人さらいですよ~

《ん~? あれ~?》


 少女は辺りを見渡して首を傾げた。今日も感じないのだ。

 今年は新年になると近くで感じる気配と言うか、人の姿が無い。

 毎年必ず居たのに……父親に相談したら『思い過ごしだろう』と言われた。

 思い過ごしでは無くていつも"上"から見ていたから間違いないのだけれど。


「うんしょっ」


 倒木の間に身を潜めて矢を1本取り出す。

 父親の仕事を見て学んだ自作の矢だ。1本作るのに1日かかるけど、それでも5本も出来た。

 弓は父親が新年の祝いで作ってくれた新品だ。今日はこれで大物を仕留めて両親を喜ばせる。


 呼吸を整えてゆっくりと目を閉じる。片方を開くと辺りの様子が"上"から見える。

 予想通り離れた草陰にウサギが居た。丸々と太っていて美味しそうだ。


 上からの視線を閉じて矢を弓に番える。今見た位置からして、あのウサギは前に飛ぶ。

 息を止めて胸の前で弦を絞る。肺に残る息を吐くと同時に矢を放つと、目標とは違う方に矢が飛んだ。


「なんで~!」


 作りが甘い矢が真っすぐ飛ばなかっただけのことだ。

 少女はそれを理解出来ずにぴょんぴょんと跳ねて逃げるウサギの尻を悔しそうに見送る。


「ほいさっと」

「ふえ?」


 逃げるウサギが宙に浮いた。違う。気の抜けた声と一緒に現れた小柄な女性が耳を掴んで持ち上げたのだ。


「お前が居ると弓矢が要らんな?」

「ほえ?」


 大きな声に倒木の隙間から這い出て振り返る。

 少女はそこで巨躯の人物の腹部辺りを見て……そのまま倒木の間に体を滑り込ませる。


「おいおい逃げるな」

「ふわぁ~!」


 首根っこを掴まれ持ち上げられた。

 ジタバタと暴れる少女は、連れの女性が持つウサギのように見えた。




「王子さまですか?」

「そうだ」

「見えないよね~。どう見ても犯罪者~」


 ウサギの数を3羽に増やし、前を行く『ミシュ』と名乗った少女に蹴りを入れる王子様。

 自己紹介が本当ならば彼はこの国の王子様らしい。

 彼に担がれ荷物のように運ばれる少女は、正直王子様と言う単語を知るだけでそれがどれ程偉いのか理解していない。


「わたしに何か用ですか?」

「そうだ。用がある」


 脇に抱えて運ぶ少女の様子を見て確認する。

 逃げる素振りを見せたから捕らえているが、もう普通に歩かせて問題無いはずだ。

 だが何処か嬉しそうに運ばれているので降ろすに降ろせないのだ。


「お前……祝福が使えるだろう?」

「何ですかそれ?」

「えっと……ミシュ?」

「だから腹が減るのだよ。馬鹿王子」


 スッと前を行く少女が消えて遥か先で姿を現す。こっちを向いたと思ったら戻って来た。その手に新しいウサギを捕まえてだ。


「ウサギが入れ食いだな~」

「こんなに捕れない物なのか?」

「もう少し世間を知れ。普通こんなに捕れないね~」


 4羽目のウサギをキュッとして黙らせ、ミシュは手早く処理して残りの3羽と一緒に縄に結ぶ。


「この辺りはドラゴンが出ますから」

「……」


 運ぶ荷物の声にハーフレンは目を向ける。

 ミシュより薄い青色の髪と瞳の色をさせる少女は、何処か嬉しそうに彼の顔を見る。


「普通狩りに来ません」

「……そうか」


 ただこの時期は寒さで出て来るドラゴンはスノードラゴンぐらいだ。

 その辺の真新しい倒木はたぶんそれの仕業のはずだ。


「父さんたちは大きいの狙うから」

「そうか」

「でもウサギも数を集めれば腹いっぱいだね~」


 運ぶ数を6まで増やし、ミシュがホクホク顔で腹の虫を鳴らせる。


「で、あんな風な馬鹿なこととか出来るか?」


 脱線した話の内容を正し、ハーフレンは運ぶ荷物に問う。

 少女は首を傾げるばかりだ。


「出来ませんですね~」

「あれをそのままでは無くてな」


 いざ祝福の説明となると難しい。

 ハーフレンが知る祝福は目の前の馬鹿が使う物ぐらいだ。


「何と言うか……人とは違う力って奴だな」

「違うって分かんないです」

「……」


 完全に返事に困らされ、ハーフレンは馬鹿に目を向け救いを求める。

 空腹でウサギ狩りを止めたらしいミシュは、歩きながら薪となる枯れ枝を拾っていた。


「おいミシュ」

「頑張れ馬鹿王子」

「頑張れ馬鹿部下」

「……面倒臭いな~」


 胡乱気な目を向けて来るミシュにハーフレンは顎を動かし少女を指す。


「あれだね。普通と違うことをするとお腹が空かない?」

「お腹……空きます」


 うんうんと頷く少女を見て、ミシュは馬鹿上司に目を向けた。


「後は頑張れ」

「なるほどな」


 そもそもこれで2人目の勧誘だ。ハーフレンは次に生かせば良いと頭の中で切り替えた。


「その空腹は何をしたらなる?」

「ん~と。あれです。よく見ると減ります」

「よく見る?」

「そうです。上から見るとお腹が減ります」


 言ってる言葉の意味が分からない。上から見るとはどういうことだ?


 足を止めハーフレンは担いでいた少女を地面に降ろした。

 毛皮を服にした物を着たミシュより少し大きなくらいの少女だ。

 顔立ちは悪くない。胸はこれからの成長に期待だろうか。


「上からってどう言う意味だ?」

「だから上からですよ?」


 少女は空に顔を向けて上を指さす。


「えっと、あの辺から下を見るんです」

「……」


 釣られて空を見たハーフレンは、枯れ枝を集める馬鹿を捕まえ指示を出す。

 トコトコと歩いて行ったミシュは、適当に地面に枝を置いた。


「そこからあれが地面に何本枝を置いたか分かるか?」

「分かりますよ~」


 少女の前に立ったハーフレンの背後に居るミシュは完全に死角のはずだ。

 チラリと肩越しで確認したが、ミシュはこちらに背を向けて枝を置いている。ハーフレンからも見えない状況だ。


「よっと」


 掛け声一発。両目を閉じて片方を開くと少女の目が暗く窪んでいた。

 暗闇のような目の奥で……少女は上からそれを見た。


「5本です」

「ミシュ。5本か?」

「だね~」


 適当な質問に適当な返事が来た。


 どうやら少女の祝福は上から物を見ることが出来るらしい。

 理解したハーフレンは自然と笑い、目の前の少女をまた担いだ。


「これは使えるぞ。さっさと連れて帰ろう」

「……うにゃ~っ! 人さらいですよ~」


 担がれた少女……ルッテはこうして王都に連れて行かれることとなった。




~あとがき~


 この3人は本当に緊張感が全く無いわ~w

 そんな訳で狩人見習いをしていたルッテはハーフレンに回収されるのでした




(c) 甲斐八雲

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