お姉ちゃんのここは真っ黒

「ぐすぐす……」

「にいさま」


 優しくポーラが僕のことを抱きしめてくれる。


 何だよ……ちょっとあの憎きグローディアと喧嘩しただけじゃん。

 あれでも女性だから殴ったりするのは流石に出来ないと思い、全力で変顔させたらそれを見た皆だって腹を抱えて笑ったやん。同罪じゃん。

 激怒したグローディアが魔法を使用し、僕を攻撃してこようとしてノイエが止めに入ったけど。


 なのに会議の進行を妨げたとあの馬鹿と一緒に怒られるし……何よりノイエがグローディア側に付くだなんて。酷い話だ。何て日だっ!


 ベッドの上で両膝を抱いてしくしくと泣く僕をポーラだけが慰めてくれる。

 あとは皆して僕を放置だ。


 そんなに王女様とノイエの方が大切かっ!


「ごめんねポーラ」

「へいきです」


 ニッコリと笑ってくるポーラは癒しです。


「でも流石に今度、客室を作らないとね」

「はい」


 一通りいじけてポーラの慰めで吹っ切れた。


 やはりグローディアとは、その内どちらが上か決着を付ければ良い。問題は今夜だ。

 グローディアにノイエと寝室を奪われた。というかノイエを奪われた時点で寝室を失った。


 そんな理由で現在僕はポーラの部屋に居る。

 ウチの可愛い義妹は、リビングで所在無げにしている僕を自室に連れてきてくれたのだ。


 ポーラの部屋は一言でいうと質素だった。そう過去形だ。

 現在は部屋の一角に怪しげな道具や棒などが置かれているが、そこから視線を外すのが兄としての優しさだと僕は信じている。


 ベッドも本来は1人用なのだけどセミダブルくらいの広さがある。

 ノイエが使っているベッドに比べると質は落ちるけれどそれでも高級品だ。


 そんな部屋で僕は膝を抱えて義妹に慰められているのだ。


「さて……問題は今夜だな」

「よるですか?」

「うん。ベッドが無い」

「……」


 寝室を失った僕には今夜寝る場所がない。


 というか前回のポーラの時に準備しようと思った客室問題を結局棚上げしたままで終えた。

 だってこの屋敷って基本お客さんが来ない場所だしね。


 ノイエの家族が表に出るようになったから準備しても良かったんだけど、そこは監視役のミネルバさんが居るから……グローディア以外姿を見られると困ったことになるんです。


 何あの従姉? 自分だけ上手く外に出れる理由を作りやがったな?


「にいさま」

「ん?」


 何故か指先を擦り合わせるようにもじもじとしたポーラが僕を見つめてくる。


「きょうはにいさまといっしょにねたいです。だめですか?」

「一緒か~」


 確かに最近は、甘えん坊のポーラには一人寝を強要してしまっている。

 本来なら定期的に家族3人で川の字を作って仲良くが合言葉だったのに。


「ノイエが居ないけどいいの?」

「はいっ」


 笑顔で頷かれるとは……そんなに甘えたかったのか。これは兄として失格だな。


「うん。なら今夜はポーラと一緒に寝ようかな」

「はい。うれしいです」


 そうと決まればさっさとお風呂に入って、


「おふろならねえさまたちが」


 本当に僕の邪魔ばかりしてくれる従姉だな!




「ありがとう」

「失礼します」


 全身を奇麗に洗われたグローディアは、ゆっくりと石の床の上を進み湯船に足を伸ばす。

 爪先から湯に浸る感触を……いつ以来かと思い内心で苦笑した。


 ノイエがあの馬鹿と結婚する前は、彼女の体を使い入浴を味わっていた。ただそれは感覚のみで、自身の体が奇麗になるという感触は得られなかった。


 両足の膝が湯に浸かると同時に、水面の下からそれが現れた。

 ザバッと水を持ち上げ抱きついて来たのはノイエだ。


「もう。泳がないの」

「はい」

「分かってないでしょう?」

「はい」

「本当に返事だけは……まあいいわ」


『昔のままね』と言う言葉を飲み込み、グローディアは“妹”を抱きしめて湯船の中に座る。

 甘えてくるノイエは本当に昔と変わらない。


「お姉ちゃん」

「はいはい」


 甘えてくる彼女は愛らしいが、グローディアとしては一つだけやらなければいけないことがある。

 視線をメイドたちに向け……そして口を開いた。


「ノイエと2人だけで話をしたいから出て行ってくれるかしら?」

「畏まりました」


 有無を言わせない口調でグローディアはメイドたちを追い出した。


「お姉ちゃん」

「はいはい」


 こちらの気配りなど微塵も気にせずノイエは……まあノイエのままだ。


 ギュッと甘えるように抱きついてきて、顔を胸に押し付けてくる。

 しばらくスリスリとしていたノイエがムクッと顔を上げた。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「この枕硬い」

「この子は~」

「あぶぶ」


 掴んだ頭を湯の中に押し込みグローディアはその顔を真っ赤にする。


「仕方ないしょう。育たなかったんだから!」

「む~」

「でもアイルローゼよりはあるはずよ? そうでしょう?」

「……」


 手を伸ばし掌で触って確認するノイエは、その無表情の顔を向けてきた。


「硬い」

「この子は~」

「あぶぶ」


 また湯に沈み……そんなことを何度か続けて2人は並んで座る形に落ち着いた。


 それでもノイエはグローディアの腕に抱きついている。

 妹に甘えられているグローディアは複雑な表情を作り天井を見つめていた。


 挟まれているのだ。

 ノイエの胸で自分の二の腕が挟まっているのだ。


 言いようのない敗北感に絶望的な何かを味わっていた。


「ねえノイエ」

「はい」

「今の貴女は幸せ?」

「……」


 抱きついていた腕を開放し、ノイエはグローディアの顔を覗き込んでくる。

 可愛らしかった少女は奇麗な顔立ちになり、本当に美人となっていた。


「私は……幸せ?」

「それを聞いているのよ」

「……」


 ジッと顔を覗き込んでくるノイエが首を傾げる。

『難しかったか』と苦笑し、グローディアは相手に手を伸ばそうとした。


「分からない。けど」

「けど?」

「ここが暖かい」


 両手を自身の胸元に運びノイエは心臓の上で両手を置いた。


「暖かいの」

「そう」

「でも」

「でも?」


 今度はノイエの両手がグローディアの胸の上に置かれた。

 心臓の上ぐらいだ。


「お姉ちゃんのここは真っ黒」

「……」

「ずっと真っ黒。どうして?」


 軽く首を傾げて問う妹にグローディアは答えに困った。


「みんな真っ黒。カミューだけ黒くなかった」

「そう……なのね」

「どうして?」

「それは……」


 告げるべき答えを見つけられず、グローディアは両手を伸ばしノイエを抱きしめた。


「ごめんなさいノイエ」

「どうして?」


 分かっている。

 自分たちの絶望がノイエを黒く染めてしまったと……そう人伝に聞いた。


 それを知るグローディアは彼女に対する言葉を見つけられない。

 だから謝るしかできない。それしかできない。


 けれどノイエはそっと両手をグローディアの背に回した。


「お姉ちゃん」

「……なに?」

「お姉ちゃんのここ……暖かい」

「そう」


 酷いことをした自分たちを『姉』と呼び慕う彼女が、本当の救いだったのだとグローディアは再認識した。


「でも硬い」

「……」

「あぶぶ」


 だが許せない言葉もあるのだ。




~あとがき~


 いじけるアルグスタは妹に慰められています。

 そしてノイエとグローディアは仲良く入浴です。


 ノイエはずっと疑問に思ってました。

 姉たちの胸の内が真っ黒なことを…




(C) 2021 甲斐八雲

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