にいさまのばか
入浴を済ませて廊下を歩く。
ノイエたちが出たのを確認してからお風呂に入ろうとしたら、何故かポーラも一緒になって入ろうとしてきた。
今夜はノイエが居ないのだからと告げて1人のお風呂を満喫した。
ただポーラが泣きそうな顔をしていたのが心残りだ。やはり1人は寂しいのかもしれない。
というわけで妹の気持ちを察することのできる兄として、メイドさんたちに『ポーラと一緒に入ってあげて』とお願いしておいた。
メイドさん一同大喜びで我先にとお風呂に突撃していったのは悲しい事故だ。
ウチのメイドさんのポーラ好きを考慮し忘れただけだ。
で、いつもの癖で夫婦寝室に向かっていると……入り口で待機している人物が居た。
ミネルバさんだ。
「お風呂は?」
「仕事が終わってからいただきますので」
真面目というかなんというか。かたっ苦しいのが嫌いだからフランクで良いと言ってるのに、ミネルバさんは必ず僕を見ると一礼してくる。何でも体に染みついた癖なのでもう取れないとか。
あの叔母様はどんな教育をしているのだろうか?
「ポーラと入らないの?」
「失礼ながら孤児の出である自分がポーラ様と一緒にとは」
「あの子も本来は両親を失った
その返答に彼女の視線が一瞬流れた。
「……ですが今は違いますので」
「そう言うなら貴女も王族の屋敷で働くメイドだ。平民と比べればその地位は高いよ」
「……」
口は開けど言葉は出ないという感じでミネルバさんが沈黙した。
ちょっと論破しすぎたかな? そんな気はなかったんだけど。
「無理強いをしても意味ないことだから命令はしないけど……ポーラがそれを使わないことも考えて欲しいんだわ」
「心に留めておきます」
「宜しくね」
ウチの妹は本当に優しいからね。
命じればミネルバさんが逆らえないことは理解しているけれど、あの子はそんなことを望まない。だって自発的に一緒に入ってくれる関係が好きだから。
「で、話は変わって2人はもう?」
「はい。お食事を終えてお部屋の方に」
言い負かされた雰囲気など微塵も感じさせず、ミネルバさんがスッと扉の前から移動する。
「お入りになりますか?」
「止めとくわ。今入ったらあの馬鹿と決着をつけることになるから」
「分かりました」
またスッと扉の前に彼女が戻る。
門番も兼ねているのか……もしかして屋敷に来てからずっと毎晩立ってますか?
「ノイエが何かやりだしたら報告だけ頂戴」
「畏まりました」
再び深く一礼するミネルバさんに見送られ……僕はポーラの部屋へと向かった。
今夜は久しぶりにぐっすりと眠れるはずだ。そう僕は信じている。
期待とは……裏切られるためにあるらしいけど。
「……ポーラさん?」
「はい」
「ちょっとお兄ちゃんとお話ししようか?」
「はい」
何故か嬉しそうにポーラが駆け寄りベッドの上に飛び乗った。
それは良い。礼儀に煩い叔母様が見れば怒り出しそうだけど、2人だけの状況で義理とはいえ可愛らしい妹の行動だから許せる。
ただどんなに心の広い僕でも許せない物がある。
「どこでこんな寝間着を買ったのかな?」
「にいさまのおみせです」
コリーさん……ウチの妹にどんな寝間着を? というかこれはあれか? ベビードールというモノか? 同人誌でしか見たことのない衣装を生でお目にかかれるとはっ!
ノイエに着せているスケスケのキャミソールよりも断然いい。スケスケ具合は弱まっているけれど首から胸にかけたV字の開きが特に良い。
今度コリーさんに頼んで何パターンか大量生産してもらおう。
「で、誰の入れ知恵?」
「……ししょうです」
「あの馬鹿賢者は……一度締めてやろうか?」
どうやら怒られていると気付いたポーラがシュンとして俯いてしまう。
ポーラが悪いわけじゃない。純粋無垢なポーラで遊ぶ存在が悪い。
「あら可愛いでしょう?」
「出たな巨悪の根源」
「酷い言いようね」
右の瞳に模様を浮かべたポーラが短い裾を掴んで持ち上げる。
何ですとっ! それは……もう下着というよりも紐なんですけど! ねえ!
「こ~んな下着を穿いて、こ~んなエロい服を着た幼い女の子に迫られるなんて……異世界の醍醐味でしょう? うりうり」
「止めろ~。ウチの可愛いポーラを汚すなっ!」
「へー。ならこっちは?」
はうあ~! お尻がほぼ丸出しだとっ! その下着ってもう下着の意味をなしてないよね!
「コリーさんになんて物を作らせてるっ!」
「あら? 意外とノリノリで作ってくれたわよ?」
こちらにお尻を向けて振ってよこす馬鹿に怒りを覚える。
だが相手はポーラだ。何という酷い人質。
「それにこの手の下着は線が出ないから重宝するのよ」
「そうなの?」
「コスプレ衣装を作って着る時なんて……何よその目は?」
僕の視線に気づいた馬鹿が、何故か胸の前で腕を組んで僕に侮蔑な視線寄こす。
だが怯まない。僕は今……百万の援軍を得た気持ちだからだ。
今この賢者は何と言った? 『コスプレ衣装を作って』と言ったよな?
「賢者様。いいえ。大魔女たる刻印の魔女イーマ様」
「……何よ?」
「お願いしますっ!」
ガバッとベッドの上で土下座した。
「ノイエたちに着せる服のデザインとか出来ないですかね?」
「……出来るわよ」
「本当ですかっ!」
嬉しさの余りに顔を上げたら、ポーラが僕を見下すような目を向けていた。
見下したければ見下すが良い。
絵心の無い僕にはコリーさんに身振り手振りで説明するにも限界があるのだっ!
「だったらノイエたちの服のデザインをお願いしたいんですけど……ダメ?」
「……条件があるわ」
少し躊躇った感じのある彼女が突如笑みを浮かべた。
それは悪魔のような……絶対に契約など交わしてもいけない笑みだ。
「何でしょうか?」
「デザインは私の自由。材料費や諸々はそっち持ち。何よりクレームもそっち持ち」
「構いません!」
僕としてはこっちの世界のワンパターンなドレスとか見飽きたのです。
昔から伝わる……と言って成長を見せないのはただの怠惰でしかない。
きっとコリーさんたちの腕をフル活用すれば、この世界でも独創的なファッションを広められるはず。何故なら僕にはノイエたちに着せたいという熱い信念がある。必ずや成し遂げる。僕の眼福の為に!
「だったらこの刻印の魔女が特別に引き受けてあげるわっ!」
「本当ですか?」
「ええ。私も……この中に居る原石たちに着せてみたい服があったのよ!」
「おお……神よ!」
僕の神はここに居た。たぶん邪神の類だけど気にしない。気になどしない。
「ならばまずこのベビードールを何パターンか作ってみるのはどうですか?」
「そうね。何個かデザインして色違えを揃えれば商品として売り出せるし、何より針子の力量も確認できる」
「ふっふっふっ……ウチの針子は精鋭ぞろいですよ?」
「あら? 私の求める水準はとても高いんだから」
互いに笑いあってガッチリと握手を交わす。
ぶっちゃけ利益など度外視だ。そんな物は弱者の言い訳だ。
僕は可愛いノイエたちをたくさん見たい。その為ならば金に糸目などつけない。
これが本当の愛だ!
それから賢者様と延々どんな服を作るのかを話し合い……僕は朝日を見ながら仮眠をとることにした。
「おはようポーラ」
「……」
眠い目を擦りながら体を起こすと、体育座りをしたポーラが頬を膨らませて拗ねていた。
「ポーラ?」
「ふんっです」
怒ってベッドを降りていく彼女を見て……そうか。昨日はデザイン決めでポーラと一緒に寝てなかったな。これは兄として許されない失態だ。後日機会を作らないと。
《こんなにゆうわくしたのに……》
部屋の隅に移動し衝立に隠れたポーラは自分の格好を見る。
師である魔女が発注した衣装は効果てきめんだった。物凄く興味を持って見てくれた。見つめてくれた。全身くまなく見てくれた。
ただ兄は思いもしない方向に突き進んでしまった。
《にいさまのばか》
頬を真っ赤にしながら拗ねつつ、脱いだ衣装を丁寧に畳んで着替える。
別の機会でもう一回と……そうポーラは決めたのだった。
~あとがき~
真面目なミネルバと不真面目なアルグスタの会話は楽しいなw
で、兄様を誘惑しようとポーラはベビードールを身にまといました。
一生懸命誘惑したはずなのに…刻印さんの言葉で事態は思わぬ方向に。
中の人たちはどんな服を着ることになるのでしょうね?
(C) 2021 甲斐八雲
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