リグという娘は居るのか?

「早い帰りだな?」

「初回はお試しみたいなものだからね」

「そうだったな。で、ノイエは?」

「早速お城の食堂に殴り込みに行ったよ」

「……」


 予定通りの1泊2日で戻って来た僕は、報告がてら馬鹿兄貴の執務室に寄った。


 今回こちら側の魔道具置き場を中庭にしたのは、あそこは王城の厨房に近いからだ。

 厨房の近くには食堂があるので、空腹のノイエが迷うことなく突撃して行った。


「やはりノイエとお前とでギリギリか?」

「そんな感じだね」


 ギリギリなのはノイエの魔力量だ。

 片道だけで精いっぱいとはいかないまでも8割程度は消費するっぽい。


「もう少し効率化が出来ればいいんだけど、こっから先は専門家の仕事だね」

「違いない」


 話では先生が興奮しながら新しい魔道具の図面を描いているとか。それが完成すれば……あの人はちゃんと転移魔法の図面を引いているのだろうか? 変な物を作らなきゃいいけど。


 ソファーに座りメイドさんに飲み物を頼む。

 すると馬鹿兄貴が書類の束を掴んでこっちに来た。


 仕事ならお断りだぞ?


 自分の執務室に直行しなかったのは、少しでも仕事を先延ばしにしようと企んでだからだ。


「その束は何よ?」

「これか? これはある夫婦が共和国でやらかした報告書の……半分か?」

「へ~」


 奪い取って目を通すと……エレイーナめ。ちゃんと要点纏めて書いてるじゃないか。


「で、何か?」

「今回はこれをする気か?」

「しないよ。目撃者が増えて面倒くさいことになる」

「そうしてくれ」


 ガシガシと馬鹿兄貴が頭を掻く。


「正直お前が前線に出向くだけで……あれはどうした?」

「おう。明日の朝一番に掲げてもらうように手配して来た。明日の朝、帝国軍がどう動くか見ものだね」

「……少なからず帝国軍にこの情報が流れていれば進軍は止まるだろうが」

「無理だろうね。聞いた話だと帝国軍師って色々と狂ってるらしいから」


 無慈悲に領民を殺害する人の屑だ。流石の僕でも許せない。

 石でも抱かせて湖に沈めたい感じかな。


 権力者とは力弱き人たちを守るべきである。

 国民を救うのは国に準ずる者の役目だ。その真逆を行う人物は許せない。


「一応こっちでも帝国軍師のことを調査した」

「へ~。情報元は?」

「帝国から亡命した元大使館職員などだな」

「ああ。帝国の大使館って、僕らがこれをした時に閉鎖して逃げたんだっけ?」

「そうなっているが何人かは残っていてな……それを捕まえて吐かせた」

「逃げてれば良かったのに」


 噂に聞く拷問官が締め上げたのかな? 同情はするけどね。


「本国に逃げ帰れない人間も居るんだよ」

「どこぞの馬鹿兄貴のように屋敷を避けているのもいるからな」

「別に俺は真っすぐ帰れるぞ? 帰れないのは仕事が減らないからだ」

「それは知らん。同じ症状を僕も抱えている」


 まあ乳飲み子の居る家に、この筋肉馬鹿が帰っても役には立たなさそうだな。

 代わりにリチーナさんとか育児の練習に持って来いか。


「そうだ。リチーナ姉さんに礼を言っといて」

「何の話だ?」

「ウチのお店に古いドレスを大量に卸してくれたらしいんで」

「ああ。それで新しいドレスがって話をしていたのか」


 多少自宅に帰っているのか少しぐらいは話が通っていた。

 もう少し夫婦なら語らいなさいと言いたい。

 ウチは常に会話してるぞ? 一方的なボディーランゲージだけど。


「それでアルグよ」

「ほいさ?」

「兄貴と話して一応決めたんだが……帝国軍を追い返したら手打ちにしようと思っている」

「つまり深追いをするなってこと?」

「するなとは言わんよ。相手が敗走して隙があるなら取られた領地を全て取り戻して良い。出来れば多く奪ってもいい」

「なら何よ?」


 するなとかしろとかどっちよ?


「やりすぎるなと言っている」


 ちょんちょんと馬鹿兄貴が報告書を指さす。


「あれの魔法を使って土地を腐らせて回るとかは本気で止めろ」

「うむ。それは今回しない方向で」

「それ以外も極力するな」


 腐海以外も禁止らしい。

 そうなると誰か嫌がらせに使える楽しい攻撃魔法を持っていないかな?


 すると馬鹿兄貴が俺の顔を伺ってくる。


「つかアルグ。帝国軍が何で強いか知っているか?」

「えっ? 主だった人たちが好き勝手にやるからでしょう?」


 今回の転移で僕はそう結論付けたけど?

 おいおい兄よ。何故そんな馬鹿な子を見る目を向けてくる?


「違うぞ。それにそれはお前自身のことだ」

「失敬な。僕の今年の抱負は『自重』ですから」

「寝言は寝て言え」


 酷い兄貴だ。ノイエを呼んで攻撃させるぞ?

 何よりあの困ったちゃんは食堂で無双とかしてたり……不安になって来た。


「あの国は昔から強い魔法を抱えているんだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ」


 ガシガシともう癖であろう頭を掻きながら、馬鹿兄貴がだらしなくソファーの上を滑る。


「元々あの地域は三大魔女が暮らしていたと言われている。だから直系の弟子も多く、未発見の魔法や魔道具が時折発見されるとか。大使館の人間を締め上げて出てきた話だから間違いない」

「納得。ならあのドラゴンの使役魔法もそれか」


 やはり使役の魔法は、あの馬鹿賢者が1枚噛んでいるということか。


「それと2つほど面白くない話を聞けた」

「面白くない話?」


 今までの話も十分につまらんぞ?


「ああ。ドラゴン関係で滅んだと思っていた国が実は帝国軍の攻撃で滅んだらしい」


 あ~。なんかその昔パパンに聞いたな。ドラゴンによって滅びた国が2つ3つあるとかなんとか。


「でもあの国ならあり得るでしょう? ドラゴンが出ようがどんどん攻めてるんだし」

「確かにな。ただ問題は、その滅ぼした国は始祖の魔女の魔法を伝える一族が住まう地域らしくてな……」


 チラリと兄貴が僕の顔を見てくる。


「こう全身に刺青を入れて魔法を使うらしい。知ってるか?」

「一応ね。ただ僕よりお宅のメイドさんの方が詳しいよ」

「知ってる。あれに裏を取った」


 間違いなくリグのことだ。そう言われるとあの子ってば移民の子だったね。


「それが何の問題が?」

「……何でも帝国はその国が秘匿していた魔道具を欲したらしい。で、攻めた」

「理解した。それが厄介なのね?」


 僕が頑張りすぎてそれを持ち出される事態に陥るなって言う話か。

 だったら回りくどいことをせずに言いたい。


「なあアルグよ」

「ほい?」

「リグという娘は居るのか?」

「……」


 沈黙して相手の顔を見る。

 軽く両手を上げて馬鹿兄貴が言葉を続けた。


「質問した時、あれに少しの発汗が見られてな……何か隠しているのかと思っただけだ。で、隠すとなればその線が強いかと思ってな」


 そう推理しましたと言いたげな馬鹿兄貴に僕は軽く息を吐く。


「知らないよ」

「どういう意味だ?」

「全部を把握してないから」

「そう言うことか」

「そう言うことです」


 ここは敢えて茶を濁しておこう。

 リグは……あの日狂って治療院で暴れただけだ。人を殺した数は少ないけれど殺人者だしな。


「さてと。そろそろウチの可愛いお嫁さんを回収しに行くか」


 これ以上の質問は面倒くさいから逃げることにしよう。


 ノイエも心配だが、ポーラの出迎えが無い所を見るとだいぶご立腹なのかもね。

 今夜はノイエと2人で川の字になってポーラを甘やかそう。


「あと1つ」


 ソファーから立ち上がり部屋を出ようとする僕に馬鹿兄貴が声をかけて来た。

 仕方なく視線を向けると、彼は嫌な笑みを浮かべていた。


「帝国軍師のセミリアはあの日狂った人物だ」

「ああ。ヤージュさんが寄こした資料だとそう書かれてたね」


 帝国でもあの日狂った人間が居て大半は処刑されたはずなのに、彼女は両親が庇って助かったとか。


「で、それが?」

「一応調べたら……その数は1,000人以上。あの術式の魔女よりも殺しているんだとさ」

「へ~」


 それはそれは頑張ったね。嫌な意味で。


「ねえ兄貴」

「何だ?」

「その軍師って本当にあの日、狂ったのかな?」

「知らんよ。相対するのはお前だ」


 シッシッと追い払うかのように手を振ってくる相手に僕は素直に部屋を出る。

 狂った振りをして殺人に興じた……十分に考えられることだ。


「ああ面倒くさい。その手のあれ~な人は……」


 廊下を歩きながら僕はそれに行きついた。


 ウチにも1人居たね。あの日の前から狂ってた人が。




~あとがき~


 1泊2日で帰宅したアルグスタはハーフレンの元に。

 共和国のようなやりすぎは禁止です。何故なら帝国は危険な魔道具を持っているから。


 ちょいちょい書いてましたがリグは亡国の生き残りです。

 で、父親が国家規模の秘匿魔法になるであろう治癒魔法を刻む程度に…まあここから先はお楽しみにね!


 狂った人物には狂った人物を…本人に知られたら痛い目に合うであろう発想ですw




(C) 2021 甲斐八雲

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