ちょっと遊びに行ってきます

「うっし……どうよ?」

「はい」

「いいとおもいます」


 僕の格好にノイエとポーラが褒めてくれる。

 姿見の前でポーズをとって……残念臭がして来たから止めた。


 身に纏っているのはこの日の為に準備した新装備だ。

 軽鎧と呼ばれる金属製の胸当てと脛当だ。共に金属製だ。ノイエのような純プラチナ製は無理でした!

 あれは本当に莫大なお金がかかりますから……それに僕が纏っても馬子に衣装。豚に真珠。猫に小判。ノイエに六法全集だ。最後は要らないか。


「それとこれです」


 最後に腰に剣を吊るす。

 剣はエウリンカが作った魔剣だ。自動迎撃機能が付いている特注品だ。

 おかげで僕らの寝室の一角に怪しげな石などを山積みするようになりました。


 商人さんたちに『珍しい鉱物とかあったら持ってきて。買うから』と告げただけで、山のように石が来た。管理はポーラに一任しているけれど、あの子の記憶力はコンピューター並みだから信用できる。


「改めてどうよ?」

「はい」

「かっこいいです」


 2人の声で僕のやる気はマックスだ。

 ただこちらを眺めているミネルバさんの視線が冷たく感じるのは気のせいだ。気の迷いだ。錯覚だ。


「では行こうか」

「「はい」」


 颯爽と外へ向かい僕は歩きだした。




 旧アルーツ王国・ユニバンス王国自治領領主屋敷



「この手紙の内容は本当に?」

「はい。キシャーラ様」


 恭しく一礼してくる近衛騎士に、キシャーラは今一度目を向ける。


 相手は驚くほどに小柄な騎士だ。

 少女のようにしか見えないが……その実、野生の獣のようにしか思えない。

 このような化け物を野放しにしている国だからこそ、このような内容の手紙を送ってくるのかもしれない。


「本当にあの2人を派兵するのか?」

「はい」


 ミシュと名乗った騎士にキシャーラは獰猛な笑みを見せた。


「ならば狐狩りの支度をしなければな」

「そうですか」

「で、貴殿はこの後どうする予定で?」

「はい」


 問われてミシュは口を開く。


「我が主ハーフレンよりの命を実行します」

「命令とは?」

「はい。キシャーラ様との謁見を終えたらこの笛を吹くようにと言われております」

「するとあの2人が来ると?」

「はい」


 仕掛けは良く分からないがミシュはそう命じられていた。

 首に下げている笛はどう見ても普通の笛にしか見えないが、これを吹けばユニバンス王都に居るあの問題夫婦がやって来るとか。


 ミシュ的には今すぐにでも逃げ出したいが……それもままならない。

 転移の魔道具の管理もミシュの仕事なのだ。


「それからは?」

「はい。今回の顛末を全て見て報告するようにと」

「大変であるな?」

「はい」


 大変ではあるが……もっとも大変なのはその報告書だろう。

 何でも共和国に行った者は、その報告書がまだ書き終わらずに部屋に監禁されているとか。

 ただ提出された一部の報告書を見た馬鹿上司は頭を抱え『これがもっと早くに分かっていれば……』と嘆いていたとか。


 帰ってからの楽しみである。

 問題は似た物を書くことになる自分の身だが……それはどうにかして部下にでも丸投げしよう。

『ああ。部下の居る立場って楽でいいわ~』とミシュは心の底から思った。


「でしたら私はこれを」

「待つが良い」


 笛を吹くために退出しようとするミシュをキシャーラは呼び止めた。


「ここで吹くが良い」

「宜しいのでしょうか?」

「ああ」


 鎧姿のまま椅子に腰かけていた彼は、立ち上がり窓際へと移動する。

 中庭に準備された金属製の板に目を向けた。


「さあ」

「分かりました」


 噂ではおっかないオッサンだと聞いていたが、なかなか茶目っ気を見せる相手にミシュは遠慮無く笛を咥えて吹いた。


 ピロピロピロ~と間の抜けた音が響き渡った。




 ユニバンス王国王都・王城内の中庭



 ノイエがずっと自治領の方を見ている。ただ色をノイエにしたファシーなんだけどね。

 本来ならこんな人目の多い場所に出て来ないであろう彼女が渋々やって来たのは、カミーラが中で暴れて出て来れる人が少なくなったからだ。


 無事なのはファシーとセシリーンとシュシュぐらいらしい。

 ホリーは顎を壊されたとか、レニーラは何も知らずに通りかかって殴り殺されたとか教えてくれた。グローディアの馬鹿は『しばらく休むわ』と言って引きこもり、先生はフリフリとお尻を振りながら……ファシー曰く、お絵描きをしているとか。


 大仕事が終わって息抜きは大切です。


「鳴った」

「ありがとう」


 こちらに怯えたような目を向けてくるノイエの手を掴んで軽く引き寄せる。

 ギュッと抱きしめてから頭を撫でてあげれば、ファシーが少し泣きそうな顔をして……ノイエに戻った。


「んっ」


 ただ戻るなり僕の首に腕を回してキスしてこれる、その切り替えが凄いと思う。


「だからお前たち夫婦は……もう少し自重しろ」

「煩いわい。こっちとら国民の前でキスした身だ。今更この規模で震えるか」

「……その開き直りを尊敬するわ」


 僕らの様子に呆れ果てた馬鹿兄貴が、頭を掻きながら近づいてくる。


 その腕に持つ荷物はなんでしょうか?


「兄貴からの餞別だ」

「持つべき者はお兄様だ」


 何だろう? お弁当かな? それとも……うおいっ!


「これは持ち出したらダメな奴では?」

「気にするな。と言うかノイエの姿を見られればお前が出向いていることはバレるだろう。だったら隠すのも難しいしな」


 ハッと笑い飛ばして馬鹿兄貴が僕の肩を叩いてきた。


「代わりに俺が行きたいぐらいだ」

「行きます?」

「行けないからこれを渡すんだろう?」

「ですか」


 厄介な荷物を受け取り、僕はそれを足元に置いといた皮袋に押し込む。


「押し込むなって」

「知るか。事前に渡しとけ」


 突然荷物が増えると鞄問題とか発生することぐらい察しろと言いたい。

 何より今回は夫婦2人での遠征だ。ノイエの着替えとか……身の回りの世話とか僕の仕事なんだよね? あれ? 少しだけやる気が湧いて来たよ。


「で、あっちのチビメイドは何であんな状態なんだ?」

「気にしないでください」


 ポーラの状態に気づいた馬鹿兄貴の言葉に僕は現実に戻った。


 彼女は縛られて木にくくりつけられている。騒がないように猿轡までしてだ。


「ああしないと付いて来るって煩くて」

「なら仕方ない。あとで解いておく」

「助かります」


 行く気満々だったポーラには悪いが、3人で行くことは出来ない。

 僕らに何かがあればドラグナイト家を継ぐのは彼女だし、何よりポーラを前線に連れて行くのは抵抗が大きすぎる。よって強制的にお留守番だ。


『う~う~』騒いでいるけど仕方ない。ごめんねポーラ。


「これ以上厄介ごとが増えると面倒だから行くわ」

「ああ行って来い」


 見送りは馬鹿兄貴だけだが、何人か見知った顔がこちらを覗いている。

 と言っても予定では明日の夜に1回帰宅するんだけどね。様子見を兼ねて。


 ドラゴン退治の仕事もあるし……本当に大変なのです。


「ノイエ。行けそう?」

「はい」


 2度目と言うこともありノイエは要領を掴んだ……とかではないね。

 ただ全力で魔力を注いでいる彼女が何を考えているのかは僕にも謎だ。


「準備が出来たら呼んでね」

「はい……出来た」

「はやっ!」


 前回のは何だったのかと思うほど今回は速い。僕はノイエの手を取り板の上に乗った。


「ちょっと遊びに行ってきます」


 僕らの感覚だとドラゴン退治はそんな物です。




~あとがき~


 準備は完璧でいざ出発です。


 ただ…ポーラはお留守番なのです。

 絶対に問題が発生するな。うん




(C) 2021 甲斐八雲

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