旦那様から~質問だぞ~?

「んふふ。ふふ。んふふふ。あはっ」


 笑いながら床に何かしらの何かを描く人物……それを訪れた人物は『懐かしいな』と思いながら見つめていた。

 普段の冷たく厳しい姿は完全に消え失せ、確か彼女の弟子であったミローテが言うには『あの興奮して盛った犬のように腰を振る姿が愛おしくてたまらないの!』と言っていた。

 どう見ても、何度見ても愛おしさは覚えない。


「ねえアイル?」

「んふ~」

「お腹が痛い」

「ん~?」


 肩越しに振り返った魔女は、その目を危ない物にしていた。

 暗闇で出会うものなら悲鳴を上げて逃げ出したくなるほど血走った目をしている。


 魔眼の中であんな目をしているのは、ホリーが良くする目だった。

 トコトコと歩いて近づき、彼女……リグは弱々しく床に座る。


「このところずっと痛くて……全然眠れない」

「……痛いままなの?」

「うん」


 作業の手を止めた魔女は座ったリグを横たえてその腹に手を置く。


「こんなお腹を出した服を着ているからかしら?」

「……だから痛くなったのは最近だよ」

「分かっているわよ」


 冗談半分嫉妬半分のような口調に、リグは自分の背中に冷や汗が噴き出るのを感じた。

 褐色の肌に指を這わせ……アイルローゼは一応魔力の流れを確認する。


 この場所に居る限り怪我や病気の類で腹痛になるとは考えにくい。液体になっても自然と復活する場所なのだから。


「少し魔力の流れに違和感があるわね」

「違和感?」

「ええ。でも……」


 手を伸ばしアイルローゼはリグの服を脱がせる。

 全てを外し全裸にし、1つ1つの刺青を確認した。


「式の方に不具合は存在しない。そうなると……」


 考え可能性を見つけ出す。


「最近寝て起きたら別の場所に居たとかは?」

「良くあるから分からない」


 あっけらかんと答えてくる様子にアイルローゼは嘆息した。


「もう少し自分が女だって自覚しなさい。いつも無防備に寝て……その内襲われるわよ?」

「……それは嫌だな」


 軽く身を竦ませるリグの反応が、アイルローゼから見て少し新鮮だった。


 前なら『誰もこんな傷だらけで汚い相手を襲わないよ』とか言っていたのにだ。

 それが今では少し恥ずかしそうにモジモジと太ももを擦り合わせ恥じらっている。


「あら? 少しは男性を意識するようになったの?」

「意識というか……恥ずかしさは昔からあるよ」

「あら? 無駄に大きいこの胸を振り回していたリグが?」

「ちょっとアイル!」


 むんずと掴まれパン生地でも捏ねるかのようにアイルローゼが大きすぎる存在を揉む。

 本当に大きい。どうしてこんなに大きくなったのか……あり得ないと思う。


「あは~。アイルローゼ~。最近~リグを~」


 フワっとやって来たシュシュはそれを見てピタッと足を止めた。


「……やっぱりアイルローゼってそういう趣味があったんだ」

「どういう意味よ!」


 普段のフワフワさ加減を失い真面目に告げてくる旧友の言葉に、アイルローゼは全力で吠えた。


「ミャンが『アイルローゼはこっちの匂いがする』って良く言ってたし」

「あれは本物の変態で私は違うから!」

「この状態でそれを信じろと?」

「……」


 シュシュの冷ややかな視線に対し、アイルローゼは客観的に自分の状況を思う。


 横にしたリグを全裸にし、そしてその胸を揉んでいる。何故か恥じらうリグの姿が艶めかしい。

 しいて言えば全ての行為を受け入れていると言っても良さそうな感じにも見える。


「違うから! 術式の確認だから!」

「胸を揉むのが?」

「これはちょっとした過ちだから!」

「うんうん」


 何故かシュシュは大きく頷き慌てる魔女に視線を向けるる


「大丈夫だよ。私はミャンと一緒に居たから偏見とか持ってないしね」

「理解していますって感じで私を見ないで!」


 頭を抱えて蹲る魔女に……シュシュはポンと胸の前で手を打った。


「ああ。だから旦那ちゃんとまだしてないのか~」

「違うからっ!」

「同性の方が良いんでしょ?」

「だから違うからっ!」


 抱えていた腕を離し、顔を真っ赤にしたアイルローゼはシュシュを見る。


「ただ恥ずかしいだけだから!」

「なら旦那君としてみたいの?」

「それはそうに決まって……なぁ~!」


 増々顔を真っ赤にしてアイルローゼが頭を抱える。

 蹲り丸まった姿勢で床の上をゴロゴロと転がり始めた。


 そっと身を起こしたリグはその様子を見つめ……『アイル可愛い』と思わず呟いていた。




「リグの~お腹が~か~」

「うん」


 ペタンと床に座り、フワフワしているシュシュはそっとリグのお腹に手を伸ばす。

 触った限りおかしな感じはしない。術式や魔力の流れはさっぱり分からないが、ただ直感派のシュシュは漠然と指先をある一点で止めた。


「ここな~気が~する~」

「ここ?」

「だね~」


 全身を揺らす相手にリグは頭を持ち上げ……それでもダメで上半身を起こした。


「リグ~。今のは~自慢か~?」

「仕方ないよ。大きいから見えない」

「やっぱり~自慢か~」


 このっこのっと大きな塊を軽く叩いてシュシュは不満を発散する。

 じゃれる彼女を無視してリグは自分の腹を見つめた。シュシュが指さした場所はたぶん子宮だ。


「最近魔法を使いすぎたから不具合でも出たかな?」

「ん~。開く~?」

「痛いのは嫌だ」

「だね~」


 誰よりも痛いのを嫌うリグの言葉にシュシュも頷く。


「あ~。それか~」

「ん?」

「月一の~あれ~?」

「ここに来てから誰かそれで悩まされた?」

「聞か~ないね~」


 女性であれば定期的に訪れる生理現象。けれど魔眼の中に来てから誰一人としてそれで悩まされる者はいない。

 そもそも食事も睡眠も要らず、排せつも無いのだから。


「そう~なると~」

「嫌だ」

「まだ~何も~言って~ないぞ~」


 けれどリグは自分の腹部を守るように両手を当てる。

 その腕の動きで胸が寄って……若干シュシュもイラっとした。


「リグは~その姿で~外に~出たら~ダメだぞ~」

「どうして?」

「旦那さんが~大きいの~最高とか~言い出し~たら~大問題~だぞ~」

「大丈夫だよ。彼とは友達だし」


 頬を赤くしてリグはそう言い切る。

 間違いなく今はただの友達なのだから。


「ん~。それに~アイルローゼが~可哀そう~だぞ~」

「……」


 それに関してはリグとしても言葉が無い。

 アイルローゼの胸が薄いことは昔から分かっている。何度か胸の大きくなる体操やマッサージなどもした。けれど大きくならなかった……ならなかったのだ。


 そっと2人は視線を動かす。


 両膝を抱えるようにしてシクシクと泣いている術式の魔女がそこに居た。


「アイルローゼ~? そろそろ~泣き止むと~いいぞ~?」

「良いのよ。どうせ私なんて……意気地のないダメな女なんだから」

「卑屈すぎるぞ~?」


 シクシクと泣きながら拗ねる魔女の様子は見てて可愛らしい。

 けれどやはり術式の魔女には毅然とした状態で居て欲しいのが、昔からの彼女を知るシュシュの本音だった。


「泣き~止まないと~旦那ちゃんを~独占~しちゃうぞ~」

「いいのよ。私なんて彼に相応しくないんだから」

「重症だぞ~」


 色々を諦めてシュシュは改めてリグを見る。

 腹痛の理由は分からないが、刺青が原因ではないと知った彼女は脱いでいた服を着直している。


「そうだ~リグ~」

「なに?」

「旦那様から~質問だぞ~?」

「質問?」


 服を着る手を止めてリグは相手を見る。


「だぞ~」


 フワフワを止めてシュシュも相手を正面から見つめた。


「リグの故郷に封じられた魔道具とかが眠ってて、それを得ようとした帝国が攻め込んだらしいんだけど……何か知ってる?」

「知らない」

「だよね~」


 リグの返事は即答だった。




~あとがき~


 自滅するアイルローゼとか貴重だな。

 ただ学院時代の彼女にはその手の噂が付きまとってました。発生元はミャンですがw


『どうしてそれを!』とかいう王道パターンに突入しないのがこの物語w

 リグは全く全然そんなことなんて知りません。だって幼かったしね!




(C) 2021 甲斐八雲

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