高い飯を奢らせてやるよ!

 乱れた髪を乱暴にかき上げ、彼はそれを撫でつけた。出血でもしているのか血が丁度良い感じで髪を押さえる。

 周りの視線や向けられている剣先など気にもしないで、次は服に付く土ぼこりを払う。


 余りにも変化し過ぎた相手の様子に、騎士たちは今一度注意を払い剣を構え直した。


「……全く。何処を探せば自分の嫁が原因で死にかける夫が普通居る? 本当に馬鹿すぎて困る」


 愚痴をこぼし彼は手にしている剣を軽く振るった。

 先ほどまでの道具にて寄り切った動きではなく、自然と振るうその動作には慣れを感じる。


「久しぶりでも動くものだな。驚きだ」

「何をさっきから!」


 目配せで騎士の1人が死角から剣を振るい襲い掛かる。

 けれど慌てた様子もなく彼は足さばきのみでそれを回避し、すれ違いざまに騎士の首を軽く撫でた。手にした剣の刃でだ。


「あっ……あがっ」

「軽い剣だな。それによく斬れる。悪くない」


 スッと冷たい笑みを浮かべ、彼は自分が斬り捨てた相手に視線すら向けない。


 ゆっくりと辺りを見渡し……額に手を当てた。


「こんなくだらない状況で死にかけるなよ。馬鹿が」

「何を言っている!」


 明らかに落胆している人物に剣を振りかぶり騎士が襲い掛かる。

 けれどその騎士は囮だ。もう1人も同時に動き、2人で確実に仕留める動きを見せる。


 帝国騎士の挟撃に対しても彼は動じない。

 スルッと滑らかな足さばきと剣の動きで同時攻撃を回避し、受け流し……白刃を煌めかせて自身が持つ剣を振るう。2人分の悲鳴と鮮血が上がった。


「帝国の騎士は弱いな?」

「……何者だ?」


 最初に彼に襲い掛かり怪我を負った騎士が問う。

 自分たちが知る人物とは姿が同じでも別の物に変化したとしか思えない存在に。


「俺を知らないのか? 敵の情報ぐらい握ってから襲撃しろよ?」


 蔑むように笑い彼は剣先を自分に質問をして来た騎士へと向けた。


「俺の名前はアルグスタ。アルグスタ・フォン・ユニバンス。今はドラグナイトだったかな?」

「それは知っている! だから問うている!」


 からかわれていると感じ騎士は激高した。


「お前は“何者”だ!」

「だから俺は俺だよ」


 彼……アルグスタは人懐っこい笑みを浮かべた。


「俺としてはユニバンスもドラグナイトもしっくりと来ない。しいて言えばルーセフルトが良く馴染む」

「ルーセフルトだと?」

「ああ。そうだ」


 一寸の隙も無い構えを見せるアルグスタに、騎士はゴクリと唾を見込んだ。


 ルーセフルトはユニバンス王国で武闘派として広く知られた一族の名だ。ただ上を目指しすぎて王の怒りを得て滅ぼされた一族でもある。

 そう騎士は認識していた。


「俺はアルグスタ・フォン・ルーセフルト。ユニバンスでも有名だった武闘派一族の生き残りだよ」


 それ以外の存在ではないと言いたげに彼は断言した。


「それにお前たちは俺を見くびりすぎだ。ルーセフルトの人間が弱いとでも思ったか? これだから帝国は延々とユニバンスを攻めて勝てなかったんだろうな」

「我が国を愚弄するか!」

「するさ。愚弄されるようなことをするお前たちが悪い。そもそもこのアルグスタが弱いとどう判断した? まさかあのハーフレンの報告だけを鵜呑みにしたのか?」

「……」


 図星を刺されて騎士は押し黙る。

 手の施しようがないとばかりにアルグスタは頭を振った。


「あれは普通の人間の中じゃ上位に入る実力者だ。そんな人間が『自分より強い』という人間がこの大陸に何人いると思う? この近辺だとノイエぐらいか? ああ。あのオーガもか。つまりそう言うことだ」

「なら我々は……」


 ようやく騎士は理解した。そして気づかされた。自分たちの失敗を。


「ハーフレンが弱いと言ったから俺が弱いと信じ込んだお前たちは、最初からあれの術中にはまっていたんだよ。少なくとも俺は……ルーセフルトの人間が、そこらに居る騎士より弱いわけがないだろう?」

「……」


 押し黙り騎士はジッとアルグスタを睨む。

 確実に自分たちは相手に謀られたと理解したのだ。


「まあ諦めろ。お前たちは運が悪かっただけだ」


 軽く剣を振るいアルグスタは話し相手だった騎士の首を斬った。

 相手は膝から崩れ地面に新しい染みを作り出す。その染みをじっと見つめ……アルグスタは深く深く息を吐いた。


「何より寝ていたところを起こされて機嫌が悪いんだ」


 彼を囲う騎士たちは背筋に冷や汗が生じるのを知った。

 雰囲気が……相手の雰囲気がガラッと変わったのだ。


「俺は……俺を動物のように実験材料にした従兄を殺すことだけを糧に、この世にしがみついているただの亡霊なんだよ。

 あれと出会ったら殺してやろうと待っていたのに……余計なことで俺を起こすな!」


 激昂し彼は剣を振るう。ただ傍から言葉を聞いていれば、寝ていたところを起こされ不機嫌になって暴れているような内容だが、それを指摘する者は誰も居ない。


 襲われる騎士たちは彼の剣技に対応できず、1人また1人と鮮血を上げて地面へと崩れていく。

 気づけばアルグスタの周りには誰も居なくなっていた。


「ったく……つまらない仕事をさせるな。馬鹿が」


 愚痴り髪をかき上げるアルグスタは、咄嗟にしゃがんでその攻撃を回避した。

 軍師を追っていたはずの“彼”の嫁が、握りしめた剣を棍棒のように振るってきたのだ。


「避けるのか?」

「食らったら死ぬだろう?」

「そうか」


 つまらなそうに告げ、彼女は辺りを見渡す。

 全力で逃亡したらしい軍師の姿は見つからない。


「お前のおかげで敵の大将らしいのを逃がした」

「俺のせいか?」

「ああ。この体の本来の持ち主が視線を動かしたせいだ」


 腕を組んで見下してくる存在に、アルグスタはやれやれと肩を竦める。


「それは悪かったな。お嬢さん」

「ん? 舐めた口をきくな……小僧」

「その体で凄むなよ? 少なくともノイエは俺より年下だ」


 立ち上がりアルグスタも辺りを見渡す。


 どうやら本当に逃げた軍師は、追撃回避のために残った戦力を全て投入したらしい。

 疲労困憊と言った様子の魔法使いまでも投入している様子から……余程あの軍師は帝国兵から恐怖されているのだろう。少なくとも逆らえば殺されると認識されているはずだ。


「減速とか言う魔法は?」

「今は途切れているよ」

「……なぜ動ける? どんな仕掛けだ?」


 自然と背中を合わせアルグスタは彼女……ジャルスに問う。

 しばらく生じた間の後に深いため息の音が聞こえて来た。


「あの魔法にはある欠点がある」

「それは?」

「あれは動こうとする力に対して過剰に反応する。だから強化魔法で体全体を覆い操れば、その効果の範囲外となって動かすことが出来る。

 普通ならすぐに魔力が切れる荒業だけどこの体ならしたい放題だ」

「便利だな」

「ああ。便利だ」


 2人はどこか似た表情でほくそ笑む。


「使える魔法は?」

「私は強化系だけだ。そっちは?」

「放出系の重力操作らしい。要は足止めだ」

「そうか」


 答えてジャルスは足元に転がっている剣を蹴り上げ手にした。

 両手に武器を持ちその武器に魔力を流して鈍器とする。


「勝負するかい小僧」

「何の?」


 ニヤリと笑いジャルスはにじり寄る敵を見た。


 また減速の魔法が自身にかけられているのを感じ、それでも久しぶりの戦場の臭いに反吐が出そうになる。

 だからこそ笑う。嫌いな物に対してジャルスは決して負けを認めない。


「負けた方が勝った方に飯を奢る」

「それぐらいならこの馬鹿にも出来るだろうよ。それよりお前は支払えるのか? 体で払うか?」

「上等!」


 売られた喧嘩は買ってから考えるのがジャルスだ。

 そもそも負けなければ良い喧嘩だから悩む必要もない。


「高い飯を奢らせてやるよ!」

「なら俺は……」


 チラリと視線を向けてから軽く首を振る。


「俺はどうもその手の小柄な女は好きになれない」

「言ってな!」


 笑いジャルスは自分の体に強化魔法を流す。


「本当の私はお前じゃ手の届かない良い女だからね!」

「だったら勝ってその姿でも拝むかな!」


 同時に2人は駆け出し……そして一方的な殺戮が開始された。




~あとがき~


 ようやく過去編で立てたアルグスタのフラグを回収できました!

 本来のアルグスタはただ自分を玩具にした人物を殺すためだけに存在しているのです。


 何気にジャルスとは息が合ったアルグスタたちは残りの敵兵を駆逐します。

 どっちが勝つんだろう?




(C) 2021 甲斐八雲

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