見失っても探して追い続けるように

「天眼と? その意味は?」

「天……空の上に目を置き、下を覗くといった物の様です」

「それは真か?」


 近衛団長の言葉にウイルモットは酔いが醒めるのを感じた。


「はい。現在どれほどの範囲を覗けるか確認していますが、少なくとも近衛の詰所から王都郊外にあるノイエ小隊の小屋を確認することが出来ました」

「……」


 祝福を持つ者を勧誘しに行った近衛団長からの『速やかに報告したいことがございます』と言う報告に応じ、国王ウイルモットは新年の催事を抜けて面会する時間を作った。


 新年時はドラゴンの活動がほとんど無いので他国からの使者が多く訪れる。

 一番の多忙期は過ぎ、何より次なる国王となる予定のシュニットの外交手腕を見たい所でもある。故に長子に後を任せ、ウイルモットはもう1人の息子に会うことで息抜きをするはずだった。


 だがむしろ息が詰まる報告が待っていたのだ。


「そのルッテと言う者は近衛で確保したのだな?」

「はい。自分の権限で『騎士見習い』の手続きも始めております。陛下には彼女の年齢の部分に対して目を瞑っていただければと」


 ハーフレンの言葉にウイルモットは思案する。

 これ以上齢の若い者たちを前線に送るようなことはしたくないからだ。


「12か。なら1年は近衛の施設で学ばせよ。ただしその間王都やその周りの監視を命じる」

「はい。屋根の下……建物の中に入られれば監視は出来ませんが、野外においては彼女の目は最強です」

「最強か……そうであるな」


 椅子に深く腰掛け、ウイルモットはその手で顔を覆った。

 これならばもっと早くにその少女を確保しておけば良かったと後悔の念が湧く。


 ルッテは毎年住んでいる場所から、一番近い街の新年の催事に参加していたことから速い時期に発見されていた。

 ただ対象者を特定する方法を確定する為に毎年参加者を監視する程度で、特定できたのは一昨年の新年であった。去年は彼女が対象者かを確認し、十分に調査で来たと言うことで今年ハーフレンを向かわせた。


「逆に良く今まで騒ぎにならなかったとも言えるな」

「はい。彼女は運良く狩人の家族の娘でした。木登りなど普通にするので、『上から見る』の言葉を両親は木の上から見たものと捉えていたようです」

「そうか。そう聞くと幸運であったな」

「はい」


 どう考えても破格の能力だ。『祝福』と言う言葉で考えれば最も長たる能力であろう。


「ハーフレンよ」

「はっ」


 表情を国王の物としてウイルモットは命じる。


「そのルッテと言う娘も働けるようになったらノイエの小隊に置くようにすると良い。あそこにはお前の懐刀が多く居る。彼女が狙われるようなこととなるようであれば、儂の命で多少の無理は許す」

「心得ました」


 胸に手を当ててハーフレンは腰を折り一礼する。

 確かにあの場所は国軍や近衛の優秀な者が多く集まっている。一兵卒でも戦場に出れば部隊長を任せられるほどの人材が日々ドラゴンを相手に鍛練を繰り返しているのだ。


 普通の暗殺者程度なら暗殺者の方を同情したくなるほど悲惨なこととなるであろう。そして手練れの暗殺者などは野放しにしている猟犬が問答無用でその喉に食らいついて一撃で屠る。

 最精鋭が揃った場所がノイエ小隊と言う場所なのだ。


「ならばルッテはノイエ小隊の所属とし、1年で最低限の教育を施し現場に出れるように致します」

「任せる。それとその者の効果範囲が確定次第報告をするよう。無論シュニットにもだ。良いな?」

「はっ」




「何か出ちゃいます」

「頑張りなさい」


 これでもかと食べ物を与えられ、ルッテは本日も祝福を使う。

 お爺ちゃんのような目を向けて来る"副官"さんの声に促され、天眼を発動させた。


 調査と言っても特別何かを調べたりはしない。今日も探し物をするのだ。

 王都郊外のどこかに置かれている印を見つけるのが彼女の今の仕事だ。


「ありました」

「何処か?」

「えっとこれは北の……この辺ですね。印は『〇』です」

「そうか」


 地図上の指を指された場所を確認し、副官である彼は軽く頷く。

 本当に破格の能力だ。


 時間ごとで提示される印を少女は確実に発見する。

 その視野は集中状態なら王都全てを視界に納める。納めるのだが……。


「あれ? 消えた? と言うか片付けてます」

「うむ。本日の印探しはそれだけだ」

「なら終わりですか?」


 お腹いっぱい食べさせて貰ったのに、これで終わるのは気が引ける。

 ルッテは祝福を閉じて近衛団長の副官であるコンスーロと言う男性を見た。

 だが彼は部下に命じて、窓の外に向かい何やら旗を振らせている。


「今からの"これ"で調査は終わりとなる」

「これ?」

「ああ」


 どこか困った様子の彼にルッテは首を傾げた。


「これから王都の正門よりある人物が飛び出す。それをお前の目で追えるかの実験だ」

「人ですか? その人を追えば良いんですね」


 何も知らないルッテの返事は気楽だ。

 全てを知るコンスーロとしては、あれを目で追える人物が居るとは思っていない。類い稀な能力を持つ少女とて不可能であろう。


「コンスーロ様。そろそろです」

「うむ」


 部下からの声に彼は頷き少女を見る。


「正門は分かるな?」

「はい」

「ならその前に白い女性が居るはずだ」

「白い?」


 祝福を使い目を窪ませルッテはそれを探す。

 居た。上から見ると白い髪の女性が確かに居た。


「その者を目で追え。出来る限り目で追い、見失っても探して追い続けるように」

「見失う?」


 空を羽ばたく鳥ですら、その目で追えるルッテとしては彼の言葉に首を傾げる。

 ミシュと言ったあの変な人のように"跳ばれ"たら追うのは多少難しいかもしれない。でも頑張れば見つけられるはずだ。


「なら始めるぞ」

「は~い」


 気楽に身構えていたルッテは、そこで初めて化け物と言う存在と出会う。


「え~っ! ちょっと……うそっ!」


 走ると言うより瞬間的に別の場所に移動している感じだ。

 直進していると思えば何も無い場所を蹴って別の方へと移動する。目で追うと言うより位置を上げて全体で捕らえることで追おうと考えたが、それでも早すぎる。

 視界の中を飛び回るコバエのようで逆に見つけられなくなる。


「ふわぁ~っ!」


 必死に追うが追いつかない。絶対に無理だと気付かされる。

 しばらくすると……力を使い過ぎたルッテが空腹となって椅子から転げ落ちた。




~あとがき~


 ルッテの祝福は本当に破格です。特に戦時中ならどの国だって欲しがる力なのです。

 ですがそんな彼女もノイエと言う規格外の能力は目で追え切れない様子です




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る