閑話 8

「ん~。んっ……ん~」


 グシグシと目を擦ると自然と欠伸が込みあがって来る。

 まだベッドが私(イーリナ)を呼んでいる気がするけれど、このまま倒れ込むのはダメだと理解している。

 理解しているが人は誘惑に対してとても脆弱な存在だ。このまま倒れ込めばベッドが私を優しく抱きしめてくれる。


「んっ」


 努力で枕に腕を置き、ピンと両腕を伸ばす。

 長年の努力でようやく培った拒絶だ。拒否の姿勢だ。そもそもこう暑くなってくると優しいベッドが酷い存在にすら思えてくる。寒い時期はあんなにも恋焦がれた存在なのに……やはり私も女性なのだな。気持ちが移ろいでしまうとは。


 覚悟を決めてベッドからはい出し床に足を置く。

 ひんやりとした石の感触に……この辺りに敷いていた絨毯はどこに消えたのだろうか? ああ。先日飲み物をこぼし掃除が面倒だからと始末したのだった。

 今度の休みに買いに行かないと……ところで先日とはいつだったか? 雨期の前だった気もするが? まあいい。今度の休みに買いに行けば問題ない。


 少しボサボサとする髪を掻きながら部屋の中を移動する。

 少し前に弟子にした小さなメイドに掃除させたから比較的奇麗だ。ただ部屋の中からタンスの中まで整理されてしまったのでどこに何かあるのか分からない。


 今必要なのは下着の類だ。


「ここかな?」


 タンスを開いて回ると畳まれて収納されている下着を発見した。

 何をどうしたらこんなに小さく畳めるのだろうか?

 1枚手にして広げてみれば皺1つ残らないとは、あの小さな子は魔法を覚えなくても十分に生活していける気がする。


 また込みあがって来た欠伸を噛み締め、昨日から穿いている下着を脱ぎ捨てる。

 そのまま放置しているとあの小さな弟子と一緒に来るメイドが煩いから、洗濯籠に向かい適当に放り込む。これで文句はないはずだ。


 下から下着を身に着け……気のせいか下着が小さくなった気がする。気のせいだ。私は食べても太らないから下着が縮んだのだろう。そうなるとやはり胸もキツイな。

 久しぶりに姿見の前に立てば、見慣れは私の姿がある。もう何年と姿は変わらない。変わるとすれば髪の長さぐらいだ。こっちもそろそろ切った方が良い。


「下着を前に買ったのは……何年前だろうか?」


 鏡に映る下着はだいぶ傷んでいるようにも見える。

 タンスの方に目を向ければ……やはり痛んでいる。

 そういえば小さな弟子が言ってたな。『そろそろ買い替えた方が良いですよ』とか。


「……仕方ない。今日は女性特有のあれがこれしてそんな感じだから休もう」


 どうせ今日もドラゴンは出ないだろう。

 それに私はただの魔法使いだ。そんな私にドラゴンをどうこう出来る力なんてない。


 予定を変更し、私は仕事着ではなく私服を……どれもこれも痛んでいるな。

 比較的大丈夫そうな物を引っ張り出してそれを身に着ける。


 これはあれだな。今日は1日自分の身の回りの物を買いに行くべきだ。


 服を着て具合を確認し、最後に壁にかかっているフード付きのローブを身に纏う。


 完璧だ。




 兵たちの待機所に向かうと、ワラワラと暑苦しい格好をした男共が大量に居る。

 このユニバンスは女性兵も多く在籍しているが、それでも男の方が多い。そんな暑っ苦しい人垣を潜り抜け、私は通称ノイエ小隊と呼ばれる者たちが居る一角へと向かう。


 正式名称は“対ドラゴン遊撃隊”だ。

 一度“対ドラゴン大隊”に昇格したが、また降格した。


 そもそも『大隊に昇格すること自体がおかしかった』と女子寮の食堂で誰かが言っていた。『夢を見させて』とも。


 少し気になって聞き耳を立てていたら、何で大隊に昇格させたのは軍閥上級貴族の意向だったとか。そこで複数の小隊を創設し対ドラゴンで得られる利益的な物を得ようと企んだらしいけれど、まずドラゴンスレイヤーが居なければ小隊の設立は出来ない。


 軍閥貴族たちは『ならば小隊を複数設立してドラゴンスレイヤーが持ち回りで任務に当たれば』と引き下がったらしいが、そんな無茶な要求は彼女の夫が許さない。

 何でも笑顔で『寝言は寝て言え剥げ親父。お前の屋敷に間違ってドラゴンの亡骸が飛んで来ないことでも祈っておけ』と言ったそうだ。


 結果彼女の夫は陛下から凄く怒られ、ついでにその貴族たちは現実に起こりえるかもしれない“事故”に恐怖に震え元の形に落ち着いたとか。


 顛末だけ聞けばここ最近のユニバンスではよくある光景だ。ただ陛下たちは軍閥貴族の力を削ごうとして大隊にしたのかとも思える。無理に自分たちの主張をごり押ししたその貴族たちは現在かなり発言権を失ったとも聞くし。


「イーリナ様。おはようございます」

「……おはよう」


 私を見つけて元気よく挨拶して来るのはノイエ小隊所属のモミジ・サツキ様だ。

 他国から修行のためにこの国で預かっているドラゴンスレイヤーという。


 ただ魔法を扱う者としては彼女のドラゴンスレイヤーの力よりも、その黒髪黒目の方が気になる。伝説に残る三大魔女がその色をしていたと言い、何でも髪や目の色が黒に近いほど強い魔法使いが生まれやすいとも言われている。


 ただあくまで迷信だと私は思っている。

 この国には赤毛の天才と呼ばれるアイルローゼが居る。彼女の実力は群を抜いているのだ。


「どうかなさいましたか? 待機所に向かうならあちらの馬車がそろそろ」

「ああ。済まない」


 モミジ殿の色を見ていて少し呆けてしまった。


「今日は女性特有のあれがこれして」

「そうですか」


 やはり同じ女性なこともあり彼女はすんなりと納得してくれた。


「でしたらあとで休暇願を提出してくださいね」

「……それは?」


 休暇願とは?


「はい。ノイエ小隊独自の決まりです」


 親切にも彼女は詳しく教えてくれた。


 ドラゴン退治を主に行うノイエ小隊は、ドラゴンの活動に合わせて行動するので連勤になりがちになる。それを解消するために必要人数以上出勤していれば、比較的休みを取れるように調整されているとか。それもこれも全てあの上司の発案だという。


「それは凄い」

「ただ休みすぎますと長期休暇の時に強制的に出勤してもらうことになりますけどね」

「なるほど理解した」


 ただ今日が休めるなら私的には問題ない。


「ああ。モミジ様」

「何でしょう?」

「部屋で休む前に少し下着などを買いたいのだが、私はその手に疎くて」

「でしたらいいお店があります」


 手続きの仕方を聞いてからそっちのことを相談すると、彼女は本当に親切に教えてくれた。

 何でもあの上司は使い古した衣服を手直ししそれを販売する店もやっているとか。


「ここだけの話、ノイエ小隊所属でしたら割り引いてもらえます」

「……それは良いことを聞いた」


 周りの目や耳を気にしてモミジ殿が詰め寄りこそっと教えてくれた。

 あまりお金を使いたくなかっただけに嬉しい情報だ。確りと活用しよう。


 私はその場を離れ街の方へと歩いて行った。



 今にして思えばその時に気づくべきだった。

 あの上司の周りにはおかしな人間しかいないという事実に。




「これよ! これ! これを着てみて!」

「いや……そんな明るい服は」

「大丈夫! 絶対に似合うから!」

「ええっと……」

「ああ! こうなるとそっちの服も……何なら下着から何から全てを揃えたくなるわね!」

「私は別に……市販の安い大量生産の……」

「ダメよ! せっかく可愛いんだからもっと着飾らないと!」

「可愛いと言われても……私はその……今年で20代も」

「年齢なんて関係ないの! こんな磨けば光る素材を前に私の何かが訴えかけるの! 磨け……徹底的に磨き上げろと!」

「あの~? 私の話を聞いてもらえますか?」

「そもそもこんな全身を隠すようなローブは絶対にダメ! こんな女の敵は切り刻んで捨ててやる!」

「いや~! それが無いと私は外を歩けなくなる~!」

「ついでにその髪も私が整えてあげるわ! 心配いらない……ちょっとお姉さんに任せなさい!」

「いや~! 襲われ……犯される~!」



 抵抗空しくイーリナは、バックヤードの住人と呼ばれる女性の手により強制的に生まれ変わった。

 フリフリのドレス姿のイーリナが顔を真っ赤にして女子寮に逃げ込んでくる姿を多数の同僚が目撃し……何故かその日から彼女に声をかける者が増えたという。




~あとがき~


 イーリナさんのとある1日でした。


 ノイエ小隊に異動となり初めての休日…なんですけどね。

 やはり変人の周りには変人しか集まらない気がw


 何気にコリーさんがホリーの姉なんだなと納得しました。


 次回はポーラの予定です。たぶんきっと?




(C) 2021 甲斐八雲

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