ドラゴンスレイヤーが来たぞ?

「ひっく……えっぐ……」

「ポーラ様」


 縛り付けられていた木から解放されたポーラが崩れ落ちて涙している。

 それを見つめるミネルバは掛ける言葉が見つからない。


 彼女の兄や姉の判断は間違っていない。まだ未成年であり、何より未熟な彼女が戦場に向かわせるのはミネルバとしては大反対である。けれどポーラの心情を察すればそう言い切れない。

 危険な場所に行く兄や姉と一緒に居たいと願う強い気持ちも理解できるからだ。


 しかしずっと泣いている姿を見てばかりもいられない。


 メイドという地位を忘れミネルバはポーラが立ち上がるのに手を貸しこの場から連れ出すことを決めた。

 行動を起こそうとして、踏み込んだ足を止める。


「……許さないんだから」


 普段見られない強い声が幼い彼女から聞こえて来た。


 涙声で聞き違ったかとも思ったが……グシグシと顔を拭った少女が立ち上がる。

 まだ涙が止まらないのか右瞼を閉じて、キッと左目でポーラはミネルバを見た。


「お屋敷に戻ります」

「はい」


 心底怒っているのか、らしくないほどに少女の口調が荒い。


 踏みつけるように芝生の上を歩きポーラは、スタスタと庭から城へと戻るために歩いていく。慌てたミネルバはそんな少女の後を追った。


《許さない》


 そっと右目を開いて彼女……刻印の魔女は怒りで胸を焦がす。


《どうせ子供だからってずっと置いていく気なのでしょう? そんなの許さない》


 許せるわけがない。

 自分もドラゴンを使役する魔法が見れるかもしれない。他にも面白い物が見えるかもしれない。きっと見れるはずだ。


 それなのにあの馬鹿は自分を、この体を置いていくことを選んだのだ。

 あっちの体では自由に動き回れないというのに!


《だったらこっちも好き勝手させてもらうから……後悔なさい》


 内心で笑い刻印の魔女は頭の中で対策を練る。


 あの2人が作った魔道具には細工を施してあるし、複製もすぐに作れる。

 足らない物は魔力だけだ。


《私があの召喚の魔女と一緒に居たことを失念していたわね?》


 心の中で笑い続けるポーラは足を止めず、城を出て馬車に乗り込んだ。


「ポーラ様?」


 追いついたミネルバも馬車に乗り込むと、座席に座り腕を組んで不機嫌そうな少女に声をかける。

 余りの豹変ぶりに内心で心配になって来たのだ。


「屋敷に戻ります」

「……はい」


 気圧されてミネルバは馬車の出発を促す。


 その馬車は普段ポーラが使えるようにと、兄であるアルグスタが借り受けている小型の物だ。御者も近衛騎士が務めている。


 馬車の中で肩身を狭くしているミネルバを無視してポーラは今後をことを考え笑い続ける。


《……ポーラ様?》


 余りの悲しさに狂ってしまったのかと不安に思いながら……ミネルバは不安げに彼女を見続けた。

 ただ屋敷に着く頃にはポーラは普通に戻っていた。

 何もなかったかのように落ち着いて天使のような笑みを浮かべている。

 話しかければ笑顔で受け答えをするので、ミネルバは内心で胸を撫で下ろした。


 けれどミネルバもまだ未熟だった。


 自室に戻ったポーラはその目に絶望を浮かべ、スタスタと道具置き場に歩み寄る。


「ししょう。これでたりますか?」


《……足らないわね》


「なにがたりませんか?」


《今から確認し》


「はやく」


《……》


「はやく。いますぐ」


《……はい》


 豹変し過ぎた弟子の様子に、刻印の魔女は逆らうことを止めて素直に従った。




「ほ~。あれが?」

「むかつくだろう?」

「少しね」


 僕を肩に乗せたオーガさんが腕を組んで憤っている。

 彼女の左肩に乗って立っているノイエは額に手をやり前方の様子を眺めていた。


 馬車で数時間かけて移動してきた先に見えるのが帝国軍だ。

『どうせ暇だしちょっと見に行くか?』とオーガさんに誘われやって来た。

 途中で馬を走らせ追いかけて来たヤージュさんには同情する。


 自由人なオーガさんの管理とか僕には無理だな。

 ノイエですか? 可愛いお嫁さんを苦に思うだなんてことは僕の辞書に載ってませんから。

 ただ夜の方は少し落ち着いて欲しいかな。


「ドラゴン?」

「まだ駄目だよ」

「……はい」


 展開されている敵軍の中央に大きなエリマキトカゲが3体見える。たぶん中型かな? それと小型が複数見えるが動くので数えていて分からなくなる。たぶん10匹くらいかな?


「オーガさんならあれぐらい倒せるでしょう?」

「ああ」


 彼女は素直に頷いてくる。


「ただ必ず複数の道から攻めて来るんだよ。今居るあれも一部だ」

「うわ~。性格悪っ」

「そうなんだよ。あの糞狐は性格の悪さで有名らしい」

「ふ~ん」


 軍師と呼ばれるのだから頭のいい人を連想していたけど……まあ性格破綻者が軍師をしていてもおかしくないか。


「念の為に言うけど、はっきり言って僕は人との戦いは全然ダメだからね?」

「それはこちらで行いますので」


 オーガさんの横で前線を見るヤージュさんが返事を寄こす。


「本国からは誰が指揮を?」

「コッペル将軍だと聞いてますね」

「老将コッペルですか。確か先の戦いではバージャル方面で活躍した御仁かと?」

「良く知ってるね」


 僕だって最近知りました。

 まあ将軍の名前と顔と経歴なんて興味ないしね。


「最後の奉公ってことで、今回の総大将を引き受けてもらった感じです」

「……アルグスタ様は本国では余程嫌われていご様子で?」

「否定はしません。特に上級貴族からは酷く嫌われてます」

「アハハッ! 貴族なんて生き物は他人を嫌って生きるもんだろう?」


 豪快に笑うな足場。危うく落ちかけただろう?


 彼女の右肩に座り直す。

 本来なら木の上にでも登ればいいんだろうけど、木の中から外の様子って意外と見えないのです。枝や葉が邪魔で。


 出来れば良く見たいなと考えていたら、オーガさんが僕を掴んで肩に乗せてくれた。

 ノイエはいつも通りひょいと飛び乗って……どうしたら人の肩の上であんなにも直立できるのだろうか?


「だったら小娘と一緒に前線に来な! 毎日が楽しくなるよ!」

「それは貴女でしょう?」


 疲れた感じでヤージュさんが額を押さえて頭を振る。

 毎日騒がしそうなオーガさんの相手をするのは疲れるんだろうな。僕にはできません。


「嫌な貴族が多いけど……僕はあの王都が好きなんでね」

「そうかい」


 ガハハと笑ってオーガさんがこっちに顔を向けてくる。


「それで勝算は?」

「ただのドラゴン相手に僕らが負けると?」

「そうかい。だったら問題はあの厄介な異世界の奴か」

「あれはね。出たとこ勝負だから」


 どんなのが出てくるか謎だし、もしかしたらどっかの刻印さん印のおかしなドラゴンっぽいのも居るかもしれない。

 あの性悪なのが出てきたら僕でも困る。


「だったら次に敵が攻めてきたらそっちにトカゲの相手を任せてもいいんだね?」

「いいけど……何を企んでるの?」

「あん? 決まっているだろう?」


 犬歯というよりも牙を剥いてオーガさんが笑う。


「お礼参りだよ。あの糞雌にな」

「……」


 オーガさんにロックオンされている帝国軍師に同情するわ~。


「さてと」


 僕はオーガさんの肩から飛び降りると、懐にしまっておいた物を取り出す。


「ヤージュさん。これを飾りたいんですけど?」

「……」


 あれ? どうして彼はオーガさんを見るような目を僕に向けてくるのかな?


「何だい? その布は?」


 僕が広げて見せたものに興味を持ったらしいオーガさんが声をかけて来た。


「これ?」


 相手に良く見えるようにパンと広げて軽く振る。


「ユニバンス王家の紋章だね」


 戦場でこれを掲げる場合は主に親征を意味する。

 お兄様は来ていないが、王族である僕が出向いているということを知らせる意味と嫌がらせの類だ。


『ドラゴンスレイヤーが来たぞ? どうする?』って言う……本当に悪趣味だわ。でも悪くない。




~あとがき~


 ご立腹なのは刻印さんだけじゃございません。ポーラもです。

 師弟が手を組み本気で悪だくみを開始します。


 で、前線の主人公たちも悪だくみを。

 ユニバンスのドラゴンスレイヤーを前にして帝国軍師はどう動く?




(C) 2021 甲斐八雲

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