これは戦略的撤退で~す!

 聖女聖人と呼ばれる者たちの歴史は数多い。

 大陸のどのような国にもその手の類は存在していた。

 勿論小国ユニバンスにも存在している。眉唾物ではあるが。


 ラングル家は遺伝として『聖女』が生じる一族なのだ。そう伝わっている。

 だがその価値をユニバンス王国の国王たちは理解していなかった。故に貴族たちからも理解を得られず……最終的には潰されるのを黙認されてしまったのだ。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「初めまして。ノイエの夫である人」

「どうも初めまして。アルグスタです」


 ノイエに抱きかかえられたままで彼女の姉と挨拶をする。

 今の僕は色んな意味で輝いていると思う。マイナス方向で。


 お嫁さんにお願いをして地面へと降りる。


 何故か抵抗する彼女にラスクの全てを渡したら応じてくれた。

 受け取った袋に手を入れ一欠けらずつ口に運んでモグモグする彼女の様子を見ているとほっこりする。すると姉のノーフェさんもほっこりしていた。


「えっと……義姉さんと呼んでも?」

「どうして?」

「……ノーフェさんと呼ばせていただきます」


 質問したら真顔で見つめられた。ノイエ並みに冷たく感じる無表情で、尚且つその目が全く笑っていない。

 はっきり言って恐怖しか感じませんでした。


「ノイエ」

「はい」

「あっちの犬……お姉ちゃんと遊んでなさい」

「はい」


 パクパクモグモグしていても姉の命令は絶対らしい。

 ノイエは軽い足取りでユーリカに近づくと、何故か彼女は全力で妹を抱きしめた。


 あれは間違いなくぬいぐるみ代わりにしている。

 妹に癒しを求めるな。出来たら次は僕に貸してください。心が死にそうです。


「で……どこかの愚息様?」

「はひ」


 冷ややかな声がとても怖いのです。

 ノイエの魔眼の中に住まう猛者たちと“対等”に渡り合ってきたこの僕が全力で逃げたくなっている。本能が囁きかけるのです。『逃げろ。今すぐに』と。


「“私”の妹をあんな風にした責任をどう取るのかしら?」

「……一生を費やし彼女を幸せにするため全力で取り組んでいく所存です!」


 深々と頭を下げての所信演説です。

 僕の人生はノイエの為にあるのです。ノイエと共にあるのです。何人たりともその決定を覆すことは許さない。


 しかし僕の誠心誠意は通じないのか、彼女は真正面に立つとバキバキと指を鳴らしだした。


「どう責任を取るのかしら?」

「全力で幸せにします」


 スッと相手の左手が僕の襟元を掴む。

 ギュッと掴んで……その硬く握りしめた右手の拳は何処に向かって放たれるのでしょうか?


「最後にもう一度だけ聞きます。どう責任を取るのかしら?」

「……」


 これがプレッシャーか?


 相手から何とも言えない冷たい気配を感じる。

 両膝がカタカタと震え、彼女の左手が襟を掴んでいなかったら膝から崩れ落ちそうだ。


「答えられないの? なら」


 根性見せろ! 相手はノイエの実の姉だぞ!


「ノイエを絶対に笑わしてみせます!」


 色んな言葉が頭に浮かんだけれど、僕の口から出たのはそれだった。

 だって僕はノイエの笑顔を……ノイエ自身が作り出した満面の笑みを見たことが無い。それを見たい。見たいんだよ!


「……そう」


 スッと左手が離され僕は地面に座り込んだ。

 無表情だった彼女の表情に優しさが戻り……そして柔らかな笑みが浮かぶ。


「本当に覚悟だけは一人前ね。あとは実力が欲しいのだけど?」

「対処します」

「お願いね。あの子は……」


 そっとノーフェさんは妹を見る。


 ユーリカに抱きしめられて頬擦りされているノイエは、感動の再会よりも空腹を満たす方を優先している。

 少しは姉の相手をしてあげなさい。


「聖女と呼ばれるほどの才能を秘めた空っぽだから」

「はい?」


 空っぽって何ですか?




ユニバンス王国・王都内上空



『ししょう? せいじょって?』

「過去に存在していた事例は多すぎるくらいに多い存在ね」


 魔女の魔法で音を拾っているおかげで2人にはその声が届く。

 疑問に思ったら即質問して来るのがこの弟子の美点である。向学心が抜けて強いのだ。


「問題はどの類の聖女ってことかな?」


『しゅるいがあるのですか?』


「あるわよ~。代表的なのは“癒し”かしらね」


『ちゆまほうはふかのうです』


「そうね。でも魔法じゃない力でそれを可能にするのが聖女なのよ」


『すごいですね』


「そうね。だから権力者はその力を求めて聖女を異世界から召喚しようとしたこともあるのよ。はっきり言えばただの誘拐よね。私たちとは違って」


『はんざいですか?』


「そんな悪いことをした人も過去に……いいえ。きっと今も居るはずよ。でもそんな悪いことをしても欲しくなるほど聖女には価値があるのよ」


『ひどいです』


「そうね」


 箒に座り下を見つめる魔女はただ寂しげに呟いた。


「この世界だとよく聞く話よ……悲しいことにね」




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「あの~ノーフェさん? 空っぽって?」

「ん? 義理とはいえ姉を名前で呼ぶなんて酷い義弟ね」

「……義姉さん」


 不満など絶対に口にしない。僕は空気を読める男ですから。


「義姉さん。空っぽって?」

「馴れ馴れしく質問をされるほどの仲とは思っていないのだけど?」

「つまり聞くなと?」

「頭を下げてお願いすっ」

「是非にお願いします!」


 直角になるほど腰を折ってお願いする。

 僕の頭はあっさりと下げられるので有名なのです。


 元王家? 元王子? 何それ美味しいの?


「……どうしてこんな人が……」


 声がして頭を上げたらノーフェさんが額に手を当てて顔を振っていた。


「元王子でしょう?」

「今はノイエの夫ですから」

「……もう疲れたわ」


 ため息交じりで彼女は妹へと目を向けた。

 ユーリカがノイエを片腕で抱きしめながら僕らの周りを移動しているおかげで亡者は襲って来ない。


 そろそろ言いたい。ノイエを放せ。それは僕のだぞ?


「で、空っぽって?」

「言葉の通りよ」

「はい?」

「あの子は聖女なの」

「……そろそろ主語のある会話を求めても良いですかね?」

「説明が難しいのよ」


 それを説明していただかないと話が続かないのです。

 頑張って義姉さん。会話を諦めるのは君たち一族の特徴なのですか?


「私たちの一族……特に女性には人の心の内が伝わる者が生まれやすいの。特にその才能が顕著だったノイエは、子供の頃から空っぽだったのよ」

「あれって生まれた時からなんですか? 貴女が溺愛し過ぎて……」

「殴り殺すわよ?」


 とても穏やかな表情でニッコリと義姉さんが笑顔を向けて来る。

 少し漏らしそうになりました。


「あの子は生まれた時からあんな感じよ」

「そうなんですか?」

「ええ。あの子は周りの声を聴くことに忙しくて自分のことなんて何もしないの」

「それって?」

「馬鹿な子だと思ったでしょう?」


 義姉さんがそう問うて来るけど……馬鹿な子? えっ? 違うでしょ?


「正直可愛いなって」

「貴方も大概ね」


 何かよく聞くなそれ。でも可愛いでしょう?

 聖徳太子の故事にあやかり一斉に声をかけられて目を回すような……僕の脳内ビジュアルはそんな感じでしたよ?


 ずっと疑問に思っていたことが理解できた。


「だからノイエって困っている人の元に一番に駆けて行くんですね」

「そうね。あの子は優しすぎるのよ。自分のことよりも相手のことを一番に考えてしまうから」


 規格外の妹をもつと大変だね~。

 もうお亡くなりになっているからどんなに苦労しても死ぬことは無いし、大丈夫でしょう。ついでに妹の中に居る問題児だらけの姉たちの方もどうにかしてください。

 日々頑張っている義弟に優しくしても罰は当たらないと思います。もう死んでるんだし。


 ほとほと困り果てた様子で義姉さんがため息を吐いた。そしてニッコリと笑いだす。


「だからあの子は誰を救おうと考えすぎて身動きが取れなくなるとか、会話の途中で相手の心を読んで言葉を続けられなくなるとかそんなことが起こるの」

「そうなん」

「で、私もノイエほどではないけれど人の心は読めるから」


 僕の言葉を遮ってバキバキと指を鳴らしだした義姉さんに対し、背中を見せて全力で走り出す。


 これは戦略的撤退で~す!




~あとがき~


 ノイエの秘密を暴露する姉なのです。

 大丈夫? ちゃんと辻褄合っていますか?

 たまにノイエの設定が初期設定とごっちゃになるから怖いんです。


 で、ノイエがどの類の聖女なのかは…追々後々にでも。つか姉が語ってしまうかも?




(C) 2021 甲斐八雲

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