大変に面倒臭いので

「あのエルダーが他国に行き準備していたのではないか?」

「そう思うよな」


 クシャクシャと頭を掻いてハーフレンはため息を吐いた。


 新年早々にワヒルツヒから届けられたのは、『闘病の甲斐なく第三王子アルグスタ様がお亡くなりになられたました』と言う文だった。

 大掃除の為に編成していた密偵たちを再編成し、ワヒルツヒに急行させて情報収集を開始する。すると『アルグスタ様は大国に亡命し、現王家を打倒するのだとか』などの話ばかりが聞こえてくるのだ。


 この上なく厄介で難解な話に、流石のウイルモット国王ですら報告を聞いてしばらく沈黙したと言う。


「正直に言えばこれは罠だ。何より夜な夜な遊んでばかり居たアルグスタが急死だと? 毒でも飲んだのならあり得るが普通に考えてそれは無い」

「そうだろうな」


 弟の言葉に頷き、シュニットもまたため息を吐く。


 アルグスタが本当に死んだのか確認の為に遺体の搬送をルーセフルト家に命じたが、母親であるトパーズが『これ以上私の息子を奪わないで』と発狂したとのことで断られた。

 ならば使者を立て遺体の確認を申し出れば『王家の第三王子のご遺体を拝見するほどお前は偉いのか!』と無茶苦茶な論法で拒否された。


「王子と言えどそんなに偉くはないと言いたくなるがな」

「全くだ。だが大変効果的な策である」

「……やはりエルダーか?」

「そうだろうな」


 頭を振るシュニットは、また深く息を吐いた。


 効果的と言わざるを得ない。このまま放置すれば本当にアルグスタは他国に渡る可能性が出る。

 ユニバンスの正式な後継者を得た大国がどんな動きを見せるか……想像するだけで恐ろしくなる。


「確認に行くしか無いな」


 頭の後ろに両手を当ててハーフレンは素直に負けを認めた。

 姿を隠していたエルダーがここまで恐ろしい策を仕込んでいたとは想像出来なかった。


「そうなれば私が行くしかあるまい」

「普通ならな」


 近衛団長であるハーフレンは基本王都を離れられない。

 動くのであれば替わりの者を置いて行くしかないが、廃止したいと思っている副団長の地位は空白のままだ。それが今回完全に仇となった。


「急いで誰かを副団長に昇格させて……ダメか」

「ああ。昇格させる以上は近衛団長の跡を継ぐ者でなければならないだろう」

「そんな人材が居るなら俺はもっと楽をしているって」


 声を上げクシャクシャと頭を掻く。

 イライラが募るばかりでハーフレンとしては、この手の知恵比べは好きではない。


「あ~っ! 何か飲み物を持って来てくれっ!」


 荒れた声でメイドに飲み物を催促し、ハーフレンは憮然とした表情で天井を睨む。

 しばらく待つと、不意にハーフレンの目の前に銀色のお盆の底が見えた。


「ちょっと待てっ!」

「動けば濡れますよ。熱湯で」

「メイド長かっ!」


 天敵とも言える存在にハーフレンは声を荒げ、顔に乗る盆を両手で押さえて持ち上げた。

 初老と呼ぶには難のあるメイドが兄であるシュニットに対して紅茶を淹れていた。


「お前がこっちに居るとは珍しいな? この化け物が」

「ええ。ですが日に一度は王城に来ています。馬鹿王子」

「……そうなの兄貴?」

「ああ」


 弟の問いかけに苦笑し、シュニットは淹れられた紅茶を口に運ぶ。相変わらず良い味だ。


「メイド長は陛下に王妃の様子を伝える為に、日に一度は必ず来ている」

「そうしないとあの種馬……陛下が拗ねて王妃様にお会いに行こうとしますから。仕事を放り出して」

「そう言うことだ」


 兄とメイド長の様子から、何かを悟りハーフレンは納得した。


「それでシュニット様」

「何だ?」

「どこぞの馬鹿……近衛の馬鹿との会話を耳に挟んだのですが、何やら自ら敵の罠の中に踏み込もうとしているご様子で」

「そうなるな」


『あん?』と柄を悪くしてメイド長を睨んでいる弟に呆れつつも、しれっと近衛団長に毒を吐くメイド長にシュニットはその目を向けた。


「何か問題でも?」

「ええ。ございます」


 鷹揚に頷きメイド長は背筋を正す。


「わたくしは現在貴方様と王妃様の2人の警護をしています。そんな2人が離れると大変に面倒臭いのでお止めください」

「だからと言って」

「でしたらそちらの大きいだけで使えない馬鹿を……確か第二王子とか言う地位に居る愚か者にでも、掃除と一緒に押し付ければ宜しいかと」


 しれっと言うメイド長の睨みに、ハーフレンは牙を剥いて唸る。

『この2人は……』と額に手をやりシュニットは頭を振る。


「それが出来ないから私が行くのだ」

「何故お出来にならないのでしょう?」

「ハーフレンは近衛団長だ。近衛団長が王都を離れ地方の街に」

「おかしなことを申しますね。シュニット様」


 言葉の途中で『聞くに値しない』とばかりにメイド長が遮った。


「わたくしはこう申し上げました。"第二王子"と」

「……」


 ハッとしてシュニットは彼女が言おうとしている言葉に気づく。

 どこか生徒でも見つめる視線で、メイド長スィークは次期国王の彼から視線を外した。


「去年のこの時期は、馬の買い付けで王都を離れていましたね?」

「ああ。良い馬が買えたな」

「そうですか」


 苦笑してみせる馬鹿王子に視線を向けたメイド長は、『もうこれ以上説明は要らないでしょう』とばかりにやんわりと一礼をしてその場を離れた。

 やれやれと頭を掻いたハーフレンは、恨みったらしくメイド長の背に向けていた視線を兄に向け直す。


「宰相様」

「何だ」

「この新年忙しくて休みを貰っていない。ちょっと休みたいから許可をくれ」

「許す。上が休まんと下も休めないからな」


 宰相になってから一度も休んでいない兄の言葉にハーフレンは苦笑した。

 苦笑しながらも腰かけていたソファーから立ち上がり、そして兄に目を向けずに告げる。


「なら密偵の長として少し出て来る」

「うむ。休暇の近衛団長……では無く第二王子が何処に行こうが私は知らん」

「ああ。留守は頼んだ」

「分かっている」


『近衛団長が留守の時は、一時的に第一王子がその地位を預かる』それは王家内の決まり事であり、広くは知られていない。

 決まりを作った国王ウイルモットが『広く言う必要もないであろう。念の為であるしな』と言ったのがその所以だ。


「ならちょっと掃除をして来るわ」


 胸の前で拳を打ち鳴らし、ハーフレンは歩き出した。




~あとがき~


 フワッと現れて問題を解決していくメイド長様なのです。

 何よりこの人に牙を剥くハーフレンって凄いな~としみじみ思う訳です




(c) 甲斐八雲

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