お嫁さん。増えすぎ

 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



《何故だ何故だ何故だ何故だ……》


 目の前の現象を理解できずにハルクはことあるごとに異世界魔法を使う。

 その度にあの元王子に纏わりついていた黒い影が実体を得て動き出すが、どれもこれもあっさりと斬られてしまう。原因はあの白い化け物が纏っていた特に強い黒い影の2体だ。


 片方が剣を振るう。実体を得た影たちを全て斬り倒して行く。

 もう片方は……ようやく念願叶いあの元王子を始末すると思ったのだが、背中を踏みつけ何かを言っている。内容までは聞こえないが殺す気配が無い。


《何故だ! なぜ殺さない!》


 彼は知らない。理解していない。

 ノイエが纏っている、自分が『黒い影』と称していた2人の本質をだ。




「このままちょっと雨上がりのカエルのようにプチっと逝ってみる?」

「あは~。僕ってば結構カエルを愛する博愛精神の持ち主なので!」

「つまり同じ扱いを受けても後悔しないと?」

「全ての生物に愛を!」

「……ノイエ。旦那様がお肉食べちゃダメだそうよ」

「何てこと言うのかな!」

「……アルグ様?」

「食べて良いから! おかな一杯食べて良いから!」

「ならこのカエルを潰しても……」

「そっちはらめぇ~!」


 戦略的撤退は走り出して三歩で失敗した。

 理不尽だ。義姉の初速がノイエ並みに速かったのだ。逃げられない。


 結果として僕は地面に這いつくばっている。と、


「あの~。亡者がワラワラと来るんですけど~」

「このまま食べられなさい」

「いやぁ~! 助けてノイエ~!」

「アルグ様。頑張って」

「ノイエも頑張ろうか!」


 姉の命令は絶対なのかノイエが僕の救出を諦める。

 実は僕が義姉と仲良く遊んでいるとか思ってない? ノイエさん?


「目の前に~!」


 腐った足が、爪先が!


「全く」


 グッと背中を踏まれたら、目の前の足が動かなくなった。

 恐る恐る顔を上げると……膝から上が無くなっているのです。


「何よそれ!」

「ん? 一族に伝わる秘術よ」

「具体的には?」


 必死に上半身を捻って義姉を見上げる。

 黙って立っていれば美の化身かと思うほどに奇麗な人だ。ノイエもだけど。


「一言多い」

「失礼しました」


 グッと背中を踏まれた。

 心の中のボヤキが相手に伝わるのは、ただのイジメだと思います。


「秘術の基本はこう。ギュッと拳を握って」

「ほほう」

「で、こう振りかぶって」

「はいはい」

「全力で殴る」

「……」


 あら不思議。亡者の膝から上が消滅しました。


「どんな人体破壊! いやぁ~! 僕も壊される~!」

「その手があったわね。このまま足の裏で」

「ちょまっ! 助けてノイエ~!」

「……お腹空いた」


 ノイエさんノイエさん。愛しい旦那様が凶悪な姉に踏み殺されようと、


「誰が凶悪ですって?」

「心優しいお義姉様と修正させていただきます!」

「ダメよ。死になさい」


 グッと地面に押し付けられた。

 背中に何とも言えない熱を感じる。ドライヤーで温風を浴びせられたような感じかな?


「唯一の弱点は生物に効果が無いの」

「先に言ってよ! 美人な義姉さん!」

「あら? ノイエが居るのに私を口説くの?」

「アルグ様?」

「こんな時だけは食いつきが良いな! この姉妹は!」


 で、ユーリカ。亡者の迎撃を止めて君は何してるの? そんな恍惚とした表情でノイエを頬擦りするとか危ない薬をやっている人に見えるからね!


「ツッコミが追い付かないな!」

「何を言ってるのよ? 基本貴方は突っ込んでばかりでしょう? 毎晩毎晩」

「それは貴女の愛らしい妹を注意してください!」


 心の底からノイエを愛していますが、何も毎晩したいわけじゃないのです。

 出来たら一日おきとかが良いです。この齢で何かが枯れる心配をしたくないんです。


 と言うか毎晩のようにあの光景をお嫁さんの実の姉に見られていたの? 何その痴態?

 当初の初心な僕なら発狂していたね。今の僕ならだって? 聞くなよそんな恥ずかしいこと。


「でもアルグ様……」


 ポツリと呟いたノイエが首を傾げる。

 頑張れノイエ。君なら出来る。


「最近してくれない」

「してるから! 毎晩のように!」

「……誰と?」


 無表情で告げて来るお嫁さんの顔を真っすぐ見れませんでした。

 言い分としてはノイエの体は……そう言うことで、ノイエ本人としているかと問われると微妙かな?


「結婚して一年でもう飽きられてしまったのね」

「そこの義姉。どさくさに紛れて酷いことを言うな!」

「飽きたの?」

「飽きてないから! 今でも僕はノイエに興味津々ですから!」

「ならどうして?」


 なんだこの的確に心を抉って来るようなノイエの発言は? まるで誰かに言わされているかのような……言わされている?


「もしもし奇麗なお義姉さん」

「何かしら? 潰れたカエル」

「潰れてないし。潰れたカエルはただの死体だし。じゃなくてノイエに何かしてますか?」

「……さあ?」


 何かこの人ってばアイルローゼのようなリアクション取るんですけど!

 澄ました顔して肩を竦めて! 美人は何でもありだな! 似合っているけど!


「ただノイエが自分の言葉を口に出せていないから噛み砕いて教えてあげているわ」

「何割改ざんしてますか?」

「半分ぐらい?」

「それはもう別の言葉ですから!」


 ウギャーと騒げど義姉の足元から逃げ出せない。

 ノイエの姉たちは僕を踏むのが大好きだな? 全員Sなのか? S……ファシーさん怖い。ファシーさん怖い。


「アルグ様」

「ふぁい」


 現実逃避している隙にノイエが口を開いて来た。

 しまった……油断した隙にまた入れ知恵を得たか?


「お嫁さん。増えすぎ」

「ぐふっ」

「お嫁さん。抱きすぎ」

「ごふっ」

「お嫁さん……それ分からない」

「義姉~!」


 やはりお前か! なんて恐ろしい攻撃だ!

 今日はとにかく精神ダメージが半端ないんですけど!

 姉たちの集団暴行で僕のハートはブレイク寸前さ!


「そっか」

「はい?」


 ノイエが何かに気づいたっぽい。

 だからいつもの調子で彼女は口を開いた。


「お姉ちゃんたち……邪魔」


 僕はその時、たぶん時間が止まるのを感じた。絶対に時間が停止した。

 で、気づくと義姉とユーリカが端に移動して両膝を抱いていじけていた。地面に『の』の字を書いている。


「アルグ様」

「はい?」


 亡者を殴り飛ばしてノイエがやって来る。

 普通に殴れるんだ。僕の危惧って一体?


「凄く静か」

「……何が?」

「みんなが?」

「……」


 頑張れみんな~! ノイエは言葉が足らないだけで悪気はないんだ!


「ノイエ」

「はい?」

「今の言葉を撤回して」

「てっかい?」


 小さく首を傾げるノイエの姿は可愛らしい。じゃなくて今は脳裏に焼き付けて満足しておく。


「そうしないとお姉ちゃんたちがあんな風になっちゃうから!」

「……ゴミのよう」


 そんなこと言っちゃダメー!


「アルグ様」

「なに?」

「もっと静かになった」

「頑張れみんな! 今のノイエは無意識に悪口を言ってるだけだから!」

「悪口?」

「そうそう」


 ふと視線を向けたら2人の姉が地面の上に体を横たえていた。

 お腹の上で手を結びそのまま目を閉じたら死んでしまいそうな雰囲気でだ。


「ノイエはみんなのことが大好きだよね?」

「はい」

「居ないと寂しいよね」

「はい」

「その気持ちを口にして!」

「……」


 頑張れノイエ。君は出来る子だ。ファシー以上に出来る子だと僕は信じているから!


「……邪魔は良くない」

「とどめに走るな~!」


 昇天しそうな2人の姉を見ながら、僕はどうにかノイエと交渉を続ける。

 この一件が終わったら10連続でノイエだけを相手すると約束し……彼女は『みんな大好き』と自らの口でそう宣言した。

 何故か幽鬼のように立ち上がった2人から怒った口調で感謝の言葉を頂いた。


 ただ落ち着いて考えると、最近ずっと姉たちばかりを相手していた僕も悪い。

 この10連ではノイエだけを愛し、祝福の壁を乗り越えて子宝に恵まれてしまうぐらいに頑張ろうと思います。


 で、あの枯れた爺はずっと苦悩しているけど……まさかこれが最終攻撃じゃないよね? 馬鹿なの? もしかしてネクロマンサーなのに幽霊のことを理解してないのかな?

 そうだとしたら敵と認識したくないほどダメな存在なんですけど。




~あとがき~


 ちなみにノーフェは妹より感度が遥かに劣るので第三者の心は手の届く距離じゃないと読めません。

 ただノイエが相手だとその距離が数倍伸びます。血縁ですから。


 無意識の悪口でノイエが姉たちを一斉に駆除しましたw


 Q・相手の胸の内が聞こえるノイエが、時折アルグスタが望むものと反対になる理由は?

 A・焦っている彼が楽しそうに見えるから、楽しんでいると思っているからw


  無意識に小悪魔なノイエなのです




(C) 2021 甲斐八雲

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