まだあの一族が残っているだなんて

「嘘吐いたなホリー!」

「だぞ~!」


 壁に縛り付けられた2人の美女が吠える。


 片方は肌を露出させる面積が多い……ほぼ下着のような服を身に着けたレニーラだ。

 もう片方は一般的なクラシカルなロングスカートのメイド服を身に着けたシュシュだ。


 そんな2人が青いワイヤーなのようなものを手首に巻かれ、腕を頭の上に伸ばした状態で身動き一つできずに居た。


 拘束具の正体は、現在習得中のホリーの新しい魔法だ。

 自分の髪の毛で相手を文字通り拘束する。


 どちらがアルグスタの夫に相応しいか言い争いをしていたレニーラとシュシュの元に、普段通りのどこか他人を突き放すような表情で近づいてきたホリーは『魔法の練習をしたいの。少しだけ付き合って』と言って2人を拘束したのだ。


「違うのよ2人とも。私の話をよく聞いて」

「「……」」


 宝玉を使い外に出たはずのホリーは、その服を着替えて戻って来た。

 街娘にも見えるが、佇まいからお嬢様にも見える。

 お淑やか……その言葉が良く似合う姿になっている。ただ中身を知る2人は騙されない。

 ホリーの本質は飢えた獣であると。


 訝しむ2人の視線を無視してホリーは胸の前で祈るように手を組む。


「これはアルグちゃんからのお願いなのよ」

「旦那君の?」

「だぞ~?」


 ホリーの口から夫である人物の名前を出されると、2人は何となく抵抗を弱めた。

 本当に彼からお願いされたことを、ホリーが過大解釈で故意に間違えている可能性があるからだ。


「絶対に聞き間違えてるよね!」

「だぞ~! 旦那ちゃんは~こんなことを~させないぞ~!」

「……」


 気付いたかとばかりにホリーの視線が冷たくなった。

 まるで汚物でも見るかのような目を2人に向ける。


「最近貴女たちは外に出すぎなのよ」

「それが本音かっ!」

「だぞ~!」


 街娘の様相は消え、そこには王都に住む人たちを震え上がらせた殺人鬼が姿を現す。

 囚われている2人はジタバタと足を振るい抵抗を再開した。


「まあ私より魔力があるシュシュは仕方ないとしても、レニーラは出すぎでしょう? どんなズルをしているのよ?」

「知らないからっ! 勝手に魔力が貯まるだけだからっ!」


 答えるレニーラも実は疑問に思っていた。

 ここ最近本当に魔力の回復力が驚異的なのだ。


「ああ。それなら私が実験で手を加えただけだから……じゃ」

「「「……」」」


 不意に聞こえてきた言葉に3人が視線を巡らせる。

 頭からローブを被った規格外の化け物が……散歩でもしているかのような軽い足取りで通り過ぎて行ったのだ。


 その正体は、歴史の上では三大魔女の1人に数えられる刻印の魔女だ。


 こちらからの呼びかけには気まぐれでしか応じない割には、こうやってたまに徘徊している。

 ただ今日は何かしらの目的があったのか、脇に『小さいのに大きい』と呼ばれているリグを抱えていた。


 そのリグは……抱えられて運ばれているのにグッスリと寝ているのだからある意味脅威だ。


「……1つの謎が解けたわ」

「「……」」

「何よ? あれが勝手をするなんて最近だと当たり前のことでしょう?」

「よね」

「だぞ~」


 ホリーの言葉に頷くしかない2人は渋々応じる。


「結果として貴女たちは外に出すぎて遊びすぎなのよ!」

「ホリーの言葉も勝手すぎるよ!」

「だぞ~!」


 一方的な非難に対し2人は抗議の声を上げる。


「そもそもホリーは出る度にやりすぎなんだよ! だから旦那君が怯えるんだから! その気にさせるの大変なんだから!」

「その気にさせる?」


 舞姫の言葉にホリーは嘲り笑うような表情を作り出す。


「レニーラに興味がないから元気にならないんでしょ?」

「何を~!」


 憤慨し拘束されている腕を外そうとレニーラは必死に藻掻く。

 だが手首に巻かれているホリーの髪は解けず、何より頭上の壁に髪の一部が打ち込まれているか腕を下げることもできない。足を伸ばして相手を蹴ろうとするが、その全てが空を切る始末だ。


「このっこのっ」

「無駄よ」

「ぐぬぬ~! シュシュも反撃してよ!」


 口を塞がれていないシュシュなら魔法が使えると思い出し、レニーラは横に居る魔法使いに援護を求める。

 けれどシュシュは恥ずかしそうにモジモジとしていた。


「シュシュ?」


 あまりの様子に足を振るのを止めてレニーラは彼女を見る。


「私の場合は旦那ちゃんが求めてくるから……やんっ」


 前回のことを思い出し、シュシュは顔を真っ赤にして恥じらう。


「「この裏切者~!」」


 何故か敵が2人となって、シュシュは容赦なく足蹴りされる。


 反撃に封印魔法が飛び出し……しばらくして軽く運動するために欠伸交じりで歩いて来たカミーラがそれを見つけた。


「何してるんだ? お前らは?」


 拘束と封印の魔法で床に転がっている3人に対し、カミーラは冷ややかな視線を向ける。

 多分見てて呆れるであろう醜い争いでもしていたのか、3人とも服などが破けボロボロの状態になっていた


「遊ぶのはいいが、少しは大人しくやれ」


 呆れながら髪をかき上げカミーラはそれを思い出した。


「それとここは男共も通るから……手は出さないだろうが見られるのは覚悟しておけ?」

「「「っ!」」」


 魔法の打ち合いから口を塞がれている3人が床の上で陸揚げされた魚のようにビチビチと動く。


 軽く笑いながらそれを無視したカミーラは、また欠伸をして通りを進んでいく。

 あの3人は少しぐらい裸を見られる恐怖に曝されて……自重を思い出せばいいのだと結論付けたからだ。




「ん~。あの3人にも恥じらいはあるのね」


 遠い場所に向けていた視線を元に戻し、刻印の魔女は捕まえてきた人物の肌に手を伸ばす。

 褐色の肌に藍色の塗料で刻まれた刺青。


 何気なくスルーしていたが、魔女はふと気づいた。

 最初は『あの体格であの胸っておかしいわよね?』と言う好奇心からの観察だった。だってこんなに大きいのに仰向けにしても横に流れないのだ。


 ありえない。重力を無視しているか、何かしらの詰め物を入れているはずなのだ。

 だから観察していたら気づいた。

 この子の刺青が、皮膚が、術式を発動する度に何故耐えれるのか……その疑問にだ。


 描かれている魔法式はたぶんあの始祖ばかの系譜だ。

 正統派な魔法使いを目指した始祖は、とにかく難しい模様や魔法語を作ることに傾倒した。


《複雑なのは面倒くさいって何度も言ったのに》


 だから刻印の魔女はシンプル路線に走った。

 簡単な綴りと魔法語。何より見た目を重視して錬金術っぽい感じの形を作った。


《今思えば……考え方が違ったのだから仲違いするわけよね》


 褐色の肌に指を這う。


「んっ」

「……」


 何故か相手から艶めかしい声が聞こえてきた。

 たぶん手術で皮膚が薄くなっている場所に触れたのだろう。


《つまり皮膚を切ったことで……脂肪細胞が胸に集まった?》


 細胞の概念がない世界だ。きっと手術した者が『余った肉は胸に集めるか』とばかりに集めた可能性がある。胸は膨らむものとして害がないと思ったのかもしれない。


《何よりこの手術跡からして……胸が膨らむのを前提に手術してある》


 触れてみて理解した。この手術をした人間はある種の変態だと。


《腕が良いからこんな馬鹿げた所業が出来たのでしょうね。何より傷跡を少なくしようとした努力が凄い凄い》


 余程この子を愛していたのだと痛いほど伝わってくる。


《刺青の謎は……この魔法式か》


 足の裏や両脇に隠すように存在している式が答えだった。


《術が発動したら刺青を……その皮膚を保護する術式ね》


 式の様子からして、最初の物を改良したのはあの術式の魔女だろう。


「愛されているのね。本当に」


 クスクスと笑い刻印の魔女は相手の腹の上に右手を置く。

 ヘソの上……手のひらを押し付けるように。


「でも私はとっても悪い魔女だから……こんなに愛されている存在を見ると意地悪したくなるの。恨むのなら貴女の体に流れているこの血を祟りなさい」


 言って魔女の右手がリグの腹に文字を綴ると、ズブズブと褐色の肌に沈んでいく。


「まさかまだあの一族が残っているだなんて……想定外だったのよ」




~あとがき~


 この3人って何気に仲良いよなw

 そんなわけで本日も骨肉の争いをする3人+ツッコミ役の姐さんでした。


 で、刻印さんはリグを捕まえ…何をする気だ? 何の話だ?




(C) 2021 甲斐八雲

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