私、結婚したの

「ん~だぞ~」

「シュシュ? 何か用?」

「ん~」


 フワフワと歩いて来た黄色に対し、グローディアは疲れ切った様子で顔を向ける。

 彼女の隣に座る魔女はブツブツと呟きながら虚空に指を動かしている。何度か見たことがある姿にシュシュは納得しながら内心で呆れた。


 学院時代後期のアイルローゼはこうして図面を残さずプレートを刻んでいた。

 まるで自分と言う痕跡を残さないかのように、弟子であるミローテと2人で作業をしていたのだ。


「エウリンカを~探して~いるぞ~」

「エウリンカ?」


 問われてグロ―ディアは床に書き物をしている手を止めた。


 あの変人は……最近全く見ていない。


「中央は?」

「ミャンが~最近~見て~無い~って~言ってた~ぞ~」

「そう。最近はミャンが居るのね。なら右は?」

「カミーラが~寝てる~から~たぶん~来ない~ぞ~」

「あれなら誰が寝てても通り過ぎるでしょう?」

「ん~。だったら~こっちも~通る~ぞ~」

「確かにね」


 グローディアもそれを認める。


 床を這って移動するあの変人は、誰が居ても気にしない。

 唯一恐れていたのはカミューぐらいだ。撲殺されそうになってトラウマを抱いたらしい。


「あの変人なら、この奥を進んだ深部に居るはずよ」


 ずっと虚空に指を動かしていたアイルローゼが目も向けずに口を挟んで来た。


「本当に~?」

「移動していなければ居るはずよ」

「それが~一番~困る~ぞ~」


 フワフワと移動を開始しだしたシュシュに、グローディアが視線を向ける。


「どうしてあの変人を探しているの?」

「旦那~様に~頼まれた~ぞ~」

「ん」


 反応してアイルローゼも目を向ける。


「どうしてかしら?」

「魔剣を~作って~欲しいん~だぞ~」

「魔剣を?」

「あと~お尻を~100回は~叩くって~言ってた~ぞ~」

「それは止めないのだけれど」


 百叩きはどうでも良いらしいアイルローゼは口元に手を寄せる。


「どんな物を作るか聞いたのかしら?」

「聞いた~ぞ~」

「……そう」


 底冷えするような返事にシュシュはフワフワを止めた。

 余りの恐怖に身が竦んでしまったのだ。


 我関せずとグローディアは元々の作業に戻る。


「で、どんな魔剣なのかしら?」

「うんと~」


 説明を受けた魔剣の概要をシュシュは隠しもせずに全て語る。

 怖かった。無表情にも見えるのに薄っすら笑う魔女の様子が怖かった。


「……悪くないわね」

「だよね~」

「それだったらあれを連れ出して作らせても良いわよ。ただし」

「分かって~いるぞ~。ノイエに~変な~ことは~させない~ぞ~」

「分かってるみたいね」


 軽く目を閉じアイルローゼはため息を吐く。


「それとあの変人は宝玉を使わせて外に出して」

「どう~して~だぞ~?」

「そうすれば魔剣を作れば帰って来るでしょう?」

「だね~」


 確かにその通りだと認め、シュシュはフワフワしながら奥へと進んで行った。

 また作業に戻ったアイルローゼに対しグローディアが目を向ける。


「ねえ魔女?」

「何かしら?」

「ちゃんとした魔剣を作るならノイエの体を使わせた方が良いでしょう?」

「……ならノイエのお尻を100回叩かせたいの?」

「ああ。本当に叩かせたかったのね」


 それを理解してグローディアも作業に戻った。




「あれ~? ミャンが~居る~?」

「シュシュか。どうしたの?」


 壁に寄りかかるようにして座っていたのは幼馴染の女性だった。

 青い髪と緑色の瞳を持つミャンは髪を短くしてボーイッシュな感じに見える。

 確かに異性より同性に好かれるのがミャンでもあるが。


「真ん~中に~居なくて~いいの~?」

「ホリーが魔法の練習をしているから逃げて来たのよ」

「そう~なんだ~」


 だったら魔女たちも何か言ってくれれば良かったのにとシュシュは思う。

 作業に没頭していて気づいていなかった可能性もあるが。


「シュシュはどうしてこんな場所に?」

「エウリンカを~探して~いるんだ~ぞ~」

「あの変人を?」

「だぞ~」


 フワフワと行ったり来たりしている幼馴染をミャンはジッと見つめる。


 変わらずに愛らしい。

 昔から変わらずに本当に愛らしい。

 このまま魔法を使って拘束し、ずっと飾って居たいほどに愛らしい。


「ミャン~? 鼻息が~荒いぞ~?」

「はっ!」


 指摘され、ミャンは慌ててパンッパンッバシッと顔を叩いて強引に誤魔化す。


「旦那~ちゃんを~前に~した~ノイエ~みたい~だぞ~」

「……最近のノイエってそんな感じなの?」

「だぞ~」


 外を見ることで嫌なことを思い出しそうで極力外を見なかったミャンとしては、余り知りたくなかった情報でもある。


 ピタッとフワフワを止めたシュシュは、床に腰かけている幼馴染の前にペタンと座った。


 無邪気で隙だらけの様子にミャンの心臓がドクンと脈打つ。

 本当に可愛らしい。愛らしい。これほどの存在がどうして幼馴染なのだろうか?


「ミャン」

「何よ?」


 独占したい。このままずっと一緒に居たい。それこそ夫婦のように、


「私、結婚したの」

「……はぁ?」


《けっこん……結婚?》


「旦那様のお嫁さんにして貰ったの」

「……」


《お嫁さん?》


「昨日もいっぱい愛して貰って……これが幸せなんだなって。あはは~」


 恥ずかしくなったのか、笑いながら赤くなった頬を擦り……シュシュは立ち上がるとフワフワしながらその場から逃げ出した。


「……うそ、よ」


 残されたミャンはしばらく固まり動かなかった。




「エウリンカ~だよ~」

「だれ……シュシュか」


 ムクッと顔を上げた変人は、そのまま顔を床へと戻す。

 フワフワと近づいたシュシュは、むんずとエウリンカの髪を掴んで頭を持ち上げる。


「君っ! 色々と痛いんだがっ!」

「エウリンカは~痛みを~感じ~ないって~カミューが~昔に~言ってた~ぞ~」

「感じる! 痛い、痛いっ!」


 パッと髪を離すとバタンと変人は床に戻った。


「何なんだね!」

「怒った~ぞ~」

「それは怒るだろう!」


 体を起こし激怒するエウリンカに、シュシュはフワフワしたままだ。


 聞く耳はありませんと言うか、自分の行いを棚の上に乗せて……シュシュはエウリンカの暴挙を許していないのだ。

 ノイエを素材に魔剣を作ろうだなんて絶対に許せない。


 上半身を起こしても決して立ち上がらない相手を見つめ、シュシュは魔法を使う。


「何をっ。むぐっ」


 騒がれると厄介なので口まで封じ、シュシュはエウリンカを引き摺って行く。


「むごっ! ふごっ! あぼっ!」

「エウリンカは~煩いん~だぞ~」

「おごっ!」


 全身を床に打ち付けながらエウリンカは運ばれて行く。


 時折休憩を挟みながら……シュシュは軽く迷子になりながら数日かけてエウリンカを運ぶのだった。




~あとがき~


 お願いされたからと、シュシュはフワフワしながら変人を探す。

 そこで出会ったのは幼馴染のミャンは、無邪気なシュシュにハァハァします。

 ついに知った絶望的な宣言に…彼女はしばらく置物になったそうな。


 エウリンカが外に出ますw




(C) 2021 甲斐八雲

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