割れた瀬戸物か
「アルグスタ様?」
「……」
空気を全く読まない変態の声が目の前から聞こえてくる。
自宅に居ても地獄だから必死の思いで登城したら……陛下たちの事情聴取が半端無いんですけど? 僕が何をしたと言うの? 少なくとも個人的な理由を含んだとしても王都を護った人物だよね?
机に突っ伏す僕に対し、向こう側に立つモミジさんがモジモジとしている。
あの地獄の4日の間、ドラゴンの処理場で小型の物を焼いてノーマルドラゴンを集めてはずっと狩っていた。
仕事はしていたが活躍はしていないお約束のような人物とも言える。能力は高いのに目立たない典型的なモブキャラだな。
忙しかった彼女がこうして自由に行動できるのには訳がある。
最終日の次の日からパラパラと雨が降り出し、ここ何日か本格的な雨天となった。
雨期が来たのだ。
逃げ遅れたと言うか、隠れられなかったドラゴンが開き直ったように王都に迫ることがあるけど、現役復帰したノイエが瞬時に狩り取ってしまう。
あともう何日かすればノイエ小隊は完全に開店休業だ。
と言うか現在実質の休業状態でもある。
肺に穴の開いたルッテは診療所に缶詰め状態だし、ミシュは南部の手伝いに行ったままで留守だし、それで実質隊を仕切っているのはモミジさんなのだが……どこぞの変態は毎日のように来てモジモジとしていたとか。
その理由は大変に簡単な物で、
「わたしもご褒美が欲しいなって思うんです」
とか自分の欲望を僕に伝える為だ。
モジモジしながらこちらをチラチラとみる様子は、恥じらいと言えば恥じらいと言えて可愛らしい。
ただし姿形だけで内容は腐っている。
「だからお話に聞いた三角な木馬を是非っ! 今すぐにでもっ!」
話の内容が彼女の何かを引き下げる。評価では無くて人としての何かを、だ。
「まだ完成してません。図面は工房の方に送ってあるのでそのうち出来ます」
「なら出来たら是非ともわたしに使わせてくださいね! あっあとこれが本日までの報告になります」
「……どうも」
「ならわたしはこれで」
ペコペコと頭を下げて立ち去る彼女はたぶんこれから彼氏とデートだろう。
彼とのデート前に三角な木馬を求めるとかどうなの? 人としてどうなの? 終わってないの?
変態が去ってようやく静かになった。完全燃焼中の僕としてはこのまま穏やかな時が、
「アルグスタ様。お時間となりました」
「……はい」
陛下のお付きの秘書官がやって来て僕はパパンの為に作ったはずの車いす試作型に乗せられ……本日も陛下の元へと運ばれるのです。
何をどう聞かれてもあのドラゴンに勝てたのはある意味奇跡ですから。
もう一回とか言われたら全力でお断りさせて頂きたいと思います。
「どうも先生」
「ああ。お主か」
病室から出てきた先生と廊下で出会った。
ルッテのお見舞いも兼ねてツケになっていた寄付金に近い代金を支払いにやって来たのだ。
支払いの方は入り口で掃除をしていたナーファに渡したら彼女は小躍りをしていた。半端な金額などドラグナイト家の恥だ。全力を持って支払いをさせて頂いた。
患者さんは居ないらしいので、先生に誘われてそのまま診察室へと移動する。
「右肩はどうだ?」
「ガッチリ固められて動かないですね」
「動かすな。また組み合わせるのが面倒だ」
完全に砕けたらしい僕の肩を復元してくれたのはいつも通り先生だ。
石膏で固めたりしないで包帯でガッチリと固められている。三角巾は自家製だけどね。
「打撲の方は……全身痣だらけだな」
「これでも一応名誉の負傷なんですけどね」
「何だ? 馬鹿な貴族が文句でも?」
「仕方ないんですけどね」
最近は文句を言って来るのが貴族の仕事だと悟りを得た。何より無能な奴ほど良く吠える。
異形のドラゴンとか別次元の生き物を僕が相手したというのに『大層恐ろしい祝福を持っているのにそんな御姿とは、妻が居ないとドラグナイト様も大概ですな? 与えられた王と守護が精一杯のご様子で』とか言いやがったので、カウンターで『ええ。ですからしばらくは妻と一緒に王都で鍛錬に勤しもうかと思います。ですので自領地のドラゴン退治は自分たちでどうぞ。自分たちは与えられた仕事もちゃんと出来ませんから』と言ったら顔を蒼くして陛下の元に走って行った。
お兄様が馬鹿共をどう料理するのかはお任せだ。
包帯を外し肩の具合を確認して貰いまた先生がガッチリと包帯を巻いてくれた。
割れた骨を強化魔法で無理やりくっ付けるとか、僕の骨は割れた瀬戸物かと言いたくなる。
「それより先生がルッテに渡した矢のお陰で助かりました」
「余り用をなさなかったと聞いたが?」
「それは僕の使い方が悪かっただけですね」
「そうか。役に立ったのならそれで良い」
それから世間話をしてから次回の診療日を決めておく。
この診療所は毎日休まず営業しているけどね。
「あまり無理をするな」
「ええ」
今日は大変普通なお医者さんっぽい先生の言葉に苦笑する。
やれば出来るのに……この先生は。
椅子から立ち上がり僕は動きを止めた。
「先生」
「何だ?」
ズルズル先に伸ばしても精神的に宜しくない。覚悟を決めよう。
「あの矢ってリグとの思い出なんじゃ?」
「……気にするな」
言って彼は何やら道具の確認を始める。
その後ろ姿はやはりどこか寂し気に見えた。
あの過治癒の矢はリグの魔法を元にして作られた道具だ。
きっと先生の宝物だったはずなんだ。
「いつかこのお礼はさせて貰いますよ」
「そうか。なら期待せずに待ってよう」
「あれ? 僕ってば期待を裏切らない男ですよ?」
「そう聞くと不安になるな」
軽く笑う先生に別れを告げて僕は帰宅の途に着く。
どうにかして先生にあっと驚くようなお礼をしたいもんだな。
~あとがき~
モミジは目立ちませんがちゃんと仕事をしていました。
何より彼女はサツキ家から預かっている身なので使い捨ては出来ないんですよね。
過治癒の矢はリグの魔法を元に作られた矢です。
たった一本だけ残っていて、キルイーツはそれをずっと大切にしていたとか
(c) 甲斐八雲
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