あれに好みなんてあるのか?
「ポーラが居ないの?」
「……はい」
何でも今朝からポーラが行方不明だとか。
今にも泣きだしそうな顔でオロオロしいるミネルバさんが、言い方は悪いけど可愛らしい。
いつものすまし顔は崩壊して完全に混乱している。迷子の子犬のようだ。
「僕たちを追いかけたとか?」
「そんなことはしないはずです」
「だよね」
頭の良いポーラがそんな大暴走するわけがない。
僕とノイエが通いだと知っているから……走って自治領に向かうとかは考えられない。
そうなると犯人は1人だ。ポーラの右目だ。
「一応馬鹿兄貴が執務室に居るから相談して探して貰って」
「宜しいのですか?」
「構わないよ」
普段冷静な人がここまで慌てふためくとか、ポーラも罪なことをする。
「必要なら叔母様に声をかけても良いからさ。責任は全て僕が取ります」
「分かりました」
深々と頭を下げてミネルバさんがバタバタと走っていく。
本当にらしくない感じだ。廊下を歩くメイドさんたちがらしくない姿に驚いて二度見してるよ。
ウチの妹のおかげで苦労しているメイドさんを見送り、僕は自分の執務室へと向かう。
相変わらず平和だな~。
「何故に全員でケーキを食べているのか、僕が納得する言葉をどうぞ」
「お腹が空いたです~」
「論外」
拳でチビ姫の頭を挟んでグリグリをする。
『うな~』と声を上げてチビ……悪を滅した。
「そこの見た目だけ幼な妻は?」
「……休憩です」
「ならば良し」
休憩と言うことは仕事を続行するということだ。
つまりまだ働きたいとクレアは言っている。
「ズルいです~。贔屓です~。差別です~」
「あれは僕の部下だ。この無駄飯ぐらいがっ!」
『なぁ~』と色気のない声を上げる悪を退治した。
ただチビ姫のケーキ代は陛下が補填しているから無銭飲食と言うことはない。
ってウチは喫茶店か何かか?
「ノイエおねーちゃんも食べているです~」
「ノイエは良いんです。可愛いから」
「酷い話です~」
煩い黙れ。ノイエの可愛らしさを否定する者など決して許さんぞ?
チビ姫のドレスに付いているリボンを解いて紐を作る。彼女のスカートを捲って頭の上で束ねて作った紐で軽く縛れば……あら不思議。茶巾袋の完成です。
「うな~。王妃として、してはいけない格好をしている気がするです~」
「傑作だな。ノイエの悪口を僕は許さない」
追い打ちでパンパンと手を叩くと……少し間を開けて叔母様が来た。
「お呼びですか? アルグスタ様」
「ミネルバさんから話は?」
「聞きました。現在捜索を開始したところです」
執務室の入り口に立つ叔母様の冷ややかな声に、茶巾袋が言いようのない動きを見せて震えだした。
呆れた様子で肩をすくめ……叔母様が茶巾となっているスカートの一部をワシッと掴む。
「アルグスタ様。このゴミは?」
「頭っ! 頭が……みぃ~です~!」
どうやら頭を掴んでいるらしい。一発で……流石叔母様だ。
「煮るなり焼くなり捨てるなり好きにして」
「分かりました。このまま陛下の執務室に投げ込んでおきます」
「いや~! シュニット様にまた叱られるです~」
脇に抱えて叔母様が馬鹿な王妃を運んでいく。
定期的に陛下に叱られている王妃っていう存在はいかがなものなのでしょう?
僕は待機しているメイドさんを呼び寄せた。
「この食べかけ届けてあげて」
「畏まりました」
一礼してチビ姫が食べていたケーキの皿を手に、メイドさんが部屋を出ていく。
彼女がこの後、あのケーキを食べられたのかは僕も知らない。
ようやくノイエの隣が空いたから僕も腰を下ろす。
チラッとこっちを見た彼女は、フォークでケーキを一口大にカットするとそれを掬って僕の口元に運んできた。
「美味しい」
「ノイエがそう言うなら」
あ~んしてくれるんだからしっかり味わっておこう。
雰囲気だけでも十分甘いのに、ケーキはかなりの甘さだった。
「何これ?」
「新作の『甘さの向こう側に挑戦!』ケーキですね」
同じ物を食べているクレアが返事を寄こす。
あの店の売り物に対して僕は一切口を挟まないけど、こんなの作ってるの? 大丈夫?
「このクリームの中のジャリジャリしたのは砂糖か」
「ですね。冗談で作ったのに意外と売れてるみたいですよ」
「世の女性は甘い物が好きだからな」
クレアの説明で納得した。
ただイネル君が普段座っている場所には腹を見せて寝っ転がるリスの姿が。
明日の移動であっちに運べるか確認しないとな。先生は『行けるはず』と言ってたけど。
「ノイエ」
「はい」
「……まだ食べるの?」
「敵が居る限り」
「名言っぽいことを言って己の欲を満たさない」
「むぅ」
食堂からこっちに移動して来ていたのは大助かりだけどね。
「ちょっと2人きりになりたいからそのケーキ……おひ」
パクパクパクと恐ろしい速さでケーキを口にしたノイエが僕の手を掴み立ち上がる。
「行こう」
「落ち着け~」
「大丈夫」
チラッと彼女は窓の外を見た。
「夜はこれから」
「確かにね。まだ夕方ですらないしね」
「はい」
2人きりになりたいの意味を別に捉えたのか……まあいい。
僕はノイエの手を掴み直して2人で部屋を出た。
「リグの~こと~?」
「だね」
「ん~」
フワフワしたノイエがフワっている。シュシュだ。
「詳しくは~知らない~ね~」
「そっか」
「でも~アイルローゼに~聞いて~おくよ~」
「宜しく」
「ん~」
フワフワを止めてシュシュがこっちを見た。
「お礼はケーキが良いぞ?」
「はいはい今度ね」
「楽しみだぞ」
告げて色が抜ける。
ってノイエさん? なぜ僕を壁際に追いやるのですか? やる気なの? 落ち着け!
「続きは夜ね」
「むっ」
「ここだと誰かに見られるかもだし」
「平気。見られる前に終わる」
お嫁さんが無表情で恐ろしいことを言ってきた。
「それはそれで僕の沽券にかかわるから却下です」
「むう」
少し膨れてノイエが抱きついてくる。
人をスピードキングみたいに言うな。経験を積んで……人並み以上のはずです。きっと。
「とにかくポーラを探して明日の準備をしないとね」
「はい」
「ん~。これで~ケーキが~食べられる~ぞ~」
戻って来たシュシュは、フワフワしながら魔眼の中枢でクルっと一回りする。
ここに居るのはセシリーンとホリーだけだ。歌姫はずっと座っているし、ホリーは顎がカクカクするとか言って無理矢理微調整をしている。
出血を伴う荒業だから、シュシュとしては見ていたくない。
「セシリーン~」
「リグならアイルローゼの所よ」
「あり~がと~」
話を聞いていたのかすぐに答えが返って来た。
フワっと歩き出したシュシュは、通路に転がる死体……カミーラの暴れた後を避けて進んでいく。
「あれ~? ジャルスだ~」
「ん? 黄色いのか」
足を止めて振り返ったのは普段深部に居るはずの女性だ。
名はジャルスと言い、高身長とリグに次ぐ胸を持つ人物だ。
「何処に~居たの~?」
「串刺しが探していると聞いて迎え撃とうとな」
「結果と~して~行き~違いか~」
長く癖のある髪を払いジャルスが呆れる。
「ようやく見つけたら用済みってな。あれは横になっていると喧嘩を売っても買わないからな」
「あはは~」
「だから奥に引っ込むよ」
外に出てノイエと戦うために肩慣らしをしていたカミーラは、どうやらジャルスを練習相手にしたかったようだ。
けれど上手くい出会えずに事が済んだらしい。
「それに私がこの辺に居ると魔女に融かされるしな」
「あはは~。悪い~ことを~しなければ~されない~よ~」
シュシュの声にジャルスは不敵な笑みを浮かべる。
「人を2・3人殺すぐらいだ」
「それだと~」
フワっと舞ってシュシュは魔法を使う。
天才的な封印魔法にジャルスは反応できなかった。
拘束され床に転がされ……ジャルスの首にはシュシュの膝が乗っている。
彼女が本気になれば首の骨を折られ、そのまま深部へと運ばれ捨てられるだろう。
以後、出会えば封印されて捨てられることが確定する。
「ノイエに迷惑がかかるから私が許さない」
「……怖いな。自称ノイエの姉たちは」
本気の殺意を受け、脱力してジャルスは無抵抗を示す。
「解いてくれ。奥に戻る」
「ん~」
魔法を消すと床に転がるジャルスは体を起こした。
「何だ?」
ただ起き上がる様子を見つめるシュシュの視線が気になった。
前線に居た頃……女の尻を追っていた上官の粘着くような嫌な視線をジャルスは思い出す。
「ジャルスって大きいよね?」
「……重くて邪魔なだけだよ」
服からこぼれた胸を押し込み、ジャルスは立ち上がる。
どうやらまたこれらしいと納得して内心で呆れた。
「ん~。ノイエが~好き~そうな~大きさ~だよ~ね~」
「あれに好みなんてあるのか?」
「あるよ~」
フワフワを再開してシュシュは揺れる。
「ノイエは~こだわりが~強い~からね~」
「そうかい」
苦笑し彼女は奥に向かい歩き出した。
~あとがき~
行方不明のポーラは…まあ色々と。
リグの調査を依頼されたシュシュはフワフワと内部を。
珍しく浅い所に居たのはジャルスでした。
本気で殺意を向けてくるシュシュにジャルスはあっさりと降伏です。
というか…シュシュって実は強いんだよね。本人があれなだけでw
(C) 2021 甲斐八雲
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