ウチのお嫁さんは姉殺しですから
空が青い……で、何故に空が見えるの?
瞼を開いたら驚いた。空が見えるのだ。
最近の天国は空とかあるんですかね? 前回は……三途の川とか無かったな。うん。気付けば幽霊になっててあっちこっちフラフラしてたし。
というか前回感じたあの希薄な感じがしない。
ちゃんと鎧で守られているような安心感……つまり僕は生きている。
さあ落ち着いて考えよう。何があった?
確か敵と戦っていたら横から凄い攻撃を受けて……記憶はそこまでだな。うん。
体を起こそうとしたら物凄く怠い。1日プールで遊んで帰宅した感覚だ。
「あ~」
必死に声を出して起き上がれば、余りの景色に僕はもう一度横になった。
空の青さが素晴らしい。きっと僕は空を愛しているのだろう。
「どうしてまた寝るんだよ?」
「認めたくない現実が色々とありまして……」
「何だよそれは」
呆れた様子で彼女が前屈みになり僕の顔を覗き込んでくる。
逆光でキラキラとその髪が輝いて見えるのはノイエの髪質が素晴らしいからだろう。けれど色が良くない。紫って何さ? 髪も瞳も紫って……該当する人物が数人で、たぶん直感であの人だと分かったけどね。
「ってアホ毛が無い!」
「あほ?」
怪訝な眼差しを向けてくる彼女を無視して僕は起き上がった。
いつからこの世界の重力は3倍増しになったんだ? 重いが我慢!
起きた僕を呆れた様子で彼女が見つめてくる。腰に手を当ててため息交じりだ。けれど改めて確認するとやはり彼女の頭に触角のようなアホ毛が無い。つまり封印が解けている。
「ここの髪はどうしたの?」
「……ああ。無いな」
「今? 今気づいたの?」
「知らないよ。寝てたら勝手に外に出てたんだ」
自分の頭に手を当てて彼女はようやくそこにあるべき物が無いことに気づいたらしい。
勘弁してください。それが無いと……どうなるの?
「まあいいや。とりあえず助かったのかな?」
辺りを見渡せば転がっているのは死体だけだ。人とドラゴンが入り混じっている。
たぶん何かが起きてノイエが暴走したんだろう。あとで詳しい説明を……封印主であるエウリンカからも聞かないとダメか。
「……それはどうかな」
「はい? ……はい?」
ノイエが手にした剣を僕に向けて来た。
エウリンカ作の魔剣だ。いつの間に!
「ようやく外に出れたんだ……暴れたいんだよ。私は」
「十分でしょう? これだけやったんだから?」
死屍累々だよ? 正直鼻で息したら臭いぐらいだよ? 若干胸がむかむかして来たよ?
けれどノイエは彼女が絶対に浮かべないであろうニタリとした嫌な笑みを浮かべる。
「私が誰か知らないわけじゃないだろう?」
「知りたくないのですが」
「つまり知っているんだろう?」
重ねて問うてくる相手に僕はため息を吐く。
「……ジャルスだろう?」
「正解だ」
グイっと剣先が僕の喉元に延びて来た。
「なら私がノイエの外に出れない理由も知っているな?」
「……過激すぎるんだろう? 少しは大人になりなさい」
「馬鹿か? 人殺しに年齢は関係ない」
「そういう意味の大人じゃないよ。全く」
グシャグシャと自分の頭を掻いたらズキッと痛みが……何となく手に視線を向けたら真っ赤に染まっていた。返り血ですか?
もう一度確認したらなんか傷があった。
「……実はもう1回ぐらい殴られました?」
「どうかな」
こわっ! 恐ろしいことをはっきりと!
もしかして気絶するときに食らったあの一撃はジャルスが原因か?
向けられた剣先がピクリとも動かず僕の喉を狙っている。ヤバい。コイツどうやら本気だ。
「で、僕を脅してどうする気?」
「……さあな? 実は考えてなかった」
「おい」
「何だ? 刺殺した方が良いか?」
「勘弁してください。ノイエが泣きます」
「……それは厄介だな」
笑い彼女が剣先を落として僕の鞘に剣先を押し込んでくる。
スルッと鞘の中を流れるように剣が収まった。
「あれは泣き出すと止まらないからな」
「経験者?」
「……施設に居た者の大半が経験者だ」
やれやれと髪をかき上げてジャルスがかぶりを振る。
「それよりお前」
「はい?」
「……何も覚えていないのか?」
「何が?」
気絶している間に僕は何かしましたか? というか気絶しているのだから、何もしないですよね? ですよね?
首を傾げる僕にジャルスが眉間に皺を寄せて頭を振り続ける。
何そのリアクションは?
「なら約束は今度か」
「約束?」
「分からないなら気にするな。今度何かの機会があれば勝手に果たすから」
「そうっすか」
意味が分からないけど相手が納得してくれるならそれはそれで良い。
「さてと……問題はどうしたら本来のノイエに戻るのかな?」
「知るか」
やる気なさそうに彼女は僕の前から移動すると、ノイエが殴り殺したドラゴンの死骸を椅子代わりに座った。
「少しは協力しませんか?」
「……面倒くさい」
ゴロンとそのままドラゴンをベッドにするとか……凄いな。
呆れつつも僕も歩み寄って彼女を見る。
ノイエの姿をしているが彼女はジャルスだ。
撲殺魔ジャルス。戦争の折にブシャールで名を馳せた兵だ。
カミーラとは違い部隊を預かったりはしていない。あくまで個人で活動していた。
その理由は協調性の無さ。何より戦場で暴れる彼女は敵味方関係なく攻撃をした。寄れば殺されるからと避けられていたとか。あと上官を数人殴り飛ばして出世の道は完全に途切れていた。
「昔っからそんな感じで独りだったの?」
適当な石に腰かけドラゴンベッドで横になる彼女に声をかける。
まあ角度の都合で足しか見えないけど。
「……静かでいいだろう」
「寂しくないの?」
「そんな感情は持ち合わせていない」
「そうか」
でも彼女から聞こえてくる声はとても寂し気だ。
強くて暴れん坊な所はカミーラに似ているが、姐さんは探求者な一面が強い。自分がどこまで強くなれるのかを追い求めている感じがする。けれどジャルスの様子は違う。強い力を持て余しどうしたらいいのか分からない生き物のようだ。
何かテレビで見たことがあるな。ヤマアラシのジレンマだっけ? 甘えられない的な感じの話だったっけ?
「ジャルスってさ……人付き合いとか苦手?」
何気なく質問してみた。無視されそうな気もするけど。
「弱い者と群れてどうする? 使われて疲れるだけだ」
意外と返事がすぐに来た。ビックリだ。
「うん。でも寂しくないよ」
「……そんな感情は」
「うん。無いんだろうね」
「……」
ムクッと彼女が起き上がり、ドラゴンの上から僕を睨みつけてくる。
「私を馬鹿にしているのか?」
「違うよ」
「ならなんだ?」
「少し尊敬してるのかもね」
「……はぁ?」
思いっきり呆れられた。
「尊敬ってこの私にか? 馬鹿か?」
「馬鹿なのは分かってるけど……でも今の言葉は本心だよ」
うん。だって僕には絶対にできないから。
「僕には絶対にジャルスのような生き方は出来ない。だって寂しいのは辛いと知ってるしね」
幽霊をしていた時なんて誰にも気づいてもらえなかった。
でも僕はクラスメイトの家々を回り……今にして思えば別れの言葉を伝えるという理由で誤魔化していただけだ。ただ寂しかったのかもしれない。独りぼっちが。
「だから僕は皆と一緒が良い。独りぼっちは寂しいからね。だからジャルスのことを少し尊敬するよ。僕には絶対にできないから」
「……嫌な男だな」
また彼女はゴロンと横になった。
「あっちも嫌な奴だったけどこっちも嫌な奴だ」
「あっち?」
「誰かに聞きな。面倒くさい」
だから何のことだか説明して欲しいんですけどね?
「……ただ」
「はい?」
ポツリと聞こえてきた言葉に視線を向ければ、一度起き上がったことで位置が変わったのか……ノイエさんの足の付け根がっ! 何かとってもエロスを感じます!
「ノイエに懐かれるのは嫌いじゃなかった。それだけだ」
「……ウチのお嫁さんは姉殺しですから」
「違いない」
苦笑じみた声がして、しばらくすると彼女がまた体を起こした。
復活したアホ毛をフリフリとさせた本来のノイエだ。
「おはようノイエ」
「……アルグ様っ!」
座った姿勢からの飛びつきという奇跡を僕は目撃した。
~あとがき~
目覚めれば死屍累々の惨劇の真っただ中…そして傍らにはジャルスの色をしたノイエが。
この主人公のメンタルがストロングすぎることに作者ながらにちょっと引きますw
ジャルスは面倒くさいから群れることなどしたくないんです。
だって自分より弱い人が周りに居たら足手まといじゃないですか?
だから要らないのです
(C) 2021 甲斐八雲
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