舐めるなよ。ニャンコ!

「アルグスタが武器など珍しい」

「ですね」


 クルリと槍にしか見えない魔剣をバトンのように回して僕はため息を吐く。

 流石に2人きりになったのは心許ない。何より叔母様の足はもう限界だ。


 いつもの如く夜明け前に今日は王都の西門でその時を待つ。

 今日も遅れてやって来たスィーク叔母様は、椅子に腰かけて静かに目を閉じていた。


 本来なら絶対に最終日にろくでも無いことを企んで居そうなあれに対抗してこの魔剣は使わない気で居たが……そうも言ってられなくなった。


 夜が明けてしばらく待つと、それはやって来た。

 真っすぐ歩いて来るのは……どう見ても猫だ。中型犬ほどの大きさの黒猫が歩いて来る。


「アルグスタ」

「はい?」

「祝福を」


 隣りに立ったスィーク叔母様がそう言って抜身の短剣を僕に向けて来た。


「……」

「何を躊躇うのです? やりなさい」


 気持ちを見透かしたかのように叔母様が軽く笑う。


「キルイーツに聞きましたか。ですがこのスィークの足はまだ大丈夫です。さあ」

「……はい」


 手を伸ばし祝福を与える。

 たぶん叔母様の言葉は嘘だ。それでも彼女はやると言っている。


「ただの猫にしか見えませんが……」


 近づいて来る猫を見て叔母様は静かに身構えた。

 歩みを止めた黒猫は、こちらを見て『にゃ~』と鳴く。すると猫の尻尾が二股に別れた。


「って!」


 目で追えない速度で猫が姿を消す。ついでに叔母様までもが消える。

 あっちこっちで土煙が上がり、何かしらの音が響くけれど……全く見えません。

 ちょっと済みません。出来たらスロー再生を求めます。


 フワッと姿を現した叔母様が頬の傷を拭って取り出したパンを齧った。

 いつも優雅に食事をする叔母様がそんな動きを見せるのは初めてかもしれない。


「アルグスタ」

「はい」

「あれは無理です」


 断言した。叔母様がこっちを見てはっきりと断言した。


「私ですら追いかけるので精いっぱい。何より……あれは猫ですか?」


 と、叔母様が向けた視線の先に黒猫が居た。


 尻尾の数を……えっと……9つまで増やし、伸ばした尻尾を足代わりにして本体は宙に浮いている。昔見たタコ足のエイリアン的なビジュアルだ。つか尻尾が9つなのはキツネの気がする。


 一瞬魔剣に目を向けたけど、当てられる自信が微塵も湧かない。

 考えろ。お姉ちゃんにいつもそう言われたろう。


「思案すれば妙案は出てきますか?」

「分からないけど立ち止まったら何も出ないしね」

「その通りです」


 フッと笑って叔母様が短剣を構えた。


「なら考え続けなさい」


 また姿を消す。叔母様も猫もだ。


 考えろ。僕に出来ることは何だ?

 僕にあるのは祝福と……忘れてた!


 もう1つある。たぶんこれが解決策だけど、当てられる自信は無い……違う。そうか!

 右手に左手の指を走らせて魔力を注ぎ込む。


「叔母様っ!」


 放った魔法は重力操作だ。


 グローディアが作ったらしい重力を強める魔法。

 それをシャボン玉にして撃ち出すのが僕の腕に仕込んだプレートの術式だ。


 シャボン玉を掻い潜り姿を現す叔母様に対して、猫も姿を現すと器用に尻尾でシャボン玉を割らずに叔母様に向けて押し出した。

 パンッと割れ叔母様が動きを止める。それを見て猫がこっちに、


「ふにゃあ~!」

「舐めるなよ。ニャンコ!」


 僕に向かい尻尾を放った猫が悲鳴を上げる。

 足代わりの尻尾を半ばから失った猫は吠えるように口を開いたが、その背後に死神が立った。


「所詮畜生ですか」


 静かに短剣が振るわれ……猫型のドラゴンが、また新しく纏った僕の祝福を得た短剣で受けた傷を中心に抉れ、その姿を消した。


「あっぶな~!」


 空腹で力が抜けてその場に座り込む。

 全身に祝福を纏うとか……初の試みで成功するとか僕って天才だな。

 滅竜アーマーと命名しよう。これを使えばドラゴンからのダイレクトアタックは封じられる。ただ全身に祝福だから空腹が半端無いけどね。


 お尻の後ろに両手を着いて天を見上げて大きく息をする。

 それでも3日目を終えた。どうにか終えた。


「アルグスタ」

「はい?」


 視線を向けると両膝から崩れたように地面に座るスィーク叔母様が居た。


「叔母様っ!」

「何て声を」


 顔を汗で濡らし微かに震えている叔母様を急いで抱え……おう。僕も色々と限界です。


「ナガト~。ちょっと来てくれたら嬉しいな~」


 ダメ元で愛馬を呼んだら……とても面倒臭そうに歩いて来たよ。

 何その嫌々な感じ? ねえ? 毎日ちゃんとご飯とか食べれるように手配してるんだよ僕は? ねえ?


 やって来たナガトの背に叔母様をどうにか担ぎ上げる。ヤバい。空腹で目が霞む。

 必死に僕もナガトの背に昇り、ついでに待機しているノイエ小隊の面々に撤収の指示を出す。


 大半はモミジさんとノーマルドラゴンを迎撃して居るけれど、何人かはこうして来て貰っている。万が一僕が負けたらそれをお城に伝える人員として腕利きをだ。


「ナガト。このまま昨日の先生の所に」


 ポンポンと背中を叩いたら、ナガトはやれやれと言った様子で歩き出した。

 馬上で叔母様にちゃんと座って貰いそれを支えて……腰の袋から焼き菓子を取り出してそれを食べる。

 ヤバい。叔母様を診療所に預けたらまずご飯だ。それから明日の準備か。


 叔母様が凄く静かだと思ったら、苦悶の表情を浮かべ震えていた。

 ナガトの歩みで両足に痛みが走っているのかもしれないが、今は我慢して貰いとにかく急いだ。




~あとがき~


 スピード勝負なので3戦目は最速決着です。

 ですがこれでメイド神ことスィークも離脱です。

 残されたアルグスタは1人で最終日を迎えます。


 そして刻印さんはお約束に忠実な人なので…




(c) 甲斐八雲

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