アルグスタ様に死んで頂くのです

 ユニバンス王国南部の街ワヒルツヒ



 領主である上級貴族ルーセフルト家の屋敷には、派閥の主だった者たちが集まっていた。

 それでも去年に比べるとその数は減り、何より参加者たちは『この中に王家の手先が混ざっているのでは?』と言う疑心暗鬼に駆られてしまっている始末だ。


 参加者たちが相手の顔色やその仕草を窺い会話している中に颯爽と彼は登場した。

 ルーセフルト家の当主であるタインツは、その後ろに娘であるトパーズを。そして孫であるアルグスタを連れ、集まった者たちの真ん中を通るように会場を横断する。


 雑談していた者たちはその様子に端へと動き道を開ける。

 まるで自分が王にでもなったかのようなタインツの歩みを、壁際の一画で気配を消して彼は見ていた。

 エルダー・フォン・ルーセフルトだ。


「諸君。此度は良くぞ集まってくれた」


 会場の一段高い上座に立ったタインツは、腹の底から声を出す。


「今年も諸君らと一緒に新年を祝えたことを嬉しく思う」


 などの挨拶から始まり、彼は偉そうに去年1年の"自分"の活動を語る。

 そのどれもが取るに足らない愚かしいことばかりで、壁に背を預けるエルダーは声を立てて笑うことを我慢するので精いっぱいだった。


「……だが政治と軍事を掌握した王家は、我々の活躍を嫉み個別に攻撃を仕掛けて来た。これは明らかなる王家の暴走だ!」


 自分の横暴を棚に上げてタインツは拳を握り語る。

 この日の為に何度も練習した様子が伺える実に素晴らしい演技だ。

 心の中で笑いながら、エルダーは大根役者に拍手を送る。


「我々は王家の暴走を止める必要がある!」


 唾を飛ばし顔を赤くし、タインツは遂にその言葉を口にした。


「我々は王家に対し明確な行動を示す。長子シュニットと次子ハーフレンを廃し、我が孫であるアルグスタを次なる王とするべく明確な行動をだ!」

「「おおっ!」」


 会場に居る半数が盟主の言葉に反応し拳を握る。だが全員では無い。

 この中には食うに困り食い扶持を得るために参加している……そんな貴族も居るのだ。それだけに『王家との本格的な対立など余所でやって欲しい』と思い、つい周りの反応に遅れた。


 それを見逃すほど今のエルダーの"目"は飾りでは無い。一瞥で全てを把握しきった。


「我々は現王家を廃し、真なる王家を立ち上げるのだ!」

「「おおっ!」」


 タインツが振り上げた拳に、戦いを求めていた貴族たちが反応する。

 ドラゴンなどと言う規格外の化け物によって戦う場所を失った者たち……それ自体仕方のないことではあるが、だが彼らは飢えているのだ。戦いに。


「今、この時より我々は2人の王子を廃しアルグスタを王とすることに全力を注ぐ! 邪魔する者は全て排除せよ! これは反乱などでは無い。聖戦である!」

「「おお~!」」


 勝手に盛り上がる馬鹿共を尻目に、エルダーは自分が作りだしたメイド人形たちに指示を出す。

 この場に相応しく無い者は生きる価値もない。だから『始末せよ』と。


 メイドたちが参加者たちに飲み物を配り、そして一段高い場所に居るタインツも黄金のカップを手にした。


「アルグスタを王にっ! 我らに永久なる安寧をっ!」

「「我らの王にっ!」」


 参加者たちが手にしたグラスの液体を喉の中へと流し込む。

 戦いに尻込みするものたちも形だけはと飲み物を口にする。血の色にも見える毒入りのワインをだ。


『うおっ』や『あがっ』など声を上げ喉を押さえ蹲る者が続出する。

 異様な光景にタインツですら顔色を悪くして辺りを見渡した。


「お静かに。我が盟主」

「……エルダーか」

「はい」


 壁と同化するかのように気配を消していたエルダーは、一歩踏み出しタインツに……この場に居る全員に聞こえる声を放つ。


「今毒酒を飲んだ者たちはこの聖戦に相応しくない者たちです。

 ただ食うに困り盟主に尻尾を振る者などこの戦いにおいて必要としない者。何より裏切る可能性すらある彼らを野放しにすることは大変に危険。ですから全て始末しました」

「……そうか。分かった」


 どうにか気持ちを立て直し、タインツは鷹揚に頷く。


「盟主よ」

「何だ?」

「実は私に王家の者を始末する良き作戦があります」


 悠然と歩み寄るエルダーに、タインツは椅子を持って来させてそれに座った。


「聞こう」

「はい。その作戦とは……アルグスタ様に死んで頂くのです」


 ザワッと回りが騒めく。

 エルダーはメイドが死体を引き摺り運んで行く会場を見渡し、その目をタインツへと向けた。


「病気治療中のアルグスタ様が突然の発作で亡くなった。そう王都に報告するとどうなるでしょう?」

「……確認か」

「はい」


 凡庸な盟主から得たい答えを得られ、エルダーは内心で息を吐く。


「王家の者たちは必ずこう言います。『確認をしたいから死体を引き渡せ』と。ですがこちらはその申し出を断ります」

「うむ。それで?」

「と、同時にこの街にこのような噂を流します。『アルグスタ様は大国に亡命する』と。行く先は帝国、共和国のどちらでも構いません。あくまで『亡命する』という言葉が大切なのです」


 一段高い場所に居る盟主を見上げ、エルダーは自身の腹案を披露する。


「何より彼らはこの私がずっとこのワヒルツヒに居なかったことを怪しむでしょう。『あのエルダーが他国に行き準備していたのではないか?』そう思わせるだけで相手の行動は明白。必ずアルグスタ様のご遺体を確認しようとする。

 そこでこちらは申すのです。『王家の者以外の面会など許さない』と」


 会場は沈黙した。

 確かにそれならば王家の者……どちらかの王子をこの街に呼び寄せることが出来るかもしれない。


「近衛団長は王都の守護を預かる者。もしかしたら一番の獲物が釣れるやもしれません」


 椅子に腰かけたタインツは組んだ足を軽く震わせていた。

 その手は顔を撫で威厳を見せているつもりだろうが、震える足で台無しになっている。


「分かった。エルダーの策を用いよう」


 熟考を重ねた様子でそう宣言した馬鹿な盟主に、エルダーは鼻で笑っていた。




~あとがき~


 没落一途のルーセフルト家に訪れたエルダーは好き勝手を始めます。

 ですが彼を制する本家の者は居ません。何故ならそれは…




(c) 甲斐八雲

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