段以上に甘えてきて決心を鈍らせる。


 実行できないまま何年も過ぎ、妹は愛らしい少女へと成長した。

 それ以上に自分が周りの男性の視線を引き付ける存在へとなってしまった。




「美人って罪よね。立ってるだけで男が言い寄って来るのだから」




 言い寄って来るぐらいならば良い。食事を奢ってもらえるなら、大食漢の妹の分まで買って貰って助かる。面倒くさいのが無理矢理にことをなそうとする輩だ。

 押し倒される度に服が破れたり汚れたりと……おかげでどんどん対応がおざなりになって、強引に触れた来た男は基本股間を蹴り上げることとした。




「何人か再起不能にしたけれど仕方ないわよね? 襲う以上襲われる覚悟もしていなくちゃ。

 何よその目は? 体験してみる?」




 ただ父親らしき屑の元に、商人や貴族の使いっ走りのような人物が多く訪れるようになった。

 そろそろ限界かと思い……そうすると妹が抱きついて来て甘えだすのだ。


 なら一層のこと、妹を連れて遠くに逃げてしまおう。


 そう考えだすと妹は家具などほとんどない家の中で必死に隠れようとする。




「分かってはいたのよ。母親を失ったノイエはこれ以上家族を失いたくないと思っていることぐらい」




 でもこれ以上の暮らしは無理だった。

 ドラゴンが大量に湧いて食料が貧窮する中、いつも通りに仕事に出たノーフェは帰宅すると自宅が荒らされていることに気づいた。

 何と言うか逃げ回る何かを追いかけた感じで……それに気づいた時は自然と足が動いていた。




「たぶん川だと思った。勤め先で口減らしに川で……っていう話を聞いていたから」




 駆け付けた先ではあの屑が妹の顔を水面に押し付けていた。

 抵抗もせず……何より生きているのかすら分からない妹の姿を見て、ノーフェは激高した。




「あの屑の嫌なところは足さばきが狂ったほど優れているのよ。どんなに攻撃を仕掛けても回避し続ける。挙句にあの屑は抱きかかえていたノイエを投げ捨てて……砂利の上で跳ねるノイエについ視線がね」




 娘の猛攻を脅威に感じたのであろう父親は隠し持っていたナイフを取り出すと、それでノーフェのわき腹から肺へと刺したのだ。

 回避も出来ずに食らった致命的な一撃にノーフェは自分の死を痛感した。




「ああ死ぬんだ……そう思って砂利の上に倒れ込んだら、死んだと思っていたノイエが動いたの。その姿に私も奮起してね」




 2人の娘を殺し『これからどうやって……』と自分のことしか考えていない屑の背を見ながら、ノーフェは両手で石を掴むとそれを相手の頭目掛けて振り下ろした。


 何度も何度も……




「石を放り捨てて私はノイエの元に向かった。わき腹から刺されたおかげで死ぬほど苦しかったけど、でもまだ動けた。だから可愛い、大切な妹を抱き寄せてね……語りかけたの。内容? 忘れたわよ。死ぬ間際にただただ妹に対して口走った言葉なんだから」




 笑ってノーフェは口を閉じる。


 本当は全部覚えている。とてもとても大切な記憶だから。

 だってあの日初めて……妹が自分の名前を呼んでくれたのだから。


『ノーフェお姉ちゃん』と。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「つまらない話だったでしょう?」

「そんなことないですよ。ノイエの貴重な過去を聞けた素晴らしいお話でした」

「あら? しんみりとして……私はもう死んでいるのよ」

「せっかくの空気が台無しになるからその軽い感じ止めません?」

「良いのよ。こんな空気が私は大嫌いなの。それにノイエもね」

「そうっすか」


 クシャクシャとと左手で自分の頭を掻いて僕は改めて義姉の前に立つ。

 本当に奇麗な人だ。この容姿を見る限り数年後のノイエが楽しみで……あれ? もしかしてこの姉の享年は今のノイエくらい? それだとノイエは姉に勝つポテンシャルが? やはりノイエは最高なのか?


「そろそろ殴って思考を止める必要があるかしら?」

「止めるのに暴力は必要ありませんって」


 両手を上げて降参する。


「何よ?」

「いいえ。恥ずかしいから本心は勝手に覗いてください」

「……馬鹿じゃないの?」


『フンッ』と鼻を鳴らしてお義姉さんが視線を逸らす。


 僕はこんな偉大で尊敬できる人を義姉として呼んで慕える栄誉を得られたことに、未来永劫感謝したいと思います。


「お願いがあるの」

「何でしょう?」

「……私のはどうでも良いから、母さんにはお墓を作って欲しいの」

「はい。ちゃんと義母さんと義姉さんの分を作らせていただきます」

「私は……もう好きにして」


 呆れ果てたご様子で義姉さんがため息を吐く。


「ところでお義姉様?」

「なに?」

「お義母さまのお名前は?」

「ええ」



『スフィラ・フォン・ラングル。旧姓はヒルスイットよ』




 義姉さんがそう教えてくれたこの名前が……後の僕にとんでもない大騒動を呼び寄せるなどこの時は思いもしなかったのです。本当に。




~あとがき~


 良くある没落貴族の物語なので…案外話が膨らみませんでしたw

 ので語り口調で一気に解説です。


 こうしてノイエは人買いに売られあの施設へと…ようやく語れました。

 本来はもっと先のはずでしたが、『義姉さんが出るなら語ればいいやん』と言うことで。


 これで語られていない過去は中の人の数人くらいかな?

 故意に止めている人と作者の度忘れもあると思いますがw




(C) 2021 甲斐八雲

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