閑話 3
「大丈夫ですか?」
「ええ。おかしく無いですよ」
「……本当ですか?」
「はい」
ガタガタと震えている若い騎士に、バックヤードの住人と噂されている女性が柔らかく笑う。
女性は全体的に柔らかな感じのする美人だ。青く長い髪を仕事の邪魔にならないように首の後ろで束ねている。未婚なのに人生経験が豊富なこともあって、何処か周りの人たちに彼女を未亡人のような印象を与えてしまう。
表だって行動すると異性に声を掛けられるからと店の奥に引き籠っているのは、彼女なりの自己防衛でしかない。その美貌もさることながら豊かな胸の膨らみが異性の視線を集めてしまうのだ。
鏡の前に居る騎士は終始忙しなく視線を彷徨わせていた。
「大丈夫ですよ。ルッテ様」
「でもでもでも」
「貴女は騎士様なのでしょう? こう背筋を伸ばして胸を張って」
女性はルッテと呼んだ相手の肩に手を置き、軽く胸を張らせる。
ポーンッと内圧に負けてボタンが飛んだ。
「……余り頑張るとこうなるのでご注意ください」
「はうぅぅ~」
吹き飛んだボタンが仕事を放棄したので、後のボタンも圧に負けて弾け飛ぶ。
シャツの前を完全に開けさせたルッテが……飛び出した自分の胸を押さえて表情を暗くさせた。
「あの~ルッテ様?」
「はい」
「また育ちましたか?」
「……」
胸を押さえてしゃがんだ相手の様子から、女性は全てを察した。
「コリーさん」
「はい」
「どうしたら胸の成長って止まるんですか?」
「……」
改めて質問されると答えに困る。
自分の場合は……気づけば止まっていた。
「成長が止まれば?」
「それがいつだかを聞きたいのです」
「ルッテ様ももうそろそろ止まりますよ」
「本当ですか?」
ルッテの肩に男性用の上着を掛け、コリーと呼ばれた女性は大きなサイズの女性服を探す。
「そうしないとウチで扱っている服でルッテ様が着れる物が無くなります。そうなると後は全て特別注文になるので値段の方が……」
「はぁうぅ~」
自分の胸を押し潰すようにしゃがんだルッテが泣き声を上げた。
コリーとしては掛ける言葉が見つからない。
胸が小さくて嘆いている女性が居るのも知っているが、こうして大きすぎて泣く者も居るのだ。
何事もほどほどが丁度良いらしい。
「姉さん。今、大丈夫?」
「ええ。何かしら?」
「モミジ様がいらっしゃいましたので」
「モミジ様が?」
軽いノック音の後に僅かに開いたドアの隙間から店主をしている弟の声が聞こえてきた。
しゃがんでしくしくと泣いているルッテの扱いに困っていたコリーは、どこか救われた表情を浮かべて訪れたお客様を中へと誘う。
普段コリーが居るのはお店の裏側なので、本来ならお客様がここに来ることはない。
けれど店のオーナーの知り合いであるお客様に限り奥へとやって来れるのだ。
「失礼します」
礼儀正しく深々と頭を下げてやって来たのは、オーナーが預かっている他国の女性だ。
黒髪の美人であり、腰に差すカタナであのドラゴンを退治することの出来るドラゴンスレイヤーだという。
「これはモミジ様。今日はどうしましたか?」
「はい。実は……あら? ルッテさん?」
「……モミジさ~ん」
同僚の登場に床を這って進んだルッテがモミジに抱き付く。
日々の修行で足腰を鍛えているモミジは、相手の突進を苦も無く受け止めた。その顔に苦笑を浮かべはしたが。
「どうかしたのですか?」
「胸の成長が止まらないんです」
「それは……何とも」
返事のしようがない言葉だった。
グズグズと泣く相手の頭を撫でながらモミジは内心で息を吐く。
自分の周りには胸を大きくする方法を聞いて来る者が多いが、成長を止めたいと嘆く者は居ないからだ。
「わたしも大きい方だと周りから言われますが、ルッテさんのは……その……凄すぎますので」
チラリとこちらの様子を伺っているコリーにも目を向ける。
確かに彼女も立派な物を持っているが、それでも抱き付いて来ているルッテの方が凄い。
「まあそろそろ止まると思いますが?」
「そろそろじゃなくてもう止まって欲しいんです」
しくしくと泣く相手を床に降ろし、モミジはコリーに対して救いを求める目を向ける。
「何かあったのですか?」
「……今度ご自宅に彼をお誘いするとか。それで部屋着の方を準備していたのですが」
「胸のせいで?」
「はい」
静かな返事にモミジは何も言えなくなった。
定期的に胸の成長で着る服を失うルッテの金銭的な苦労話は何度も聞いている。
お菓子の食べ歩きの回数を減らせば良い気もするが、彼女の場合は消費の激しい祝福を持っているから仕方ないとも言える。
「アルグスタ様が準備してくれるお菓子で我慢してここを乗り切るのはどうですか?」
「成長が止まらないとずっとなんです~」
「それは……」
「それに彼にこれ以上の迷惑は~」
ウルウルと涙を貯めた目で見つめて来るルッテに、モミジとしては返す言葉もない。
仮に結婚すれば……聞く話ではルッテの場合はその祝福の関係もあり騎士から引退することは許されないらしいが、その時は王都に小さいながらも屋敷を与えられ、そこに置かれることとなるらしい。
現在婚約中と目されている相手は実家の家業を継ぐ予定だから、相手の両親が健在な間にこちらで子を産んで育てるしかない。
別々の場所で暮らすことが確定している夫婦なのに、これ以上夫となる人に不自由を押し付ければ……婚約を破棄されるもしれない。
そのことをルッテはとても怖がっているのだ。
「でしたらルッテさん」
「はい?」
「わたしのようにサラシを巻きますか?」
「……」
最近まで怪我の治療で胸に包帯を巻いていたルッテとしては、あのサラシと言うものは好きになれない。
確かに胸を押し潰せて助かるのだが、汗でサラシの中が大変になるのだ。
「だったら少し小さなブラジャーをしてみるのはどうですか?」
「小さいのですか?」
思いついたとばかりに言うコリーの提案を受け、ルッテは普段している物よりも小さな物を手にして身に着けだす。
集められた胸で谷間が凄いことになっているが……鏡に映る自分の姿を見たルッテが頭を抱えて苦悩しだした。
その様子から視線を外し、コリーはモミジを見た。
「それでモミジ様は本日は?」
「あっはい。実は今夜彼の誘いで食事に行くことになりまして……」
恥ずかしそうにスカートの裾を手にしたモミジがモジモジとして見せる。
「ドレスを1人で着るのがまだ苦手なので、こちらで購入して着付けの方をお願いしようかと思いまして」
「そうでしたか。モミジさんに似合いそうなドレスを確保していたので少し待っててくださいね」
言うや山と積まれている服の間に身を躍らせ……コリーは服の中に消える。
モゾモゾと動いた衣類の山がしばらくすると沈黙し、ひょこッと隙間からコリーが顔を覗かせた。
「色は黄色なのですが似合うと思います」
「そうですか」
受け取り軽く鏡の前であてがってみる。
明るい色なだけに自分に合うか不安になるけれど、良い目を持つ相手の勧めに逆らう気もない。
モミジとしては着物以外の良し悪しはさっぱり分からない。
「でしたらこちらをお願いできますか?」
「はい。お支払いの方は?」
「帰りに弟さんの方にお支払いします」
「そうですか」
趣味の一面を見せることの多いコリーであるが、ちゃんと商売のことは忘れない。
ただモミジは英雄ノイエほどではないがドラゴン退治で普通の騎士よりも稼ぎは多い。王国からは客将扱いなので未払いの心配もない。国が補填してくれる。
「でしたら今着ている服の方は?」
「袋に入れて宿舎の方に置いて行きますので」
「分かりました」
答えてスルスルと服を脱いでいくモミジを見て、コリーは小さく首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いえ少し」
コリーは手を伸ばし確認する。
大きさ、形など相変わらず素晴らしい。若くて鍛えていることもあって垂れる様子もない。
コリーの勘は間違いでは無いらしい。
「モミジ様も胸が大きくなられているようです」
「そうですか?」
自覚が無かったのかモミジは自分の胸を見つめる。
と、彼女の背後からそれが抱き付いて来た。
「モミジさんもこっちに来ましょうよ~」
「ちょっと止めてくださいっ!」
手を伸ばし揉んで来るルッテの手を振り払うように、モミジは抵抗する。
「……これ以上大きくなったら重いだけじゃないですかっ!」
「重いんですよ~。分かってますよ~」
「止めて~」
戯れる2人を見つめ、コリーは胸の大きな服をどうにか仕入れられないか真剣に悩み出した。
後日コリーは店のオーナーの助言から、王弟様のご婦人からドレスを買い取ることに成功した。
結果としてルッテを含め“自分”たちの衣服問題は解消するのだった。
~あとがき~
最近ずっとホライゾンな方たちの話ばかりだったので、大きいがゆえに困っている人たちを集めてみましたw
コリーさんには浮いた話はないですが、あとの2人は順調そうで。
ただルッテはまだ気づいていない。メッツェ君が絶対にルッテとの婚約を破棄できない人であるという事実を! いつばれるのかな?
次回は…とあるメイド視点の話です
(C) 2021 甲斐八雲
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