黒いカサカサが出たの?

「あう~」


 うるうると涙を流すルッテは全力で後ろ髪を引かれる状況だった。

 一人娘を連れ去ろうとする相手はこの国の第二王子。彼女の両親も平伏して応じるしか無かった。

 それでも幼い我が子を1人で王都に行かせるのはと心配する両親に、丸太小屋の隅で尻を掻きながら大量にウサギの肉を食らって満腹で横になる馬鹿が口を開いた。


『一緒に行けば良いんじゃない?』


 希望を見出した様子の両親に、ハーフレンは『後日迎えを寄こす』と約束し、まずはルッテだけを連れて行くことにした。

 普通ならそんなことなどしないのだが、彼女の祝福は正直別格なのだ。宰相である兄ですらその能力を知れば、多少の融通を利かせてくれることだろう。


 荷物と言うか野営の道具を増やし、3人で王都を目指す。

 怖いぐらいに順調に街道を進み……明日には王都と言うところまで戻って来た。




「今更だけどさ。この子ってどうするの?」


 本当に今更な質問をして来る馬鹿に、ハーフレンは目を向けた。


「普通に考えて騎士にするのが一番か」

「……どこかの宰相様が騎士は読み書き出来ないとダメって言い出してるんでしょう?」

「まあな」


 兄がそう言い出したのには訳がある。

 戦時特例で色々と無茶をした過去を正す意味合いが強いのだ。


 最低でも『読み書きぐらいは出来るようになれ』と言うのは、それを学べば騎士を続けられると言ことだ。拒否をするなら騎士の地位を返上して兵に戻ることも許されている。

 まあ大半は必死に勉強しているが。


「お前って読み書きとか出来たのか?」

「はんっ! 師匠のお陰で……覚えないと刺し殺しに来るから」

「人間って必死になると覚えるんだな」


 夕飯を食べて横になったルッテが、何故かブルブル震えだした。

 今夜は冷えるから寒いのだろうとハーフレンは焚火に薪を追加する。

 パチパチと爆ぜる薪を見つめ、温めたワインをカップで口に運ぶ。


「正直に言うと……真面目に王子をしているより、こういった生活の方が俺は好きなんだがな」

「何を言い出す王子? 帰れば……まさかの仕事が山積みか?」

「馬鹿だな? 何の為にコンスーロを置いて来たと思っている?」

「同情するぞ。あのオッサンに」


 地面の上に敷いた布の上でゴロンと横になってミシュは馬鹿王子を見る。


「どこぞの宰相様に珍獣が嫁いだことだし、次はお前さんか?」

「それもあったな。正直会いたくなくて今回のんびりしているんだが」

「諦めろ。私なんて戻ったら隊長の世話だぞ? フレアが発狂してないと良いんだけど」


 我関せずと言いたげにミシュはポリポリと尻を掻く。

 尻を掻く馬鹿を見つめながら、ハーフレンはそこに残るワインを飲み干す。


「なあミシュ」

「何よ?」

「戻ったら1つ仕事を頼みたい」

「新年の休みって言葉を知っているか? 馬鹿王子?」

「ああ。臨時報酬って言葉も知ってるぞ」

「良し来い。今ならサクッとザクッとしちゃる」

「……今回はそっちじゃない」

「なら何よ?」


 空になったカップを振ってハーフレンは焚火を見つめ続ける。


「フレアの相手を確認しておいてくれ。アイツならお前と違って変な相手を選ぶとは思わんが……何かの間違いってことはあるからな」

「……」


 何とも言えない視線を向けてミシュはポリポリと尻を掻く。


「やれって言えばするけどさ……部下の生活まで覗き見るのは感心しないわ~」

「言うな。あれはノイエ小隊の副隊長だ。実質の副官だろう?」

「ま~ね。でもね~」


 コロコロと転がり、自分のカップを掴んでミシュは戻って来る。

 両手で持ったカップを上司に向けて差し出し停止した。


 ため息1つ吐き出して、ハーフレンは鍋で温めていたワインをミシュのカップに注ぎ、残りを自分のカップに注ぐ。

 ワインの量は減ったが、違う物で気が重くなった。


「だったら自分の傍から遠ざければ良いんじゃないかな~ってミシュちゃんは思うのですよ。どんなに便利で使い勝手が良くてもね~」

「……そうだな」


 軽くカップを傾けハーフレンは焚火を見つめる。


「うおっ! こんな良いワインを……勿体無い」

「ウチに樽である。仕事が終わったら抱えて行け」

「行く」


 コクコクコクとカップの中身を全て飲み干し、ミシュは毛布替わりの毛皮を羽織る。


「後半は私が火の番をするから先に寝るわ~」

「ああ」

「悪戯するなよ? この変態王子」

「お前に手を出すならまだルッテに手を出すわ」

「起きたら殺す」


 告げてミシュはさっさと眠る。

 ふとハーフレンは視線をルッテに向けると、少女はまたブルブルと震えていた。


 今夜は本当に冷えると思いながら……焚火に薪を追加した。




「これは?」


 デートと言うか……まあデートと言え無くもないことをしながら、新年を過ごしていたフレアは王城のメイドに呼ばれ離れにやって来ていた。


 至る場所に穴が開いている。ひと目で分かる……黒いカサカサが出たのだろう。

 それをやったであろう本人は、ベッドの上でうつ伏せになって眠っている。


「黒いカサカサが出たの?」

「いいえ。ノイエ様が嫌うと聞いたので徹底して駆除しております」

「でも……出たのでしょうね」


 どんなに頑張っても出て来るのがあれだ。それこそ同僚のミシュのように湧いて来る。


「いいえ。本当に違うのです」


 話しにくそうな感じのメイドに、フレアはその目を鋭くする。

 相手の表情や瞳、呼吸の様子を確認し……別の仕事で培った技術を自然と使い出す。


「昨夜のことなのですが、ノイエ様が寝言を言いながら動き回り暴れ回り……」

「そうしてこうなったと?」

「はい」


 コクンと頷くメイドの様子に嘘は感じられない。

 事実だとすると……かなり厄介だ。寝ぼけて壁や床に穴を開けるのは止めて欲しい。


「そのことは内密に。隊長のことを良く思わない貴族たちに知られると厄介なので」

「はい」

「それと修繕の方は私が手配します。いつも通りに」

「お願いします」


 ノイエの出費を管理させられているフレアだからこそ回ってくる仕事だ。


 何より……ベッドに寝ているノイエを見つめてフレアは心の底からため息を吐いた。

 事後処理とは無縁で、食う寝るをしている彼女が心底羨ましくなったのだ。




~あとがき~


 眠った振りを…ただ寝付けなかったルッテは2人の会話から色々と恐怖を感じていますw

 で、寝ぼけて大暴れのノイエですが、その原因は…どれが原因だか作者にすら謎だわwww




(c) 甲斐八雲

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