閑話 5
「せんぱい? どうかしましたか?」
「いいえ大丈夫です」
「そうですか」
心配そうに私の顔を覗き込んでくるポーラ様に微笑み返す。
このお方に心配されるとは、私もまだまだです。
小さく息を吐いて気持ちを入れ替えます。
ゴトゴトと揺れる馬車に身を任せていたらふと眠くなってしまいました。
失態です。先生に知られれば厳しい罰を受けることでしょう。
「ポーラ様も少し眠そうですが?」
「はい。これをかいてました」
「また服ですか?」
「はい」
両手で抱える鞄の中には、ポーラ様が描いた服の絵が入っているのでしょう。
最近はこうして絵を描いてはお店に出向き作らせています。
ただあまり見ない形の物が多く、物によっては誘惑的で卑猥な物もあります。
注意をした方が良い気もしますが、ただのメイドである自分には決してできない恐れ多いこと。今度先生に相談することとしましょう。
「ではお店に寄ってからお城で宜しいのですか?」
「いいえ。けーきをかっていきます」
「そうですか」
ポーラ様の義兄にあたるアルグスタ様は、中古の古着とお菓子を扱うお店を運営しております。
お菓子の方はほとんど趣味のようなお店で赤字を垂れ流していると聞きますが、とにかく美味しいと言われ王都では一番有名な店となっています。
古着の方は多くの利益を生んでいて、その売り上げはラインリア様が運営している孤児院の運営資金として寄付されています。
私があの場所を出てからなので恩恵はありませんでしたが、今暮らしている孤児たちは毎日は無理ですが、定期的にお菓子も食べられると伺っています。
それを聞くと何というか胸の奥が暖かくなって嬉しくなります。
けれど恩があっても仕事とは別です。
昨夜もまた失敗してしまいました。
外で見張っていたのに……室内の気配が3人となり、急に気配が消えました。
ノックし声をかけても返事はなく、失礼を承知で寝室に入ればアルグスタ様もノイエ様も居ませんでした。
ただ衣服を漁った様子があったので2人で……もしくは3人で出かけたでしょう。
ふと私は自分の腕を摩っていることに気づきました。
昨夜の……不意に生じた3人目の気配を思い出すと全身に震えが走ります。
あれは人の気配ではありません。先生に匹敵する化け物でしょう。
自分が立ち向かえば、きっと何度か打ち合わせて負けていたでしょう。
それほどに力量の違いを感じさせる気配でした。
「私もまだまだですね」
「なにがですか?」
「いいえ」
自然と呟いてしまった言葉にポーラ様が反応しました。
また失態ですね。恥ずかしい限りです。
「私もまだ未熟だと思いまして」
「それは……わたしもです」
私よりも破格の才能を持つポーラ様もそう思っているとは……本当にこの世は難しいことが多いです。
「これはポーラ様」
「こんにちは。こりーさん」
「はい。こんにちは」
ニコリと微笑んで、コリーさんが正面からポーラ様を抱きしめます。
まるで妹を……娘を抱きしめる母親のようにも見えますが、ポーラ様は大丈夫でしょうか? 何と言うかとても豊かな双丘で顔を挟まれて……あれで呼吸は出来るのでしょうか?
しばらく見ているとポーラ様が両手を使い全力で脱出を図りました。
コリーさんの双丘に手を置いて全力で後方に顔と背を逸らします。
ポーラ様の手が深く双丘に沈むのを見ると、少し私も自分の胸に目を向けてしまいました。
余り大きいと動きづらいと思いますが、余り無いのも女性として考えてしまいます。
私は人並みにある方だと思うのであまり心配しませんが、職場のメイドたちと入浴している時などはたまに胸の話が出てきます。どうも私ぐらいの大きさは中途半端だと言われるとか。
意味が分かりませんが、王都では大きいか小さいかで派閥が生じているとか。ある意味で平和です。
私が少し逃避していると、ポーラ様が鞄から紙を取り出し身振り手振りで説明を開始してました。
「こんなかんじです」
「これだと……下着が見えそうですが?」
「みえてもよいしたぎをつくります」
「見えても?」
ポーラ様の説明を聞いていて疑問に思いました。
見えて良い下着とは何でしょうか? 下着とは全て隠すべきだと思うのですが……何よりそれを見せて良いのは伴侶となる相手だと思いますが? 孤児の私の考えは貴族様から見ると違うのでしょうか?
「ふむふむ。つまり前に作った下着を穿いてから、この下着を穿くのですね?」
「はい」
「なるほど。だから見える下着ですか」
そう言うことらしいです。
ただ下着の上に下着を重ねることは……もはや下着ではないと思うのですが? 何より前に作ったという下着はあの紐のような物でしょうか?
あれはもう下着ではないと思ったのですが……やはり貴族様は私の想像できない思考をお持ちのようです。
「これは面白そうですね。実に作り甲斐があります」
「おねがいできますか?」
「はい。喜んで」
ニコリと微笑んでコリーさんがポンと自分の胸を叩きました。
ただ叩いた手がポンっと胸に跳ね返されたのを私は見逃しませんでした。本当にこのお方の胸は凄いです。
「なら……」
次いで他の依頼に移行し、その度にポーラ様とコリーさんが笑い合います。
ポーラ様の笑顔は本当に宝です。空に浮かぶ太陽のように暖かく素晴らしい物です。
ついその笑みに見入っていると、御二人の会話が終わっていました。
「なら今日はこちらです」
「はい」
と、ポーラ様がコリーさんから何かを受け取りました。
前回発注した品物が完成したのでしょう。
ただチラリとこちらを見たポーラ様が駆け寄ってきます。
本当に愛らしい姿に私の胸の奥がキュンっと鳴りました。
「せんぱい」
「はい」
「これを」
そっとポーラ様が両手に持つ物を差し出してきます。
私になのですか?
受け取り広げると、それは頭に着けるカチューシャでした。
白いレース地の奇麗な物です。
「まえに、せんぱいのかちゅーしゃをやぶいてしまいましたから」
「あれは」
先日の出来事をポーラ様は心に留めていた様子です。
初めて私がポーラ様に1敗したあの日、ポーラ様の攻撃を回避した時に頭に着けていたカチューシャの一部が破けてしまいました。今はそれを繕って身に着けていますが、これは私が慢心することなく日々修行に励むようにとの思いで身に着けているのです。
「ポーラ様がお気にするようなことではありません」
「だめです」
「ダメとは?」
少し怒った様子でポーラ様が私に指先を向けて来ました。
「めいどのふくはせんとうふくです。ひびちゃんとじゅんびしておかなければいけません」
「はい。その通りです」
「だからせんぱいもそれをみにつけてください」
「……分かりました」
ポーラ様の言う通りです。彼女の言葉に間違いはありません。
私は頭にしているカチューシャを外し、頂いた物を改めて巻きます。
孤児の出である私のような者が身につけるには余りにも奇麗で高品質な物ですが、これは一生涯の宝としましょう。
「よくおにあいです」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるポーラ様に対し、自然と伸びかけた手を精神力で封じます。
危うくポーラ様の頭を撫でてしまうところでした。気をつけなければ。
「大切にしますね」
「うれしいです」
と、何故かニコニコと笑いながらコリーさんが何かを持ってこちらにやってきました。
「これもポーラ様からの贈り物なのですが?」
「そっそれは……」
一目見て私の背に冷たい物が走りました。
幸せな気持ちが失せ全身に震えが走ります。
「何ですかそれは?」
「スカート丈を限界まで短くしたメイド服です」
「……」
言葉を失いました。
それはダメです。膝下どころか太ももの付け根まで覗かせてしまいそうなほどに短いじゃないですか? それにその下着はっ!
「せんぱい」
「ひっ」
悲鳴が自然と口からこぼれました。
笑顔のポーラ様が私を見つめています。
「きてみてください」
「……」
「こっちのしたぎも」
「……」
「だめですか?」
ウルッとした悲しそうな目を向けられ、私は逆らう気力を失いました。
その日の記憶を私は未来永劫忘れることにしました。
頂いた服はクローゼットの一番奥深い所に封印してあります。
大切な物ですから……絶対に表になんて出しません。
~あとがき~
夜な夜な描きあがるデザインを手にポーラは制作に向かいます。
ミネルバは護衛としてそれに付き合い…そしてポーラの優しさを噛み締めます。
本当に彼女は愛らしい…それは禁断のミニスカメイドじゃないですかw
ミネルバさんの名誉のためにその日の記憶は封印となりました
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます