困ったらアルグスタ様を頼るのですよ
「物凄く面倒くさいんですけど?」
「かえりますか?」
「帰れるならね」
よしよしとポーラの頭を撫でてあげると猫のように目を細める。
見てて愛らしい。本当にポーラは癒しである。
ただ周りのメイドさんたちが『ほふっ』と熱い吐息をこぼしているのが怖い。
ここは変態の巣窟だったのか?
「アルグスタ様。本日はお忙しい中、申し訳ございません」
出迎えの為に出てきたフレアさんがエクレアを守るように抱きしめ、本当に申し訳なさそうな表情を浮かべている。
ここはどうやら変態の巣窟らしいから母親であるフレアさんも気が気でないらしい。
孤児の巣窟と言われていた場所は子供好きの巣窟だったのか?
「そう思うんならあの馬鹿に『アルグスタに仕事を振るな』と言ってもらえる?」
「……あの人も忙しい様子ですから」
馬鹿兄貴が忙しいのは理解している。
南部の査察でこれでもかと問題点が発見されたとかで、現在あの馬鹿は鬼の事務仕事期間に突入しているのだ。
聞けば屋敷に戻って来たのは帰ってから数度だけで、大半を城で過ごしているとか。
「まあ可愛い姪っ子が見れるからいいんだけどね。非公式だけど」
「……本当に重ね重ね申し訳ありません」
抱いている子供をあやしながらフレアさんが頭を下げてくる。
父親不明のエクレアは、書類上では母親も不明になっている。
王弟屋敷の前に早朝捨てられていた。それが孤児であるエクレアの経歴だ。
我が子を抱いているのにそれを公にはできないのは、見てて気の毒に思える。
「フレアさんがどうしてもその子の母親を名乗りたくなったら言ってね」
「はい?」
キョトンとした表情で彼女が見つめてくる。
「ユニバンス王国一の問題貴族が決まり事なんて無視してどうにかするからさ」
軽い口調で安請け合いする。
だって家族は一緒の方が良いに決まってるしね。
「……分かりました」
苦笑しながらフレアさんは我が子を見つめ『困ったらアルグスタ様を頼るのですよ。エクレア』と言い聞かせている。なんて恐ろしい睡眠学習でしょう。
ただエクレアに何かあったら……アイルローゼが黙っていない気がする。シュシュもか。
「さてと……厄介な仕事を片付けますか」
本日王弟屋敷にやってきたのは、馬鹿兄貴に押し付けられた仕事をするためだ。
僕の声に顔を上げたフレアさんが待機しているメイドさんの1人に目を向ける。
「ミネルバ」
「はいメイド長」
整列しているメイドの1人が歩み出てくる。
「あとのことはお願いします」
「畏まりました」
2代目メイド長であるフレアさんに頷き返すのは、ポーラが『先輩』と呼んで慕っているメイドさんだ。
オレンジ色の髪の肩に触れる程度の長さで、瞳は黄色だ。若くて美人だけど数多くの美人を見ている僕からするとそこまで順位は高くないかな? ノイエの姉たちが規格外すぎるんだけど。
「ミネルバさんって言うんだ……初めて知ったわ~」
「アルグスタ様?」
「そう言わないでよ。嫌われ者も大変なのよ」
頭を掻く僕にフレアさんが呆れ果てる。
屋敷で働いているメイドさんたちなら名前を把握しているけど、お城で働いているメイドさんの名前なんて基本聞かないし、聞いたりしていると『妻だけを愛するとか言ってたアルグスタの奴がメイドに手を出そうとしているぞ?』と囀る馬鹿貴族が必ず現る。
だから気軽に名前なんて聞けないのだ。
「気軽にメイドさんに声をかけられないからポーラの存在って助かるんだけどね」
「はい。わたしはにいさまのせんぞくです」
僕の横で胸を張る小さなメイドに他のメイドさんたちが……もう良い。みなまで言わせるな。
「いつもポーラの面倒を見てもらってありがとうね」
「お礼など必要ありません。ラインリア様とスィーク様からのご命令ですので」
ん? その2人の命令ってことは?
「あ~。もしかして?」
「はい。私はここの出なので」
納得した。だからこのミネルバさんが今日居るわけか。
「なら今日の補助というか説明も宜しく」
「承りました」
寸分の隙も無い動きで、先輩メイドさんが奇麗なお辞儀をしてくれました。
「ああポーラちゃん」
「っ!」
いつも子供たちが遊んでいる中庭に出ると、瞬間移動かと思う速度で義母さんが姿を現してポーラを抱きかかえた。
誰も反応できない。ミネルバさんですら一瞬驚いてからその表情を元に戻した。
恍惚とした表情でポーラの頬を頬擦りする義母さんはこのまま放置しておこう。
「それで今日は何を?」
「はい」
言うとミネルバさんがスッと腕を動かし指し示す。
元気に駆け回る子供たちの姿はなく、中庭の中心には人が立っている。
「あそこに居る者たちが、今回この場所を出る予定の者たちです」
「3人か」
「はい」
見た限り全員女性だ。男性は居ないのか?
「男は?」
「ここ最近国軍への徴兵機会が多かったので、前倒してこの場所を離れています」
「それに馬鹿兄貴が直接雇用してるのも居るってことか」
「はい」
馬鹿兄貴が支配している密偵衆の大半はここの出身だと聞くしね。納得だ。
離れた場所から観察しているが、3人の少女たちはピシッと立っている。
少しも動く素振りが無い。どんな教育を施しているのかと思うけど……ここのメイドたちはスィーク叔母様が教育した者たちだけだ。たぶん軍隊よりも厳しい訓練を受けたに違いない。
ふと視界に小さな手が映ったので軽く頭を振ると、ウチの義妹ものだった。
必死に手を伸ばし救いを求めてくるポーラには気の毒だけど、義母さんから君を引きはがすと『ならノイエを連れてきて!』と騒ぎ出すに決まっている。
本日のノイエは遠い場所でドラゴン退治をしているから呼んでも来てくれないんだよ。故意かもしれないけど。
「それで僕は彼女たちの何を審査すればいいのかな?」
本日の仕事……それは見習メイドさんたちの研修過程の最終確認らしい。
馬鹿兄貴もどんな仕事を僕に回してくるのかと思うが、義母さんが一緒に参加するから何となく分かった。
半竜人の義母さんを人前に出すことは基本出来ないしね。
「ここでの最終確認は実務形式での対応です」
「ふむふむ」
そっとまたミネルバさんが腕を動かし指し示す。
「あの場所でラインリア様とアルグスタ様には寛いでいただき、彼女たちがちゃんと仕事をこなせるかその目でご確認していただきたいのです」
「なるほどなるほど」
つまりメイドらしく振る舞えるのかのチェックなのね。それなら僕にもできるな。
何せお城や自宅で数多くのメイドを見てきた。今の僕ならメイドさんの良し悪しぐらい、
「ただ大きく驚いたりしませんように」
「はい?」
メイドさんのチェックだよね? 驚くって何?
顔を向けるとミネルバさんが柔らかな笑みを浮かべていた。
「今回の相手は3人……ですので、私も少々本気で襲撃させていただきます」
ああ。そっち。そっちなのね。
「襲撃って?」
確認は大切だよね?
「はい」
柔らかくそして薄く彼女は笑う。
「要人警護ぐらいできないメイドはこの国には必要ありません……とスィーク様のお言葉です」
あの叔母さんは、メイドの仕事を根底から間違っていると思います!
~あとがき~
産休中のフレアさんは我が子を抱いて…守っているようにしか見えないけどw
ノイエの代わりにポーラを抱きしめた義母さんは変わらずに元気です。
そしてようやく名前を出せた先輩さんことミネルバさん。
スィーク秘蔵の愛弟子が、見習メイドの試験を行います。
あれ? 叔母様は?
(C) 2021 甲斐八雲
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