本当に出れたよ~!

 短期間で調査と解析を終えた。

 無駄に人材は豊富だから、与えられた魔道具おもちゃを動かす準備は整った。


 ただ今回の最終確認は魔眼の中で行えるような物では無い。外で行う必要がある。失敗すれば何が起こるのか分からない。でも人体実験をしなければ成功するのか分からない……この時ほど気が重くなることは無い。


 それなのに、だ。


「アイルローゼ!」

「何よ?」

「その新しい魔道具の実験は是非ともこの私に! 良いよね!」


 犬のような尻尾でも生えていれば全力で振り回していそうな舞姫の様子に、アイルローゼは深いため息を吐く。


 自分の苦悩が一体何だったのかと思わせるほどに目の前の人物は恐怖を感じていないのだ。

 前回の魔力流用の実験をセシリーンが務めたと知ってしばらく拗ねていたと聞いていただけ、今回は一番にやって来るかと思っていたら正解だった。

 失敗すればどうなるか分からないのに志願して来る者の存在は有り難くもあるが。


「分かっているの? 初めての実験である以上、失敗することもあるのよ?」

「はいは~い。でも私はセシリーン以上にこの中だと役立たずだしね。心配無用だよ!」


 プルンと大きい部類の双丘を震わせ、全力で胸を張れる精神をアイルローゼは理解出来ない。

 ノイエの為なら何でも一番を要求するレニーラだが、彼女とて決して馬鹿では無いはずだ。

 馬鹿では無いのにこうして馬鹿なことを言うのは……やはり馬鹿なのかもしれない。


 ただレニーラは自分の役目を理解しているし、それを実行する強い心を宿している人間だ。

 その証拠に前回刻印の魔女に襲われた時、迷うことなく最初に突進したのは彼女だった。


 エウリンカが魔剣で彼女ごとあの刻印の魔女の胴体を真っ二つにしたはずだが……斬れたのはレニーラだけだったという、刻印の魔女曰く『オチ』もあるが。


「……分かったわ。失敗しても恨まないでね」

「あはは~。恨まない恨まない」

「なら始めるわよ」


 手にしていた宝玉をレニーラに投げて渡し、アイルローゼは準備を始めた。




「ん~?」


 寝返りを打ったら何か硬いモノに当たり、ポーラは目を覚ました。

 昨晩は兄と姉の部屋に来て3人仲良くベッドで眠った。姉が何故か怒った雰囲気を出していたが、いつも通り優しく抱き締めてくれたから問題は無いはずだ。


 グシグシと目を擦り小さく欠伸をして、何となく違和感に気づいた。何かがおかしい。


 兄が寝ている時は下半身の方は見ないことにしている。

 あれがあれしているのは、クレアと小さなお姫様が言うには『普通のことなの(です~)』と説明を受けた。そういうモノらしい。

 今日はそっちじゃない。違和感の正体は……ゆっくりと見渡してそれに気づいた。


「にっにいさまっ!」


 慌ててポーラは、アルグスタの体を揺らした彼の顔を覗き込んだ。




 出来たらソフトな感じで起こして欲しいのです。


 ピリピリと全身に走った痛みの電気で目が覚める。

 でもまだ視界はぼんやりとして……白く見える髪と赤い目が映った。

 ノイエが起こしてるのか。本当に甘えん坊だな。


 そっと捕まえてキスをして黙らせる。これがノイエに対しての一番の解決方法です。

 静かになったノイエをそのままに、しばらく微睡みを堪能してから改めて目を覚ました。


 ノイエさん? 僕を起こしておきながら自分は寝ているとか高度な嫌がらせを……ポーラもまだ寝ぼけてるのか遠くを見つめてぼんやりしてるし。

 ここは可愛いお嫁さんにもう一度王子様のキスで……はて?


 ノイエにキスしようとして何かに気づく。とてつもない違和感だ。

 お腹付近に掛けられているノイエの毛布がポッコリと膨らんでいる。ポッコリとだ。


 あれ~? ノイエさんのお腹が……ふおっ!


 完全に目が覚めた。って一晩で妊娠とかあり得ないだろう!


「ノイエ~!」

「……はい」


 パチッと目を覚ましたノイエの動きが止まる。

 普段ならそのまま腹筋一回で体を起こすのに、お腹の違和感で止まっている。


「アルグ様」

「お、おう」


 ご懐妊か? ならば僕は今日から馬車馬のように働くよ?


 仕方ないよね。ノイエは産休だしね。夫として僕は全力で彼女を休ませるのです。

 僕の決意など気づかず、ノイエは膨らんだお腹を押さえてふわりと立ち上がると静かに手を退かす。

 スルスルと膨らみが下へと移動して……『出産!』では無くて、ボフッとマットレスの上に落ちたのは朱色に染まった玉だ。


 何か見覚えがある。サイズ的には宝玉のような?


『痛いよノイエ~。もう少し優しくしてよ~』


 ビクッと反応し辺りを見渡す。

 気のせいか今、レニーラと言う悪友の声が? 気のせいだよね?


『お~。本当に外に出れた~』


 何となくノイエの視線に気づき、僕も恐る恐るそれを見る。

 認めたくないだけだ。

 だって朱色の宝玉は、よく見るとレニーラの髪の色と同じ色をしているのだから。


『ノイエ~。まだ魔力が足らないかも? もうちょっとギュッと抱きしめて~』

「はい」


 ほぼ反射的に命じられるままに、ノイエが両膝を着いて宝玉を抱きしめた。


『そうそう。それで魔力を流し込む感じ? 良く分かんないけど』

「頑張る」


 パリパリと静電気チックな音を発してノイエが宝玉を全力で抱きしめる。


『あっ! 何か来た~!』


 説明が抽象的過ぎて困るんだけど、悪友よ! 出来たら具体的に説明を求む!


 ポンッと音がして、ノイエの胸の付近からモクモクと煙が立ち上った。


「出れた~! 本当に出れたよ~!」


 煙が消えると、そこには朱色の髪をなびかせてレニーラが立っていた。


 きっと僕はまだ寝ているに違いない。そして悪夢を見ているのだと……そう思うだろう!




~あとがき~


 舞姫と言う名の問題児が爆誕!

 710話付近の妊娠話は当初この話の前振りだったんだけど…追憶挟んだりしたら分かりにくいよね?

 伏線と言うかフラグを失敗すると、こうやって書き手が苦しくなる見本ですw




(c) 甲斐八雲

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