仕事なんてしたくないんだよ!

「何でノイエはあんなにふくれっ面なんだ?」

「一昨日から少し不機嫌なんです」

「喧嘩か?」

「ある意味ね」


『へ~』と言いながら馬鹿兄貴が移動していく。


 場所は王都郊外の軍の練習場だ。

 何気に僕の屋敷から近い場所に在ったりもする。


 本日は例の試作品の実験だ。

 先生とあの馬鹿の力作だから大丈夫だと言っているのだが、馬鹿な貴族たちが『ちゃんと動作するか見てみたい』と騒いだのだ。


 馬鹿兄貴の調査によると魔法学院の関係者による何かしらの圧力があったらしい。それと魔法を扱う貴族たちもね。

 王家が強い魔法を所有することを警戒している人たちが居るらしい。迷惑な話だ。


 そんなわけで現在準備を進めている。

 地面の上に広げられた畳2枚分の金属製の板の上でノイエがムスッとしたまま魔力を注いでいる。


《カミーラに負けたのがショックだったんだな~》


 ノイエの負けず嫌いは知っているけれど、ここまで負けを引きずるのは珍しい。

 でも僕は思うわけです。あれはカミーラが対ノイエ対策を万全にしていただけだと。

 何より短時間の全力勝負だ。魔法に徹したカミーラにノイエは攻めあぐんで敗北した。


 それからノイエは不機嫌だ。

 負けた後で言われた言葉が尾を引いているのだろう。


『そんなに弱ければまだ私が修行をつけることは出来ないな。何よりそれで旦那を守れるのか?』


 追い打ちには十分だ。


 言いたいことだけ言って魔力切れで消えたカミーラは良い。

 それから不機嫌な様子で抱きついてきたノイエは、昨日1日僕を離してくれなかった。おかげでデート感覚で仕事をしましたけどね。


 と、ノイエが僕を見た。


「アルグ様」

「はいは~い」


 ノイエに駆け寄り僕も板の上に乗る。

 彼女が僕の手を掴んできたので手を繋ぎ、そっとノイエの目を見る。

 気のせいかノイエの瞳が不安げに見えた。


「大丈夫だよ。先生なら失敗しない」

「……馬鹿」


 やっぱり先生だったか。


 ただギュッと先生が僕の手を握り、そしてノイエに体を返す。

 無表情になって僕を見るノイエは、小さく首を傾げた。


「のはっ!」


 底が抜けるような感覚に襲われ……慌てて踏ん張るとちょっとした衝撃を足の裏に覚える。

 小さな段差を飛び降りた感じだ。けれど段などない。


 代わりに僕の目に映る景色が変化していた。郊外だったものが室内に変化している。

 僕の鬼門であるお城の中の議場だ。

 すり鉢状の議場内の一番底に設置された板の上にノイエと2人で立っていた。


「成功だな」

「はい。陛下」


 代表して声をかけて来たお兄様に恭しく頭を下げる。

 ようやく議場内で見学していた貴族たちが騒ぎ出す。門以外で使用できる転移魔法の完成だ。これを見て騒がない方が狂っている。


「素晴らしい陛下!」


 激しく手を叩いて騒ぎだす馬鹿が現れた。

 僕に野郎の名前を求めるな。記憶の片隅にもないな。


「その魔法があれば、我が国はこれから覇を唱えることが出来ることでしょう! 帝国や共和国を打ち破りユニバンスという大国を作ることも可能です!」


 あ~。その手の馬鹿か。


「何を言う? 我が国は昔から攻めることよりも守ることを主にした国である」

「ですが!」

「それにあれを戦争の道具にするというなら貴殿は今宵よりこの国に巣くう幽霊に襲われる恐怖を抱くことになるぞ? 殺戮姫と呼ばれる幽霊のな」

「……」


 顔色を蒼くして馬鹿な貴族が沈黙した。

 まあグローディアはやる子だからな。文字通りやるタイプだ。


 馬鹿が沈黙したので改めて陛下がこちらを見る。


「具合はどうか? 不具合は無いか?」

「はい。大丈夫のようです」

「そうか」


 彼は王としてではなくて兄として視線を向けて来た。

 こうした配慮が出来る大人の男に僕もなりたい。


「であれば、改めてドラグナイト卿に対し自治領への派兵を命じる。良いな」

「はい陛下」


 そっと手を握ったままのノイエを促し2人で頭を下げる。


「陛下のご命令のままに」


 ようやく動けるわ。




「あれ~?」


 命じられて自治領に向かうはずが……どうして僕は自分の執務室に居るのだろう? そしてなぜ山と積まれた書類が存在するの? 教えてお馬鹿な子~!


「説明を乞う」

「って私も被害者なんですけどっ!」

「知るかっ!」


 クレアが子犬のようにキャンキャンと吠え出した。

 上司に歯向かうなんて失礼な部下である。今日のケーキはお預けだな。


「で、どうして山のように?」

「それはアルグスタ様が前線に向かうからだと?」

「おかしいだろう? なぜ増える?」

「それは……直ぐにサインが頂けなくなるからだと?」

「それが変なのだ! 僕は前線に向かうんだよ? 向かうよね?」

「向かいますね」

「なら何故書類が増える! 狂っているのか?」


 僕の言葉に間違いはないはずだ。

 ただ物凄く冷ややかな目をクレアか向けてくるのです。何その呆れ果てた様子は?


「アルグスタ様」

「何かね?」

「アルグスタ様は自治領に通うんですよね?」

「……」


 腰に手を当てた彼女が深いため息を吐いた。


「通うのなら仕事が減るわけないですよね? むしろ毎日仕事が出来ない分こうして増えると思うんです。私の言葉に間違いがありますか?」

「間違っていないが納得いかん!」

「知りませんよっ!」


 キャンキャンと吠えるクレアが突進してきたから僕も迎え撃つ。

 グルグルと腕を回してくる攻撃に相手の頭に手を置いて自分の腕をつっかえ棒とした。

 クレアの攻撃を防いでいると、何故かチビ姫が嬉しそうにやって来た。


 どうしました? その実家に帰って来たような笑みを浮かべて?


「僕は基本書類仕事なんてしたくないんだよ!」

「って物凄い本音ですねっ!」

「その通りだとも! 逃げられると思ったのに~!」


 通いの弊害がこんな感じで訪れるとは……酷い話だ!




~あとがき~


 先生の不安も杞憂に終わり、転移魔法は無事に成功しました。

 ただやはり馬鹿なことを言い出す者は居るので…今後悪いフラグが立たなければ。


 で、通いなので仕事が減ることはありません。当たり前です




(C) 2021 甲斐八雲

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